第308話 数々の秘密と隠れ家
吸血鬼が屍鬼を操れる距離か。
確かにそれは親玉の居場所を推測するのに重要な情報だな。
だが……。
「その辺りは俺も今一分からない」
俺にはそう答えるしかない。
ウルフは首をかしげて、
「なぜだ? お前は……じゃないのか?」
吸血鬼の部分を超小声でささやくウルフ。
気遣いが身に染みる。
そして確かに彼の言う通り、俺は吸血鬼だ。
けれど……。
「いや、よく考えてみろよ。俺は人を襲ったことがないんだぞ。屍鬼なんて作ったことも操ったこともないんだ。どれだけの距離からどのくらいのことが出来るかなんて、正確には分からないって」
つまりはそう言う話だ。
言われてウルフもはたと気づいたらしく、
「……そうだったな。言われてみれば、人を襲わない吸血鬼が屍鬼なんて作るわきゃ、ねぇか……しかしそうなると、参ったな。あとはしらみつぶしにやるしかないか……?」
腕を組んでそういうウルフだったが、別にヒントゼロと言うわけでもない。
俺は言う。
「まぁ、それについてはちょっと待て。確かに屍鬼は作ったことないが、使い魔は作ったことがある。こいつだ」
そう言って肩に乗っかっているエーデルを指さす。
するとエーデルは二本足立ちになり、腕組をした。
……鼠の癖して器用だな。
ウルフはそれを見て目を丸くし、
「……ただのペットかと思ってたぜ」
と呟く。
鼠なんて好き好んでペットにする奴は少ないだろ。
なんで俺がそうすると……あぁ、あれか。変人扱いか。
誰も肩に乗ったこいつに突っ込んでこないのはそういうことか?
「仮に百歩譲ってペットなんだとしても、わざわざこんな状況の中、肩に乗せて愛でたりはしないだろうが」
「まぁ……お前ならそういうこともありうるかと。なにせ、突然わけわかんないことやりだすことには定評があるからな。昔からそうだったろ。とは言え、後になって考えてみると、どれも意味があることばかりだったりしたが……まぁ、昔話はいいか。それより、そいつが使い魔だとして、それがどうした?」
「ああ。屍鬼は人から作るものだから、屍鬼とは違うかもしれないが、作り方はほぼ同じだからな。操れる範囲も同じなんじゃないかと思って」
俺の言葉にウルフは頷いて、
「……なるほど」
そう言った。
それから、
「で、どれくらいの距離なら操るのが可能なんだ? ……おい、本当に操れているのか」
俺の肩の上で謎の動きをし始めたエーデルを見て、胡乱な目を向けるウルフである。
お前、何やってんだ? ……暇つぶし? 好きにしろよ……。
ともかく。
「まぁ、普段は好きに行動させてるんだ。これでも命令すればしっかりその通りに動く。それで……それが可能な距離だが、少なくともマルトのどこかにいれば普通に意思疎通は可能だな。マルトの外に出ても……簡単な指示くらいなら出来る」
「おい、そんなに広範囲にわたるのか……具体的にはどのあたりまでだ?」
「そうだな……まぁ、《新月の迷宮》くらいまでなら、大丈夫だろうな」
実際にやったことはないが、感覚的にそんなものだ。
流石に細かい指示を出したり、タイムラグ一切なしでの連絡はとれないが、大まかな指示くらいならその程度の距離でも可能だ。
それに……俺は見ているからな。
それについてもちょうどいいから伝えるべく、口を開く。
「ついでだが、俺はこいつとある程度感覚を共有できるんだが、こいつ自身も自分に従う同族の視点を共有できるらしくてな。それを使って、ちょっと気になることを掴んだんだ」
「……ついでに言うことじゃねぇな、それは……。視点を共有? 見ればそいつは色や大きさはかなり違うが、小鼠だろう? その同族の視点となったら……小鼠なんてその気になりゃ普通の大人ならナイフ持ってりゃどうにかできる程度の魔物だから警戒されずにそこら中にいるような……そいつらの感覚全てを共有できるなら……」
ぶつぶつ独り言を言いながら、その意味を理解していくウルフ。
最後に、
「……いやはや、お前を冒険者組合に入れた俺の目は正しかったな? この街で起こることは、お前には全部筒抜けになるってことだろ?」
と言った。
それに対して俺は、
「いや、そこまでじゃない……けど、かなり色々なところに入り込んで情報を得られるのは事実だ」
「お前……冒険者組合に入ってそれをやるのはやめてくれよ? っと、まぁ、今はいい。ともかく、それでお前はそいつらを使って、一体何を掴んだんだ?」
ウルフの質問に、俺は答える。
「……《新月の迷宮》で人に噛み付く吸血鬼の姿を見たんだよ。それなりに時間が経っているが、あそこが屍鬼たちの親玉の、本拠地かもしれない」
「なるほどな……。行方不明事件が起こってたのは、主に迷宮だ。街中でも起こってはいたが、迷宮の方が頻度は高かった。ただ、屍鬼をそれほど遠くから操れるとは考えてなかったからな。そっちまでは捜索の手は伸ばしてねぇ……人をやった方が良さそうだな」
街が燃えて、屍鬼たちが人を襲っている中、かなり低い可能性しかない迷宮に、人を回してる余裕はなかったのだろう。
吸血鬼の親玉を捕まえるのは重要だが、それよりも、街の人々の安全が優先だからだ。
とは言え、俺の伝えた話から、親玉が迷宮にいる可能性はそれなりに高まった。
この状況でどうするかだが……。
ウルフは少し考えてから、
「……まぁ、そうはいってもあんまり人員は割けねぇな。街中がなんとかなりつつあるとはいえ、それでもまだまだ終息には遠い。となると……何人か人を選抜して行かせることになる。レント、お前は行ってくれるか?」
ウルフの言葉に、俺は頷く。
吸血鬼が相手なのだ。
どれだけ上位の存在なのかは分からないが、ある意味で俺が一番精通していると言える。
だからウルフも俺に行けと言っているのだろう。
「あとは……ロレーヌもいた方が良いよな? それと……」
ロレーヌは俺がボロを出さないようにするため、というのと、マルトでもそれほど多くない銀級だからだろう。
そして、
「……私も連れてってくれるんですよね?」
「うぉっ!?」
ウルフの後ろからそう言ってにゅっと顔を出したのは、言わずと知れた吸血鬼狩りニヴ・マリスであった。
……来るなよ。頼むから。