第297話 数々の秘密と赤
「……? なんだ、あれは」
ロレーヌがそんな風に怪訝そうな声を上げたのは、リンドブルムがマルトにかなり近づいた時のことだった。
ロレーヌの認識阻害魔術の効果で、ここまで全く地上の人間に見つかることなくやってこれたわけだが、それはあたりが暗くなっていることも大きく影響しているだろう。
認識阻害も万能ではなく、そこそこの魔術師がしっかりと注意を向けて見れば分かってしまうこともあるものだからな。
ただ、この暗闇の中で空を見上げてその違和感に気づき、かつ高速で飛翔するリンドブルムに焦点を合わせて看破のために魔術を行使するのは至難の業である。
見つからなくて当然と言えた。
そんな俺たちはマルトに到着するまで気分よく空の旅を楽しんでいられたのだが、ことここにきて、そんな気分は吹っ飛んだと言える。
なぜなら、声を上げたロレーヌの目を向けた方向、そちらには、夜にも関わらず、煌々と輝く都市の姿があったからだ。
魔法灯の力でもって光り輝いているわけではない。
あの色はそんなものではない。
魔法灯の灯りは、もっと暖かで色素の薄いものだ。
そうではなく、マルトは今、赤に近い朱色に輝いていた。
あれは明らかに……。
「燃えている……!?」
そう、それは、燃え盛る火炎の色だった。
と言っても、マルト全てが、と言う訳ではない。
ところどころから火の手が上がっている、というくらいだろう。
しかしそれでもその数はかなり多い。
マルトの建物はレンガ造りや石造りのものが多いが、木造のものもそれなりにあり、放置しておけば都市全体に広がりそうなほどであった。
おそらく、今マルトでは水属性魔術を使える魔術師たちが魔力回復薬を握り締めて走り回っているところだろう。
「一体何が起こっているんだ……?」
俺がそう言うと、ロレーヌは首を横に振る。
「分からないが……とにかく、消火活動には協力せねばなるまい。レント、お前は水属性魔術は大して使えないから、街で情報収集をしてくれ。こうなると、エーデルの行方が分からないことも何かあってのことだと考えざるを得ない」
全く水属性魔術を使えないと言う訳ではないが、消火活動に使えるほどこなれているかと言われるとそれは全くだと言う話になる俺である。
消火活動はよくわかっていない素人が余計なことをすると却って酷いことになるからな。
俺には協力するのは難しいだろう。
その点、ロレーヌは十分な実力を持つ魔術師であるし、こういうときの振る舞いもよくわかっているはずだ。
その役割分担は正しい。
エーデルについてもロレーヌの言う通りだ。
ただ、眠っているだけ、ということは流石にないとしても、それほど大きな問題に巻き込まれたと言う訳ではなく、少し無理をして気絶した、くらいの可能性は考えられなくもなかった。
けれど、彼の様子を見に戻って来たらこの有様である。
エーデルが何らかの問題に巻き込まれている可能性はかなり高いと考えた方が良いだろう。
事情も知っているかもしれず、彼を出来る限り探す必要がある。
幸い、ここまで近づいて微弱ながらエーデルの気配は感じつつある。
死んでいると言う訳ではなさそうで、とりあえずその点は安心できそうだ。
「そうだな……分かった。父さん、マルトの近くに降りられるか?」
俺がそうインゴに尋ねると、
「ああ。ただ、あまり近くに降りるとこの様子だと色々と勘繰られる可能性があるからな……あのあたりでいいか?」
と、マルト近くにある森の中を示される。
確かに、認識阻害をかけているとはいえ、空と地上と言う距離ではなくなれば看破される可能性は高くなる。
そしてこんな状況の中で、リンドブルムなどという存在に乗って現れてきたと知れれば、色々と問題視され、怪しまれる可能性も高いだろう。
幸い、マルトまでは十分もあればつきそうな距離であり、問題はなさそうなので、俺たちは頷く。
「頼んだ!」
そう言うとインゴは頷いて、リンドブルムの手綱を強く引いたのだった。
◇◆◇◆◇
「……私も何か手伝えればいいのだが……」
リンドブルムから俺とロレーヌが降りていると、インゴが申し訳なさそうにそう言った。
しかし、別にいいのだ。
「父さんはここまで連れてきてくれたろ。それで十分だ。それに何が起こってるのかよくわからないからな……手伝うと言っても、何が何やら……」
それが正直な気持ちであった。
そもそも能力的にも従魔師としては大したものかもしれないインゴだが、戦闘技能とか身のこなしとかは普通の中年親父である。
そんな彼に今の燃え盛るマルトの中で活動させては死ぬ可能性もある。
得難い能力を持つ彼に、そんな危険を踏ませる意味はないだろう。
ガルブかカピタンを連れてくればよかったな、と思うが今更な話でもある。
「……そうか。まぁ、落ち着いたら村に戻ってくるといい。私はこのまま戻ることにしよう」
インゴがそう言った。
ここにこれ以上いても特に何もすることがないのだからそうした方が良いだろう。
下手に残って見つかってはまずいからな。
それに俺とロレーヌも頷く。
また、ロレーヌはリンドブルムに認識阻害をもう一度かけた。
一度かければ看破されない限りはある程度の時間持つとはいえ、ここまで来るのにそれなりの時間がかかっている。
一応、そうした方がいいだろうという配慮だった。
インゴは、
「ロレーヌ殿、すまない」
と頭を下げる。
「いや、構いません。それでは、村の方々によろしく」
「ああ、貴女も……息子をよろしくお願いします」
「もちろん」
ロレーヌがそう言って頷いたので、俺は、
「別に俺は子供じゃないんだが……」
と横で言ったのだが、二人に怪訝な目を向けられた。
そんなに子供っぽいか、俺は。
「……それはともかく、マルトに急ごう」
ロレーヌがそう言ったので、俺もそれには頷き、
「ああ、そうだな。それじゃあな、父さん」
と手を挙げると、インゴの方も頷いて、
「あぁ。死ぬなよ」
そう言って、リンドブルムと共に空に飛びあがった。
それを確認して、俺とロレーヌはマルトに向かって走り出す。
一体何が起こっているのか。
とりあえずはそれを確認しなければと思いながら。