第277話 数々の秘密とハトハラー、試合に向けて
よし、戦おう。
とは言ったもの、今日この場で今すぐに、ということにはならなかった。
というのは、もう今日は色々やりすぎて疲労困憊だからだ。
体力的にも精神的にも。
これ以上何かする気は起きない。
それに加えてカピタンには家族がいる。
今ですら外では夜の帳が降りているだろうに、これ以上遅くなったら妻から怒られる、ということだった。
彼ほどの勇士であっても妻は恐るべき相手と言う訳だ。
まぁ、大体、狩人のおっさんたちは昔から恐妻家が多かったよな……。
危険に常に晒される職業の人間の妻は、そういう人物でなければ務まらない、ということなのかもしれなかった。
冒険者もそうなのだろうか?
こんど冒険者組合長のウルフにでも聞いてみよう。
苦い顔で頷きそうだが。
◇◆◇◆◇
「勝算はあるのか?」
ロレーヌがそう尋ねた。
俺はそれに答える。
「どうかな……」
場所は、ハトハラーの村長宅、つまり、俺の実家である。
俺たちはあの場所から帰って来たのだ。
俺たちの不在についてはガルブとカピタンが事前に説明していたようで、用事があって森の奥に行っていた、と皆、説明を受けていたようだ。
俺の義父、村長であるインゴだけは俺たちの顔を見るや否や、
「……知ったのか?」
と尋ねてきたので頷くと、
「……そうか。任せたぞ。と言っても、我々も全く関わらなくなると言うつもりもないが……自由に使え。お前の職業にとっては得難い財産になるだろう」
と言ってくれた。
単純に管理を任せたと言うよりかは、義父からしてみるとプレゼントのような意図もあったのかもしれない。
確かに、あれがあれば冒険者稼業は幅を広げられるだろう。
まぁ、気を付けて使わなければ色々と問題が生じるのは間違いないから、そこのところは良く考えなければならないけどな。
可能なら全世界に向けて公開したいくらいの財産なのだが、そうすれば俺は冒険者として間違いなく名を挙げられるけれども、平穏は一切なくなるだろう。
転移魔法陣のカギを擁するヤーランはただの田舎国家から狙うべき羊へと姿を変える。
帝国が嬉々として襲い掛かってくる未来が目に見える。
そうしたくはないので、やはり公開は出来ない。
いつの日か、公開できる日が来るのか……。
俺がいつかそれに着手するとしても、その場合はハトハラーの転移魔法陣は破壊しておくべきだろうな。
そうすれば、帝国国内にあるあの《善王フェルトの地下都市》だけが問題になるだけで済む。
ハトハラーの人々がカギだ、なんて事実は知られずに済むだろう。
俺の血を固めて加工して本当に鍵っぽい何かを作って丸投げ、と言う方法もあるな。
まぁ、それをすれば帝国が本当に全世界を征服しかねないが。
固めたらカギとして機能するかどうかは謎だけどな。
固めないでも、ラウラにもらった容器に俺の血を詰め込んでおけばカギとして機能させられるわけだが。
ロレーヌに渡しておいた方がいいのかな……。
血が固体か液体かで転移できるか出来ないかが分かれるのかについてはそのうち実験しよう。
今のところ、俺たち二人しか使わないので問題にはならないだろうが。
「やはり、カピタン殿は強いのか? お前の師匠だとは聞いて知っているし、お前が尊敬していることも分かっているが……実際にどれくらい強いのかはな。あの砦に行く途中の戦闘くらいしか見てない私には分からん」
北の森を突っ切るとき、魔物の大半はガルブとカピタンが倒したわけで、その様は俺もロレーヌも見ていた。
ただ、その様子はそこまで本気、と言う感じでもなかった。
まだまだ余裕があったんだよな。
この周辺に出現する魔物については、カピタンは知り尽くしているし、そりゃ、簡単に倒せるだろう。
動きも癖も分かっているから、本気など出すまでもない、というわけだ。
そもそも、北の森に出現する魔物が強いとは言っても、伝説の魔物が出現するわけでもない。
ベテラン冒険者なら十分に対処できるレベルで、カピタンは実際にどこかで冒険者としても活動しているのだ。
倒せて当然である。
実際に人と相対した場合にどれくらい強いのかは、そんな魔物との戦いで分かるはずもない。
少なくとも、おおよそ同等の実力を備えた相手と立ち会わなければ、その底を見ることは難しい。
達人になればなるほどだ。
カピタンは……間違いなく達人だからな。
しかも主武器は剣鉈だ。
ちょっと一般的な相手とは勝手が違う。
俺も昔習ったし、鍛錬は続けてはいるが、間合いの感覚が片手剣や槍なんかと比べて取りにくいのだ。
剣鉈だけで攻撃してくると言うより、近付いてきて拳や柔術などによる接近戦を仕掛けたりもしてくるからな。
狩人であるため、主に人間用ではなく、人型の魔物用だが、人間相手にも十分に活用できる技だと言っていた。
しかし、今にして考えると……昔から連綿と受け継がれている技だ。
古王国の武術を引き継いでいる部分が多い、ということだろう。
あの人はやりにくいのだ。
「強いさ。当時の俺が絶対に敵わないと思っていた相手だからな。もちろん、いつかは勝ってやるとは思っていたけど……今から震えてくるな」
「なんだ、怖気づいているのか?」
「そうじゃない。武者震いさ。今の俺がどこまでやれるかが、楽しみなんだ……」
とは言ってみたものの、やっぱり多少怖いと言うのもある。
ただ怖いと言うよりは、がっかりされないかと思って。
ガルブが意味ありげにカピタンにいろいろ言うから、あんまり情けない戦い方が出来なくなってしまった。
全てを出しきるつもりで挑まなければならない。
気も、魔力も、聖気も、すべてだ。
魔物としての身体能力も十二分に使おう。
その上でもし勝てなかったら……ま、そのときはそのときだ。
別にそれで世界が終わるわけでもなし、俺の夢も続く。
俺のやりたいことは、あくまでも神銀級冒険者になることなんだからな。
「……ふむ。ま、そういうことならいいだろう。明日早くにやるんだろう? 村人たちに見せないために」
「ああ。ガルブが気を遣ってくれてな……」
誰かに見られていては俺が本気を出せないことを分かってそうしてくれたのだろう。
戦う場所も、北の森のあの砦周辺だ。
あのあたりなら、まかり間違って村人が、なんてこともまず起きない。
「では、今日はさっさと寝るとするか……お休み、レント」
「ああ、お休み」
ロレーヌが部屋を出ていき、彼女に与えられている部屋に行ったので、俺も自室のベッドに横になる。
あまり眠くはないが……ま、今日くらいは寝ておこう。