第270話 王都ヴィステルヤと再会の約束
「……そうですか」
俺の返答にがっかりとした神官だったが、それに続けて、
「では、せめてお名前を……」
そう言ったが、これにも首を振らざるを得ない。
「いや、それも申し訳ないのですが……」
そう言うと、神官の顔はもはや絶望に塗りたくられたかのようであった。
しかし、こればっかりは仕方がない。
まぁ、ただ、俺とロレーヌはともかく、オーグリーは別に言ってもいいかもしれない。
契約や正義を司る神の神殿だけあって、神官たちは守秘義務は頑なに守る、と言われているからな。
たとえ国や強い権力を持つ団体に聞かれても、秘密を明かすことはない。
歴史上で、そう言った逸話がいくつも残っているのだ。
たとえばさっきの聖剣の話にしても、初期は誰が剣を手に入れたかは秘密にされていたらしく、その際に魔王の一人に操られた大貴族が国の権力を振りかざして神殿にその持ち主の名を言うように迫ったと言うが、その際も完全に突っぱねたと言う。
まぁ、それでも言わない方がいいけどな。
神官の方も悲しそうではあるが、これ以上尋ねるのもホゼー神殿の神官として失格と思ったのか、
「……いえ、謝られるようなことではありません。むしろ、無理にお聞きして申し訳ありませんでした。ですが……契約に関して何かありましたら、我が神殿にぜひご連絡を。本神殿、分神殿問わず、必ずやご協力いたしますので。こちらは、いずれのホゼー神殿でも直接神殿長に面会を求めることの出来る面会証です。ぜひ、ご活用くださいませ」
そう言って、一枚のカードを手渡してきた。
おそろしく待遇がいいというか、なぜここまで、と言う感じだ。
そもそも、なんでこんなものを一介の神官が持っている?
そんな俺たちの疑問を察したのか、
「あぁ、申し遅れました。私はこのヴィステルヤのホゼー分神殿の神殿長のジョゼ・メイエと申します。どうぞよろしくお願いします」
と名乗って来た。
続いて名乗りそうになるが、そうそううっかりもしていられない。
名乗らずに、
「ええ、よろしくお願いします」
と三人で手を差し出して順に握手した。
しかし、神殿長か。
年齢は確かにそれほど若いという感じではない。
二十代半ばくらい。つまりは俺やロレーヌと同年代だ。
それでヤーラン王国と言う田舎国家とは言え、その王都の分神殿の神殿長を務めているとは出世しているのだな、と言う感じである。
まぁ、神官の出世は聖気を持っていたりするとかなり早いそうだし、神気などを敏感に感じ取っていたらしいことからおそらくは聖気持ちであろう。
つまり、聖女だ。
ならばおかしくはない。
とは言え、あんまり関係を持つこともないだろうが。
オーグリーは王都で活動している関係で街中で出くわすこともあるかもしれないが、その際はジョゼの方から避けてくれることだろう。
さて、聞きたいことも聞けたし、やるべきことも終えたし、そろそろ時間も本当にやばくなってきた。
オーグリーもオーグリーで用事があると言っていたし……。
「では、そろそろ私たちは帰りますので……」
「あぁっ……そうですか……」
あからさまにジョゼが悲しげな顔をした。
もっと何か聞きたい、という表情であるが、もう話すことも話せることもない。
俺たちはそそくさと部屋を出て、そしてそのまま神殿の出口に向かったのだった。
◇◆◇◆◇
「さて、色々あったけど、これで心配することはなくなったかな」
俺が神殿を出てからそう言うと、オーグリーが頷く。
「そうだね。契約を結んでしまえば仮に聞かれても契約を盾に喋れないって言えるし……気が楽になったよ。言おうとしても言えなくなったしね」
俺が許可を出した場合なんかは言えるように契約に幅は持たしているが、そういうミスを防げるのは常に心配しながら生きないで済むだけ楽だろう。
「まぁ、心配し過ぎなのかもしれんがな。そもそも今回契約した内容について、嗅ぎ付けて解き明かそうとする者などそうそういるとも思えん……ニヴの例があるから、若干心配なだけで」
ロレーヌがそう言った。
確かにそれはその通りである。
見た目が完全に人間と変わらなくなった今、俺をそうだと見抜ける者などそうそういるはずがなく、ここまで厳重に扱わずとも基本的には露見はしない可能性が高い。
が、もしものときのことは常に考えておくべきだろう。
だから、今のところ、俺の秘密について告げた人物は皆、元々信用できる人間か、魔術契約書を使って約束よりも強固で信頼できる裏付けをもらった場合だけだ。
いずれ、俺の体のことが分かっていくにつれ、関係性の薄い他人にどうしても説明しなければならない場面も出るかもしれないが、そのときはよくよく考えなければならないだろう。
「ニヴっていうと、あのニヴ・マリスかい?」
オーグリーがその名前が気になったのかそう聞いてきたので、俺は答える。
「ああ。吸血鬼を追って、マルトに来てるんだ。俺も相当疑われてさ……」
「それはまた……お気の毒に。でも問題はなかったようだね? 意外な話だが……」
一番意外だったのはもちろん俺だ。
そもそも実際、ニヴが探していたのは俺以外の吸血鬼だった。
今頃は見つかっているのかな……西からやってきた、という話だったが、あれだけの情熱をもって探していたのだ。
マルトが地方都市としてはそこそこ広いとは言っても、毎日辻斬りならぬ辻聖炎をされては隠れている吸血鬼もどうにもならないだろう。
「ま、無事だったからそれはそれでいいのさ。そう言えば、オーグリー、お前、何か用事があるって話だったが、時間はいいのか?」
俺がそう尋ねると、オーグリーは太陽の位置を確認して、
「おっと、そろそろまずいね。今日のところはこれで失礼するよ。また今度、会えるかい? マルトを離れてから僕も色々あってね。積もる話もあるし、王都に君たちがいるときにたまに依頼なんかも受けてみたいし」
と言って来た。
基本的にソロに拘っている俺だが、それは、一人で戦い続けるのが最も強くなるのに効率的だと考えていたからで、今はまた少し違う。
それに、オーグリーとはマルトにいるときもソロの誼で金欠のときにたまに一緒に依頼を受けていた。
だから、それについては問題ない。
ロレーヌも特に問題ないようで、頷く。
「あぁ。次に来た時は連絡を入れるよ。冒険者組合経由……ってわけにもいかないから……」
そう言った俺の逡巡を理解したのか、オーグリーはすぐに、
「そのときはこの宿に連絡してくれ。定宿なんだ。じゃあ」
荒い紙に宿の名前と大まかな位置を記載したものを手渡し、手を振ってその場を去っていった。