第265話 王都ヴィステルヤと話す内容
「防音がかかっててもこの鈴の音は向こうに聞こえるのか?」
神官が出ていった部屋の中で、テーブルの真ん中に置いてある宗教的な装飾の施された鈴を見ながら、俺が素朴な疑問を口にすると、ロレーヌが説明してくれる。
「そいつは感じ取るのが難しいが、微弱ながら魔力が流れているから魔道具だ。おそらく対になる鈴があって、そちらが鳴るとかそういう仕組みになっているのだろう。防音の魔術は魔力も少なからず遮断するから、その点も考えられた特別な品だろうな」
その説明になるほど、と納得する。
魔術師一年生の俺には少々見抜くのが難しい話だった。
魔力が感じられないから、普通の品かと思ったのだ。
どちらかと言うと細工の美しさや素材の感じから、中々売ったら高そうだな、盗まれないのかな、という方が気になっていたくらいだ。
しかし、魔道具だと言うのなら盗むのは難しいだろう。
大体、敷地から出すと警報がなったりするように魔術をかけているものだからな。
そういう専門の魔術師集団がいるのだ。
特殊な魔術なので、そうやって技法を守ると同時に金を稼いでいるわけだな。
実際、世界で一番多い犯罪は窃盗及び強盗であるため、非常に需要は高く、儲かっているらしい。
それはいいか。
「じゃあ、鳴らしても神官が来ない心配はしなくていいとして……契約の話に移ろうか」
「そうだな。オーグリー、覚悟はいいか?」
ロレーヌが俺の言葉に頷き、脅すようにオーグリーに言うと、
「……覚悟って何さ、覚悟って」
と尋ねて来たので、ロレーヌは答える。
「色々知る覚悟さ。ただ普通に私たちが来たことを黙っておけ、というだけなら何も知らずとも問題はないが、契約するとなるとな。細かい条件付けのためにも色々と話しておく必要がある」
これにはオーグリーも納得のようで、
「確かに、それはそうだね。単純に君たちが王都に来たことを黙っておく、なんていう契約にして、もし君たちが他の機会に堂々と来たことも黙っていなければならなくなったら、僕は何にも喋れなくなってしまったりするもの。ただ……それでも色々と限定をつければ範囲を絞ることも、僕を黙らせたい部分だけ黙らせることも不可能ではないように思うけど……その方が君たちにとっても都合がいいんじゃないかな?」
そんなオーグリーに俺は言う。
「確かにそれはそうなんだけどな……それだとオーグリーの負担が大きいだろ? そういう契約が出来るって言っても、それこそ雁字搦めみたいになるし、予期してなかったところで不便なことになる可能性も考えられる」
「それは……確かにそうかもしれないけど。でも僕が君たちの立場だったら僕の不便なんか考えずに契約結んじゃうけどな。昔から君たちは冒険者にしては優しいよね。甘いとも言えるけど。特にレントは」
それを言われると辛いところがある。
けれどロレーヌは、
「レントはそうだろうが、私はそうではないぞ。オーグリー」
「どういうこと?」
「お前には色々話すつもりでいるが、もし契約せずに逃げようとしたら地獄の底まで追いかけてそれこそ永遠に逆らえないようにしてやる。お前はこの部屋に入った時点で、契約を結ぶ以外に道はないのだ」
と、ちょっと凄みながら。
オーグリーはそんなロレーヌに少し怯えた表情を作るが、すぐに
「そう言うことは本当に思っていたとしても、普通は黙っておくものさ。言ってくれるだけ、やっぱり優しいと思うな……ま、話は分かった。僕も覚悟を決めて話を聞こうか。ここまでするんだ。何か余程の秘密があるんだろう?」
そう尋ねて来た。
オーグリーに話すのは、基本的には俺の正体についてだ。
転移魔法陣についてはガルブ達と相談しなければならないので、ぼかしながらということになる。
まぁ、ある程度事情を話せば推論すればなんとなく分かってしまうかもしれないが、その辺りも含めて秘密としておくようにうまい契約条項をロレーヌに考えてもらおう。
基本的にその辺りは丸投げだ。
俺も簡単な契約条項くらいなら作れるが、細かくなってくると全然だ。
ロレーヌは職業柄か、そういうことが得意である。
だからまぁ、大丈夫だろう。
ダメな時はダメな時だ。
「そうだな……どこから話したものか迷うが、まずは俺のことからかな。オーグリー、俺が一時期、行方不明になってたことは知ってるか?」
そう尋ねると、オーグリーは、
「あぁ、僕がマルトを出る少し前くらいの話だね。あのときはもう死んじゃったのかな、寂しくなるな、なんて思ってたけど……なにせ、一緒に王都に行かないか誘うつもりだったからね」
それは初耳である。
「また、なんで?」
「お互いソロで、銅級だったじゃないか。でも、王都を目指してたのは同じで……ちょうど銅級ソロでも護衛に雇ってもいいって言う王都行きの隊商が見つかってさ。もしかしたらもう一人、来るかもしれないけどいいか、って尋ねたらいいよって言ってくれたんだ。でも、結局君は……。ま、そういうわけで、僕は一人で来たわけだけど」
意外なところに意外なチャンスが転がっていたものである。
龍に食われてこうなったこともある意味いいチャンスだったわけだが、あのときそうはならずに、オーグリーと王都に来ていても案外よかったかもしれないな。
リスクはあるが、王都周りの迷宮の、少し強い魔物と戦ったらもう少し実力も上がったかもしれないし……。
無理かな。
そんなことを思いながら、俺はオーグリーに言う。
「そうだったのか……そうなれなかったのが残念だな。でも、お前は一人でここにきて、銀級になってるんだから偉いよ。頑張ったんだな」
「そう言ってもらえると嬉しいね。でもレントも頑張ったんじゃない? さっき見た君の戦い方は凄かったよ。身のこなしや剣術それ自体は、元々かなり完成していたから変わってはいなかったけど、地力が凄く上がっていたと言うか……今の君なら銀級昇格試験もすんなり越えられるだろうと思った」
オーグリーはしみじみそう言った。
その表情には、お互い、ソロで寂しい上の見えない生活を送り続けてきて、やっと報われた感慨のようなものが宿っているような気がした。
二人でこのまま永遠に銅級のまま終わっていくのかな、とたまに弱気になって話したこともあったのだ。
その気持ちはよくわかる。