第302話 数々の秘密と炎
孤児院を出て、街中を走る。
エーデルを肩に乗せ、彼から伝わってくる指示に従い、道を選択する。
屍鬼らしき人物のところまで案内してくれているわけだ。
エーデル自身がどうやってその情報を得ているかと言えば、それは街中にいる小鼠の五感に《乗っかる》形で次々と視点を切り替えながら町全体を見ているらしい。
らしい、というのは俺はその情報を共有していないからそんな言い方をしている。
やろうと思ってもかなり厳しいのだ。
ためしに少しだけ見せてもらったのだが、かなり負担がかかる。
自分でやろうという気にはならない。
対して、エーデルにとっては大した負担ではないらしい。
主である俺より優れた能力を持っていると言うのはどうなんだろうなと思うが、まぁ、従魔師の従魔にしろ、使い魔にしろ、多かれ少なかれそういうところはあるか。
従魔が飛べるからって俺の父さんが空を飛べるわけでもないからな。
……飛べないよな?
ただの中年親父の背中から羽が生えてきたらびっくりするぞ。
まぁ、俺がそんなようなものだけど。
ともかく、そういうところから考えると、エーデルが色々と出来るのは別におかしくもない。
単純な個人戦闘能力なら俺の方が上であるし、その辺でつり合いはとれているだろう。
しかし、小鼠は街の至る所にいるのだな、と改めて思い知らされる。
あまり気にしたことはなかったが、走っていると道の角や端っこに小鼠の姿がいつも見える。
エーデルが視覚を借りている者たちなのだろう。
これだけ色々なところに《目》があるのなら、確かに屍鬼探しはたやすいだろうな……。
「……ヂュッ!」
エーデルが、とある人だかりの前でそう鳴き声を上げる。
どうやら、最初の屍鬼がそこにいるようだ。
しかし、近付いてみると、中々に難しい状況であることが分かる。
そこは広場だったのだが、おそらくは火から逃げて来た街の人々が集まっている様子だったからだ。
沢山の人がいて、誰が屍鬼なのかパッと見では分からない。
魔術による擬態をしているのだろう、見かけでは一切区別はつかない。
けれど、エーデルにはそれが分かっているようだった。
頭の中に、屍鬼である人物が誰か、伝わって来た。
それは広場の真ん中、噴水に腰かけている一人の男である。
髭面の、しかしどこにでもいるような壮年の男で、周囲を警戒するように見ているその様子は、ただ火災の脅威から逃れて来た一般人であるようにしか見えない。
これが屍鬼だ、と言われても誰も信じやしないだろうという様子であった。
けれどエーデルは彼が確実にそうだと言っている。
そうである以上、俺がすべきことは一つだ。
「……すみません」
話しかけると、男は、
「なんだ? 兄ちゃん。あんたも逃げて来たのか」
と特に怪しいところの無い様子で返答してくる。
なんか腹が立って来るな。
屍鬼なのに人間面してふざけるな、とかじゃなくて、流暢に喋ってるところについてだ。
俺が屍鬼だったころを思い出してほしい。
死ぬほど喋りにくかったんだぞ。
それを……くそう。
そんな気分である。
しかし、俺はそんな心の内を隠しながら尋ねる。
「いや、俺は冒険者だよ。街に火をつけた奴らを追って色々歩き回ってるんだ」
そう言うと、男は少し、ぴくり、としたがそれでもほとんど無反応を貫いている。
「へぇ、そうなのか。だったら早く見つけてくれ。俺も街をこんな風にした奴らは許せねぇんだ。頼むよ……」
おかしな返答は一つもない。
そして、だからこそ、恐ろしかった。
こんなものがそこらに潜んでいれば、人間にはほとんど見つけようがない。
その結果として、今回の騒動が起こったわけだが……。
ともかく、さっさと正体を暴いて、退治しよう。
その前に、うまいこと生け捕りにして、出来れば他の屍鬼や、吸血鬼に繋がる情報を何か吐かせられないかと思うのだが……。
俺は、男に言う。
「ああ。そうするさ。ところで、その犯人は屍鬼みたいなんだ。悪いけど、おじさん。あんた、その服、脱いでくれないかな?」
「……なんでだよ。見りゃ分かるだろ。俺は人間だ」
「だったらいいなとは思うけど、そうじゃないかもしれない。屍鬼ってやつは体が腐れ落ちているから、脱いでもらえば分かるんだとさ。さぁ」
そう言って迫ると、男は腰かけていた場所から立ち上がり、後ずさり始めた。
「そんな必要はねぇ。俺は人間だ……人間だ……」
……うーん。
嘘とかその場しのぎで言ってる感じではないが、しかし、男が屍鬼なのは間違いないのだ。
俺はさらに迫ったが、男は急に走り出して、広場にいる他の人間に手を伸ばそうとする。
これは、もう話してどうにかなる感じではなさそうだ。
俺は腰から剣を抜いて、男に切りかかろうとした。
しかし、
――ボウッ!!
と、どこかから大砲を撃つような音が鳴り響き、そして次の瞬間には、男の体が燃え始める。
それは、赤くない、青白い炎だった。
これは一体……。
そう思って、炎が放たれた方向を見てみると、そこから一人の人物が現れる。
「……おっと、これはこれは。レントさんじゃないですか! お久しぶりですね?」
現れたのは、くすんだ灰色の髪に、爛々と輝く赤い瞳を持った、凄味のある美しい女性だ。
美しいと言っても、その頭にははかなげな、という形容は絶対につかないタイプである。
あえて言うなら、猛禽のような、とか、肉食獣染みた、とかそんな感じだ。
しかし、不思議なことにそうであるにもかかわらず、どこか清さをも感じさせる。
俺の二十五年の人生で、彼女以外に出会ったことがないタイプの女性である。
つまりは……。
「ニヴ様」
「様付けはやめてください。ニヴさんくらいでいいですよ。私たち、冒険者の先輩後輩の仲じゃないですか」
確かにそうだが、なんだかあんまり距離を縮めたくないんだよな。
しかし、そう言われては断りにくい。
仕方なく、
「……ニヴさん。どうしてこんなところに?」
「そんなことは簡単です。今こそ私の大活躍のときじゃないですか。こいつのようなものを、焼き尽くす時間ですよ」
そう言って、未だに青く燃えながら苦しんでいる男を蹴り飛ばす。
熱くないのか、と思うも、おそらくあれは普通の炎ではない。
同じく近くにいる俺にも熱さは感じられないからだ。
聖術によるものなのだろう。
ちなみに、広場にいる他の人々は、俺たちの様子を見てドン引きしている。
傍から見ればいきなり中年男を燃やした魔術師と、その魔術師と親しげに会話している仮面とローブの怪しげな男に見えているだろうから、そりゃそうだという話だ。