第298話 数々の秘密とマルトの状況
マルトに入ると、そこは阿鼻叫喚だった。
火炎の熱が街をあぶっている。
俺たちに向かって熱風が吹き付け、その中を街の人々が走り回っていた。
「おい、何があった!?」
逃げ惑う人々の中から、屈強そうな男を選んでそう尋ねてみるも、
「あぁ!? 知るかよ! 気づいたら街が燃えてたんだ! 冒険者の奴らがさっきからそこら中走り回ってるからそいつらのが詳しいんじゃねぇのか!?」
そう叫び返されて腕を振り払われた。
どうやら街の一般人にとっては唐突に起きた災難、という認識らしいな。
「とりあえず、冒険者を探そう。消火活動をしてる奴がいるはずだ」
ロレーヌがそう言って走り出したので、俺もそれに頷いてついていく。
◇◆◇◆◇
「水を出せ! こっちだ! 延焼するぞ!」
火炎の激しい区画に進むと、やっと冒険者と思しい一団を発見する。
指示を出し、また水属性魔術を放っているところから見ると消火活動をしている魔術師たちのようで、やっと事情が聞けそうだと安心する。
「おい!」
「なんだ!? 忙しい! 話しかけるな!」
怒号が即座に帰ってくるも、これくらいは俺にしろロレーヌしろ慣れっこである。
冒険者ってみんな殺気立ってるときはこんなもんだからな。
びびるようならやっていけない。
「俺たちは冒険者だ! こっちは魔術師で、消火活動にも加われる! 簡単な説明をくれ!」
そう言うと、あからさまに視線の性質が変わり、
「今はどこも手が回ってねぇ状況だ! ここは俺たちでなんとかできるから、消火に加わるなら正門近くを頼む! あの辺が落ちたら避難も出来ねぇ! それと状況だが、魔物だ。魔物が火をつけた!」
「魔物?」
「ああ、詳しく知りたいなら冒険者組合に行け。その辺の対策もあっちでやってるはずだ……おい! そっちじゃねぇ! もっと右に水をやれ!」
流石にこれ以上は邪魔だろう。
俺はロレーヌと顔を見合わせ、
「すまなかった。ありがとう!」
答えてくれた男にそう言って、別方向に走り出す。
俺が向かう場所は冒険者組合だ。
ロレーヌはもちろん、正門だ。
確かにあのあたりには魔術師はあまりいなかったからな。
火の手があまり上がっていなかったと言うのもあるが、徐々に火炎が大きくなり始めているから心配だと言うことだろう。
ロレーヌがいればなんとか守り切れるはずだ。
俺はしっかりと状況を把握することに勤めよう。
◇◆◇◆◇
「まだ見つからねぇのか!?」
冒険者組合に入ると同時に、そんな怒号が聞こえて来た。
声の主は、言わずと知れたマルト冒険者組合長ウルフ・ヘルマンである。
珍しく一階で周囲を冒険者組合職員に囲まれながら指示を飛ばしているようだ。
慌ただしく冒険者たちが出入りしており、緊急事態なのは間違いなく分かるが……。
「ウルフ!」
俺がそう言って駆け寄ると、ウルフは驚いた顔で俺を見つめ、
「レント! お前……ちょうどいいところに来た。ちょっとこっちに来い!」
と言って思い切り引っ張られる。
どこに向かうのかと思えば、冒険者組合長の執務室だった。
扉の外に誰もいないことを確認した上で、ばたり、と扉を閉めて、部屋の端っこで俺に向かってウルフは耳打ちするように言う。
「……おい、今回の、お前は関係ねぇよな?」
そう言ってきたので、首をかしげて、
「何の話だよ? 俺はたった今ここに戻ってきて面食らってるんだぞ! 状況を説明してくれ!」
そう言い返すと、ウルフは安心したように頷いて、言った。
「ああ……そうだな。と言っても、冒険者組合の方でも細かく把握できてるわけじゃねぇんだが……吸血鬼だ。吸血鬼の群れが今、この街で暴れまわってる。町全体に火をつけながら、な」
それを聞いて、俺は驚いた。
そしてウルフの言葉の意味も理解した。
俺が関係ない、というのは、俺と言う吸血鬼が何か関係していないのか、という意味だったのだ。
もちろん、何の関係もないが、そんなこと分かるのは俺だけだ。
それなのに、俺の自己申告を信じてくれたらしいことに感謝の念が湧き出てくる。
まぁ、そうはいっても完全に可能性を排除したわけではないだろうが、とりあえず説明する気にはなってくれているのだから問題ない。
一応、俺も自分の潔白について言及しながら色々と尋ねる。
「吸血鬼って……街で確認したのか? もちろん、俺は関係ないぞ」
「まぁ、お前がこんなことしても何か得があるとも思えねぇしな。それはいいんだが……吸血鬼だが、確認できているのは最下級種だけよ。つまりは、屍鬼だ。今のところ見つかってるのは十体前後だが、この調子だと百体単位でいるかもしれねぇ。一体どこに隠してたんだか」
屍鬼か。
ちょっと前まで俺はそれだったわけだが、一般的に屍鬼は吸血鬼に通常の人間が血を吸われ、かつその際に吸血鬼の血を少量与えられると変異する存在だ。
見た目は朽ちた人間そのもの……屍食鬼よりかは上等な見た目だが、以前の俺の姿を想像すれば分かるが、普通の人間と比べればどう見ても死体でしかない。
「そいつらが火をつけてたのか?」
「ああ。そこら中にな。といっても、最初は人間にしか見えなかった。魔術で顔だけ擬態してたようでな。体の方は長袖を着てればほぼ分からん。いつから街に紛れられたか……考えるだけで恐ろしいことだ」
「屍鬼なら、下級吸血鬼と違って、血もそれほどいらないか……」
「そうだな。一応、血も飲むようだが、基本的にあいつらは悪食だ。犬だろうが猫だろうが虫だろうが死体だろうが食っちまう。結果、一番街で増えやすい吸血鬼系統の魔物だ。下級吸血鬼であればかなりの血を必要とするから増えればすぐに分かるんだがな……」
低級であることが必ずしもデメリットにはならないという例であろう。
とは言え、それは屍鬼にとっての話で、俺たちにとっては最悪のデメリットであるが。
「ともかくだ。冒険者組合としては今、総出で屍鬼と、おそらくはそれを作り出した吸血鬼がこの街にいると仮定して大捜索を行っている。お前も参加しろ」