第309話 数々の秘密と吸血鬼狩りの考察
「……お前、どこから聞いてた?」
ウルフが難しそうな顔でニヴにそう尋ねる。
それは俺のことがどれだけ聞かれたか、という心配のためだろう。
が、俺にはウルフの後ろから猫のように近づくニヴの姿が見えていた。
現れてからは特に問題ある話はしていない。
「ええ? 人を選抜して行かせる、ってところからですね。察するに、今回の親玉の本拠地か何かを見つけたのでしょう? どうやって私より早く見つけたのか分かりませんが」
ニヴはウルフの質問にそう答えた。
やはり、ほとんど聞かれても問題ない辺りから聞いていたようだ。
とは言え、本当は全部じっくりがっつり聞いていた、と言う可能性もゼロとは言えない。
それでいて、あえてこんな風にとぼけている……という可能性もある。
うーん。
……考えても分からんな。
ニヴの顔を見ると、可愛い表情ですっとぼけているようにも見えるし、単純におもちゃを前にして楽しみにしている子供のようにも見える。
本当に子供だったらその内面も読めるだろうが、ニヴは……その心のうちについて一切想像がつかない。
何を考えてるんだか……。
「……まぁ、色々、冒険者組合にも方法はある。基本的には人海戦術だがな」
ウルフが、秘密がばれてなさそうなことにほっとしつつそう答える。
嘘は言っていないな。
人海戦術というか、厳密には鼠海戦術だが。
……鼠海……想像すると結構怖いな。
大挙して押し寄せてくる鼠。
まぁ、流石にそんなにたくさんはいないけどな。
範囲を絞ればいけるのかもしれないが。
ニヴはそんなウルフの言葉に、、
「なるほど、たまたまって奴ですか。それは流石の私も勝てませんね……ところで、話の続きですよ。私も行っていいですよね?」
そう言って話を戻した。
うやむやにならないかなとちょっとだけ期待していたが、無理だったようだ。
ニヴの吸血鬼に対する執着からして、誤魔化すのは流石に無理があったな。
それに……。
ウルフは言う。
「……あぁ。お前は金級だし、吸血鬼狩り専門の冒険者だ。いてくれるなら心強い……なぁ、レント」
この、なぁ、レントは別に同意を求めているわけではなく、仕方ないからお前の方でどうにかうまくやれ、という意味を言外に込めた台詞であった。
ここでニヴの提案を拒否するのは、ニヴの実力や能力を考えればおかしい。
精鋭を派遣しなければならない状況で、ニヴ以上の適任は今のマルトにはいない。
そうなれば、当然、ニヴを連れていくべきだ、という話になるからだ。
ニヴの性格が破たんしているとか、妙に信用出来ないような感じがする、とかそんな個人的な感情は脇に置いておかなければならない。
「……そうだな。専門家がいる方が、心強い」
仕方なく、俺もそう答えることになった。
それから、ニヴは、
「ふふーん。良いでしょう。ぜひ、行きましょう……ところで、場所はどこです? まだ聞いてないのですよね、私」
そう言えば、こいつ途中から聞いてたんだったか、とそこで思い出したウルフが、
「あぁ、《新月の迷宮》だよ。まぁ、絶対にいるとは限らんが……その可能性が高いって話でな」
「ほう? なるほど……確かにそうかもしれませんね。屍鬼を操るのは一般的な吸血鬼ですとあまり距離が離れると難しいですが、力をつけたものは遠くからも操る術を身に付けていることもあります。下級吸血鬼でも複数が協力すれば可能な場合もありますし……マルトですと、マルト内部の屍鬼を操れる限界は……そうですね、《新月の迷宮》程度と考えられますね」
「やはり、そうなのか」
思わぬところから裏付けがとれて、ウルフがそう尋ね返す。
ニヴは頷いて、
「ええ。ただ、今回の吸血鬼は単独の下級吸血鬼だと思っていたもので……マルト内部に潜伏している可能性が高いと考えていました。しかし、この屍鬼の数や質を考えると、その予想は捨てた方が良さそうですね。疑問があるとすると……複数いるにしては被害が少ないということでしょうが……」
「少ない? 結構な数の冒険者や市民が失踪しているんだが」
「少ないです。下級吸血鬼一人養うためには、月、二、三人の人間が必要ですので。まぁ……必ずしも殺さずとも人間の協力を得ながら血の提供を受ける方法もあるにはあるのですが……それをする場合にはかなりの組織力が必要になります。そして、少なくともマルトにはそのような組織はありませんでした。私の調べが足りないのかもしれませんが……そうなると……彼らは“血薬”を手にしているのかもしれません。意外ですね」
「“血薬”とは?」
「吸血鬼の吸血衝動を抑えることの出来る、特殊な薬です。とは言え、その製造は簡単ではありません。すくなくとも、数体の吸血鬼が集まったくらいで作れるものではないのですが……ふむ。こうなると俄然そいつを捕まえたくなってきますね」
色々と呟きつつ、ニヴのテンションが上がってくる。
「なんでだ?」
俺が尋ねると、ニヴは言う。
「“血薬”の提供をどこかから受けている、ということになるからです。そうなると当然、今回の吸血鬼を捕まえて尋問すれば、その先に大量の吸血鬼の群れがあるということになる。吸血鬼狩り放題というわけですね。これを楽しみにしないで、何を楽しみにしろと?」
本当に楽しみそうに笑うニヴの顔は怖い。
こんなのに追いかけられる今回の吸血鬼が気の毒になってくるほどだ。
ウルフも同じことを思っているだろうが、そんな気持ちについては特に言及することなく、
「……まぁ、仕事熱心なのは結構だ。親玉を捕まえてくれりゃ、マルトもいつもの田舎都市に戻るしな。期待しているよ」
「ええ、ぜひ。必ず捕まえてやりますので……」
にやりと笑うニヴを見て、やっぱり一緒に活動するのはやだなぁと思うが、もう仕方がない。
幸い、お目付け役というか、監視役は他にいる。
ウルフの後ろの方を見ると、そこには、走ってやってきたミュリアスの姿があった。
「……ぜぇ……だから……ぜぇぜぇ……急にどこかに行くなと……ぜぇ……言ってるでしょうがっ!」
そんな台詞を叫んでいる。
聖女の仮面が剥がれかけてきていた。