第262話 王都ヴィステルヤと地味
「やっと帰ってこれたな……」
王都内にすんなりと入れて、ほっと息を吐いた俺である。
一度しっかり入れているとはいえ、一応、あまり胸を張って出せない身分証を使ってのことだ。
内心かなりどきどきだった。
しかし、ロレーヌは流石に王都に慣れてるだけあって堂々としたものだった。
オーグリーとはなんだかんだ適当に理由をつけて少し先に王都内に行ってもらったが、彼はしっかりとした身分証を持っているから問題などあるはずもない。
最後に王都に入ったのは俺で、正門から入ってすぐのところで俺を立って待っていたロレーヌに合流する。
「来たか。そんなにビビらんでもいいだろうに」
と俺の顔を見るなり内心まで見抜いた台詞を言うロレーヌである。
ビビるなと言われてもよろしくないことをしているのは事実なのだ。
どうしようもなく小心者な俺には難しい話である。
とは言え、ばれてないのは、内心ビビっているとはいえ、しっかりと兵士に対しては対応できていたからだ。
彼らは何か挙動不審な奴を見つけるとしつこく質問を繰り返すからな。
ああいう場では、むしろどれだけ悪いことをしていようが堂々としている方がいいのだ。
「ばれなかったんだからいいだろ。それより……あれ、オーグリーは?」
ロレーヌよりも先に中に入って俺たちを待っているはずだったのだが、姿が見当たらないで俺がそう尋ねると、ロレーヌは、
「あぁ、冒険者組合でさっさと依頼達成の報告をしてくるとのことだ。私たちには報酬の話もあるから、待っていろと」
「待ってろって? ここでか」
流石にずっと立っているのも……と思って尋ねると、ロレーヌは首を振る。
「いや、指定の店で、ということだ。一応場所と店の名前は聞いているから、適当に行けば分かるだろう」
なるほど、と思い、
「じゃあ行くか」
とロレーヌと二人連れだって歩き出したのだった。
◇◆◇◆◇
「……また随分と怪しげな店だな」
「確かにな……」
しばらく歩いて、俺とロレーヌが辿り着いた場所は、大通りからかなり奥まった位置にある、路地裏の一軒の店だった。
軒先に掲げてある看板は確かに、オーグリーからロレーヌが伝えられた通りの店名が記載してあるが、蔦が絡まって非常に読みにくい。
もし、店の場所を詳細に説明されていなかったら、間違いなく通り過ぎただろうと思われた。
しかし、そうはいっても入らないわけにはいかない。
俺はおそるおそる店の扉をあけると、ぎぎぎぎ、という音と共にゆっくりと扉が開いていく。
「――いらっしゃい」
しかし、扉の隙間から中に顔を突っ込んで覗いてみれば、意外なことにそこはむしろ瀟洒な家具に囲まれた居心地の良さそうな空間だった。
様々な植物が目障りにならない程度に店内に飾られており、テーブルや椅子は飴色にまで使い込まれ、磨かれた中々の品ばかりである。
カウンターにいるのは総白髪を短く切りそろえ、後ろに流している細身の老齢の男で、食器を磨く姿がかなり様になっている様子から、この店の積み重ねた年月が分かるようだ。
「……意外な。しかしこんな店にオーグリーのような奴が来たら相当目立つのではないか」
ロレーヌが冷静にそう突っ込みを入れる。
これには俺も頷かざるを得ないが、まぁ、人の趣味だ。
そこは自由だろう。
それから、とりあえず、俺はおそらくは店長と思しきその白髪の男性に尋ねる。
「……あの」
「はい、なんでございましょう」
「ここでオーグリーと言う冒険者と待ち合わせをしているんだが……」
途中で切ったのは、もうすでに来ているか、という意味と、来ていないならどこで待つべきか、指定の席などあるか、という意味を込めたためだ。
店長らしき男性は、すぐにその意味を読み取り、頷いて、
「オーグリー様はまだいらっしゃっておられませんが、どうぞこちらへ」
と言って、店の中でも特に奥まった位置の席を案内してくれる。
入り口からはほとんど見えなかったその場所は、人と目を合わせないで済みそうなので楽そうであった。
「ご注文は?」
そう聞かれたので、俺とロレーヌは適当に飲み物だけ頼んで待つことにした。
味もよく、王都を活動拠点にしたら是非に行きつけにしたくなる店で、いいところを紹介してもらった気分である。
そうして、ゆったりとした気持ちでオーグリーをしばらく待っていると、扉を開くぎぎぎぎ、という音がして、それから店主の声と足音がこちらに向かってくるのが聞こえて来た。
そして、
「……待たせたね。どうだい? この店は。中々気に入ってるんだけど……」
と言いながら、オーグリーがやって来た。
しかし、その様子に俺とロレーヌは驚く。
なぜと言って……。
「……お前、その服装はなんだ」
「なにかおかしいかい?」
俺の質問にオーグリーは首を傾げる。
正直に評価するなら、別におかしくはない。
おかしくはないが、おかしくないことがおかしいのだ。
オーグリーと言えば、どんなものを着ているにせよ、ちかちかするという印象は一切変わらない男のはずだった。
しかし、今、彼が着ているものは、地味なものだ。
茶色の外套に、全体的に暗く沈んだ色合いの衣服を中に来ている。
靴もまともなものだ。
尖って白かった先ほどまでの派手さはその面影を見ることすら出来ない。
何か変なものでも食べたのだろうか?
そんな視線を俺たちがオーグリーに向けていることに気づいたのだろう。
オーグリーは笑って、
「いやいや、流石に僕でも空気くらいは読めるさ。この店にあの格好はふさわしくないだろう? それに、君たちのこともある。それほど目立ちたくないと言うことなので、僕なりに気を遣ったのさ。ダメだったかな?」
その台詞は意外……でもない。
この男はマルトにいたときから、こういうところがある男だからだ。
空気が読めないようでいて踏み込むべきでなさそうなところは敏感に見抜くし、気を遣えないようでいて大事なところはしっかり押さえると言うか。
王都に来てもその感じは変わっていないらしい。
俺はオーグリーに言う。
「いいや、むしろ気を遣わせて悪かったな……。それで、依頼の報告は終わったのか?」
俺の質問に、オーグリーは椅子に腰かけながら答える。
「ああ、終わったよ。金貨二枚、しっかり貰って来た。まず、これを君たちに」