第356話 数々の秘密と今後
「……あんなにがっかりしなくても良かっただろうに」
俺がそう言うと、ニヴは肩を竦めて、
「私は吸血鬼狩りのために生きているのですよ? その可能性があったのに、肩透かしではがっかりするに決まっているではありませんか……ま、人が吸血鬼になることなど、ない方がいいに決まってますけどね」
最後に付け加えた一言がおそろしく正論なので、やっぱりこいつはそんなに悪い奴ではないのだな、と思ってしまう。
ただ、吸血鬼に対する執着が半端ないだけだ。
ちなみに、今、俺たちはライズとローラの病室の外にいる。
病室の中にはまだ、ライズたちと、それにリナがいる。
どうして俺たちが出ているかと言えば、リナに三人で色々と積もる話もあるだろう、と気を遣ったからだ。
あの三人はパーティーを組んでいるのであるから、この先のことについて話さなければいけないこともあるはずである。
そこに部外者がいると話しにくいだろう、というわけだ。
俺とロレーヌとしては、リナが吸血鬼もどきになってしまっていることから、その辺りのことも考えての相談が必要だろうと思ったのが大きい。
もちろん、あの新人冒険者二人の人格については銅級試験のときに色々と関わって、よくわかっているが、それでもリナが魔物になった、という事実については伏せての相談になるだろう。
いつかは言ってもいいのかもしれないが……流石にただの銅級が抱える秘密にしては重すぎるからな。
年齢的にも、まだ楽しく夢をもって冒険者をしてほしいし。
俺くらいに草臥れていたらちょっと話すことを考えても良かったかもしれないが……いや、却ってダメか。
どこかに流して金にしようとか思いつきそうだ。
俺だったらそうする。
「今更だが、《新月の迷宮》で出遭ったあの吸血鬼は倒したのか?」
そう言えば聞いてなかったな、とロレーヌがそう言ったことで思い出す。
ニヴは頷いて、
「ええ。しっかり滅ぼしました。色々と聞きたいこともあったので存在を維持できるギリギリのところで攻撃をストップして尋問に移ったのですが、敵もさるものですね。自ら死を選んで消えてしまいましたよ。つまり、何も分からずじまいでした。残念なことです。ですから、余計にマルトにいるという親玉の方に期待していたのに、あの壁でしょう? 酷い話ですよ……」
と、彼女にしては珍しくがっくりと来た様子で悲しみを表現していた。
まぁ、ニヴの立場を考えると、確かにひどい話なのだろう。
ここに来るまでに相当な準備と計画を立てて乗り込んできたのに、最後の最後で俺たちに手柄をかっさらわれたに近いのだから。
ニヴが手柄に拘るかと言えばそうではないだろうが、吸血鬼にはこだわるだろうから同じことだな。
「それについては申し訳なかったとしか言えないな。結局、俺たちの方でも分かったことはあまりないし……」
これは必ずしも嘘という訳でもない。
シュミニが迷宮を作ってその実質的な主になろうとしていた、というところまでは分かったが、なぜわざわざそんなことをしたのか、というのは分かっていないからだ。
迷宮の主になると何か特別な特典でもあるのだろうか?
それとも他に理由が?
なぞだ。
ラウラに聞けば分かるのかもしれないが、彼女は絶賛お昼寝中である。
いつ目覚めるかは分からない。
お嬢様の眠りは深いのだった。
そんな気持ちをも込めた俺の言葉に、ニヴは首を振る。
「いえ、別にレントさんたちが悪いわけではないですからね。純粋に私の判断ミスです。《新月の迷宮》など放っておいてマルトにいればよかったのですから。しかし、そうした場合に、ライズさんたちのような冒険者は犠牲になっていた可能性が高いわけですし……私は結局親玉吸血鬼に会えませんでしたが、レントさんたちが倒しました。つまり、結果だけ見れば、これで最善だったとも言えます。ですから、そういう意味では文句はないのです。ただ後悔として、自分の手で吸血鬼を滅ぼしたかったな、というだけで」
「それは次の機会に持ち越しだな。次なんてあってもらっちゃ困るが」
俺が冗談混じりにそう言うと、ニヴも真面目に頷いて、
「吸血鬼の悲劇に二度も巻き込まれることなど、あってはなりません。ただ、この街については当分そのようなことが起こることはないでしょうね」
随分ときっぱりとそう言った。
別に二度ない、とも限らないと思うのだがな、と俺が首を傾げると、ニヴは言う。
「中位程度の吸血鬼ならともかく、高位の吸血鬼が消滅させられた場合、吸血鬼たちはその場所から離れることが多いのです。何らかの組織的連絡がなされているのでしょうね。普通なら同族を滅ぼした人間に復讐を、と考えそうなものですが……そうしないところに彼らの狡猾さはあります。そしてだからこそ、長きにわたって闇に紛れ、生き続けられてきた。ですから、ここは当分、安全なのです」
……そうなのか。
シュミニは確かにかなり高位の吸血鬼だったようだし、そういうことならマルトがまた吸血鬼に、という懸念は少ないのかな。
それでも用心しておくに限るが、その辺りについてはウルフがこれからしっかりやるだろう。
俺が心配することではない。
「……だが、そういうことならニヴはもうマルトから出ていくのか?」
彼女は吸血鬼狩りのために生きているような存在だ。
もう出現する可能性が少ないところにい続ける、なんてことはないだろうなと思っての言葉だった。
さっさと出てけとかは思っていない。
……本当だ。
実際、吸血鬼さえなければ、ニヴはただの有能な冒険者だからな。
まぁ、やましいことはいっぱいあるのでいない方がありがたくはあるが、それは俺たちの事情に過ぎない。
マルト住人からしてみれば、ニヴはいた方が利益になる存在である。
しかしニヴは、
「そうですね。そろそろ、いいかなとは思っています。迷宮も少し気になるのですが……ああいったものの出現については分析しても分からないことが大半です。私は専門家ではありませんし、調べたところで吸血鬼にまつわる何かを見つけられるわけでもありません。《学院》や《塔》の人間が大挙して押し寄せてくる前に、ひっそりと旅立ちますよ」