第299話 数々の秘密と街への思い
「それは構わないが……いいのか?」
俺は言って来たウルフに逆に尋ねる。
「何がだ?」
ウルフが首を傾げたので、俺は素直に言う。
「俺は……知っての通り、吸血鬼だぞ。確かに今回の騒動は俺が起こしたわけじゃないが、それでも、もしかしたら向こうの味方をするかもしれない、とか思わないのか?」
普通ならする危惧だろう。
そう思っての質問だった。
しかしウルフは、
「まぁ、その可能性はゼロじゃないかもな」
「だったら……」
「しかし俺から見れば、ゼロだ」
「え?」
即座に返答され、首を傾げる俺に、ウルフは呆れたように言った。
「お前、俺がなんでお前を冒険者組合職員に引き入れようとしていたかもう忘れたのか? 簡単に言や、お前の、冒険者たちや、この街に対する努力や献身を買って、そうしようとしたんだぞ。お前がこの街、マルトと、そしてここに住んでる人々と、どれだけしっかり付き合って来たかも分かってるってことだ。そのお前が、こんな……ただ街を破壊しようとしている奴らなんかに、たとえ同族だろうと協力するなんてわきゃねぇ。それくらい、簡単に分かる。そうだろ?」
その言葉に、俺は少し驚く。
買ってくれているとは感じていたが、そこまでしっかり見てくれていたとは思わなかったからだ。
自己評価が低いのかな、俺……。
いやいや、普通冒険者組合長がそこまで細かく冒険者一人一人を見たりはしないだろう。
ウルフが特殊なだけである。
とは言え、彼の言っていることは正しい。
今のマルトの状況を見て、俺が何を感じているかと言えば、純粋な腹立ちだ。
せっかく田舎国家の辺境とは言え、平和に楽しく生きていたマルトの人々。
その生活を、おそらくは自分勝手な理由で滅茶苦茶にされつつあるのだ。
俺はこの街も、この街の冒険者も、この街の人々も好きだ。
それをこんな風にされて、怒らないわけがない。
だから、俺はウルフに頷く。
「……全く、その通りだな。分かった。捜索に加わってくるよ。ただ、探す場所は自分で決めていいか?」
こう尋ねたのは、大体こういう場合は捜索する区画を冒険者組合が管理して効率的にやるものだからだ。
そうしない場合もあるが、ウルフはこれで有能かつ合理的な冒険者組合長である。
効率重視で作戦を組んでいるはずだった。
これにウルフは、
「別に構わねぇが……何かあてがあるのか?」
と即座に否定せずに尋ねて来た。
俺は答える。
「ああ、ちょっと伝手と言うか、あてがな。それに俺はこれで吸血鬼だ。下手に他の冒険者と行動して、疑われるのもまずい」
「そうだな、その心配もあったか。ま、お前なら大丈夫だと思うが、気をつけろよ。じゃ、行って来い!」
そう言われて、俺は執務室を飛び出し、街へと走り出した。
◇◆◇◆◇
冒険者組合を出て、俺は街中を走る。
とりあえずの目的地は決まっている。
街の状況が極めて切迫していたのでとりあえずの状況把握を先にしたが、俺が戻って来た目的は第一にエーデルなのだ。
そのため、彼のところに行くのが先だ。
後回しにしたのは、その生存がはっきりしたこと、そしている場所も含めて少しくらい放置しても大丈夫だろうと判断したからだ。
そもそも、俺とエーデルは普通の魔物とは違う。
不死者に足を踏み入れたため、体が欠損しようが何だろうが、頭さえある程度無事なら問題なく再生できる。
頭が吹っ飛んだ場合どうなるかはちょっと試すのが恐ろしいので分からないが、それでも時間さえかければ何とかできるのではないだろうか?
まぁ、試す気なんてないけどな。
さて、それでどこに向かっているかだが、マルト第二孤児院である。
アリゼとリリアン、それに孤児たちのいるところであり、かつエーデルの拠点でもある場所だ。
そこからエーデルの反応がある。
まだ気絶しているようだが、生きてはいるのは分かるのでまぁ、そういう意味では大丈夫だろう。
アリゼやリリアン、孤児たちの無事も気になる。
俺は急いで街中を走る。
そして、俺は孤児院に辿り着く。
ここまでの道のりで逃げ惑う人々は見たし、倒れて来た建材なんかに危なく押しつぶされそうになっていた者や、がれきの中で苦しんでいた人などもささっと助けてきたが、肝心の吸血鬼や屍鬼の姿は見なかった。
ちなみに、人助けに大して時間はかかっていない。
やっぱりこの体だとものをどけるのにも避けるのもかなり簡単にできるからな。
昔だったら考えられなかった。
それだけ身体能力が変わっている以上、嗅覚など五感で吸血鬼や屍鬼を発見できるのではないか、と思っていたが、どうやらそれは厳しいらしい。
やはり、ウルフが語っていたように、魔術による隠匿がなされているのだろう。
見た目だけでなく、匂いにも気を遣っているのだろうな。
俺の場合かなりからっからに乾いていたからそれほどでもなかったらしいが、屍鬼の湿り具合はなんというか千差万別だから……。
十分な栄養をとってないと匂いがやばいらしいと言われているが、そこまで試さなかったので本当かどうかは謎だ。
ま、それはいい。
ともかく、孤児院だ。
今回ばかりは悠長にノッカーを叩いている暇のなく、扉を乱暴に開け放って俺は中に入った。
すると、
「レント!?」
即座にアリゼの顔が目に入る。
出入り口で短杖を構えてこちらに向けているのは、彼女なりに孤児院を守ろうとしているからなのだろう。
隣には槍を構えるリリアンの姿がある。
ぽっちゃりした中年女性だが、その腰の入り方には堂に入ったものがある。
……もしかして相当な研鑽があるのだろうか?
病気だった時は穏やかに横になっていたからそういった凄味も感じられなかったが、今の姿を見るとその可能性が高そうだな、と思う。
「アリゼにリリアン殿。無事でしたか」
俺がそう言うと、アリゼが駆け寄ってきて俺の腰のあたりにしがみつく。
「……怖かった」
そういうアリゼの頭をなでると、リリアンも近づいてきて、
「……屍鬼が現れたとの情報が伝わって来たもので、籠城していたのです。私も聖術使いですので、本来でしたら屍鬼狩りに打って出るべきなのでしょうが、孤児たちがおりますので……」
そう言った。