第307話 数々の秘密と親玉の居場所
「……レントか」
先ほどまで屍鬼だった者の灰を前に、泣き叫ぶ少女をなんとも言えない目で眺めているウルフの後ろに近づくと、振り返りもしないのにそう、声をかけられる。
この場でさっきの顛末を俺が見ていたことに気づいていたのだろう。
「辛い役目だったな」
月並みな台詞だがそう言うと、ウルフは首を横に振って、
「マルト冒険者組合の冒険者なんだ。引導を渡すのは他の誰でもなく、俺の役目だろうさ」
その言葉には、マルト冒険者組合を率いる冒険者組合長としての矜持と責任感が感じられる。
こういう人物がマルトの冒険者組合長であることは、運がいいのだろうな。
それにしても、
「やっぱり、あれはマルトの冒険者だったんだな」
俺はそう言った。
途中から見ていて、それほど細かくは状況を理解していなかったが、なんとなく推論していたことだったが、ウルフの口からはっきりとそう言われたのでそれが正しかったことが分かったからだ。
ウルフは頷いて、
「……あぁ。最近問題になってた新人冒険者の失踪……その被害者の一人だ。そこで泣いてるのは一緒に冒険者をしてた娘だ。ある日突然姿を消して、それっきり……だったんだってよ。だが……」
「屍鬼になって現れてしまった、というわけか……」
「ま、そういうことだ。酷い話だぜ。もっと俺みたいな、未来もくそもねぇ奴を狙うならともかくよ。よりにもよって……これからってやつを狙い撃ちにするなんて……やりきれねぇぜ」
俺が件の吸血鬼であっても、ウルフのような男は絶対に狙わないだろうが、言いたいことはよくわかる。
弱いものを狙う、これは狩人としては合理的だろうが、人として許容できない。
新人冒険者なんて言うのは、まだ色々な勝手の分かっていない、子供ばかりだ。
そんな奴らをあえて狙うようなのは……卑怯者だ。
そういう感覚が、ある。
それからウルフは、俺に尋ねて来た。
小声で、周囲に聞こえないように、
「……念のため、聞いておくけどよ。屍鬼を人に戻す方法なんて……知らねぇよな?」
先ほど、少女に向かってそんな方法は存在しない、という前提で話していたウルフである。
しかしそれでも、可能性はゼロではないとは思っていたのだろう。
なにせ、俺と言う分かりやすい見本があるからな。
けれど……。
「残念だが、その方法を俺は知らないな。それに、俺が……屍鬼だったころは、さっきの奴みたいに意識が混濁したような状態になったことはなかった。声はちょっとだみ声が酷かったが、会話は普通にできていたし、意識もはっきりしてた。根本的に在り様が違うのかもしれない、とさっき見ていて思ったよ」
先ほどの少年は明らかにウルフの質問にうまく答えられていなかった。
自分が屍鬼であるかどうかについても認識できていたのかどうか疑問なほどだ。
しかし俺の場合は、全く違う。
はっきりと意識があり、自分が屍鬼であることも分かっていた。
魔物としての衝動がゼロだった、とは言えないが、それでもロレーヌに襲い掛かった以外は衝動を抑えることも出来ていた。
そして今は血を食べているにはいるが、人に襲い掛かろうとは思わない。
けれど、あの少年は、捕まる前はここで暴れていたというのだから、俺とは根本的に何かが違うのだろう。
俺の答えに、失望と安心のないまぜになったような顔をしたウルフ。
それは、屍鬼になった、仲間である冒険者を助けられないことに対する失望と、そしてそんな冒険者たちを切り捨て、浄化することが間違いではなかったと知れたことへの安心だった。
助けられる方法があるのに、殺してしまったのでは何にどう謝ればいいのかわからないもんな。
それでもあの場ではああする他なかっただろうが……。
俺が不死者であることを明かして、その上で助ける方法が……とか言い出したらウルフの立場も危うくなる。
かなり危ない橋を渡っているのだ。
「……そうか。分かった。安心したよ……あぁ、それとな。色々と情報が集まってきてる。聞いてけ」
ウルフがそう言って、俺に今の街の状況を教えてくれた。
ある程度はエーデルの視点共有などによる情報収集で分かってはいるが、分析力と言う面では冒険者組合には敵わない。
俺とエーデルだけで状況を整理しても、中途半端な部分が否めないからな。
その点、冒険者組合にはこういうときに関するノウハウがあり、また大勢の職員たちが情報を整理してまとめているから、その話を聞くのは有用だ。
それによると、まず、屍鬼はマルト各地で倒されており、やはりその総数は五十から百体に上りそうだ、という話だった。
その中には先ほどの少年のように、新人冒険者だったが失踪して姿の見えなくなった者もいて、吸血鬼が失踪事件の犯人だったと言うこともほぼ確定したと言っていいと言う。
そのため、今は屍鬼の討伐と並行して、親玉の吸血鬼を早急に捕まえようとしているが、見つかっていないと言う。
屍鬼のマルトにおける分布などからその居場所を推測しようともしたようだが、向こうもその辺りはしっかりと考えているようで、マルトに満遍なく屍鬼が配置されていることが分かったにとどまると言う話だった。
流石に、自分のアジトの周りに密集させる、みたいな分かりやすいことはしないようだ。
それでも屍鬼を作り、そのアジトから出す、ということを繰り返していたらそれなりに偏りそうな気もするが、考えたうえで配置してからことを起こしたと言うことだろう。
ウルフは続ける。
「まぁ、それでも屍鬼の討伐はしっかりと進んでる。いずれはすべて倒しきれる……とは思うが、ただ、被害もそれなりに出てるからな。やはり親玉をさっさと倒してぇ。そこでお前に聞きたいんだが……」
「なんだ?」
「吸血鬼ってやつは、一体どれくらいの距離から屍鬼を操れるものなんだ? 同時に姿を現して、火をつけたり人に襲い掛かってる以上、全員に同じ指示がなされたんだろうからな。少なくとも指示が出せる距離にはいるはずだと思うんだが……」