第261話 王都ヴィステルヤと護衛
「おぉ、これは……見事ですな。植物系統の魔術は難しいと聞きますが……」
近衛騎士団長ナウスがロレーヌの技量をそう言って褒めるが、ロレーヌは、
「いえ、趣味に走っているだけですので……」
と謙遜する。
実際、趣味の部分も大きいのは間違いないだろうが、あれだけ植物を操れるのは魔術師として高い技量がなければ無理だ。
植物系統の魔術は、生き物の支配の側面が強いから実際に難しいのだ。
エルフなどが得意なのは、彼らが生まれたときから森と深い縁を結んで生きていく種族だからで、そうでないのにこれだけ使えるロレーヌはやはり器用だと言うことになるだろう。
「それほど謙遜されずとも……しかし、これで王都にもすぐに辿り着けそうです」
「ナウス、では、呼びますわね」
ナウスがそう言ってから、その隣にいたジア王女が口笛を吹いた。
一体なにを、と思っていると、遠くから何かが走ってくる音が聞こえた。
見れば、それは二体の真っ白な一角獣だった。
おそらくは、元々馬車を牽いていた《馬》なのだろう。
手なずけるのが難しく、また気性もかなり荒いためにあまり《馬》として利用されない生き物だ。
ただ、その体力や速度は一般的な《馬》を遥かに凌駕するため、懐かせることさえ出来れば非常に重宝する。
ジアが呼んだら来たことから、この一角獣たちは基本的にジアの言うことだけ聞くのだろう。
賢い生き物らしいから、ジアから他の人間のいうことも聞くように言われれば聞くだろうが……。
あまり近づくのはよした方がいいな。
主人以外の人間には野生動物となんら変わらないとも言われるものだから。
ジアはそれから、起き上がった馬車に一角獣をかける。
その様子は手馴れていて、完全な箱入りお嬢様と言うわけではなさそうだ、という感じを受ける。
まぁ、ナウスに馬車の中に隠れていろと言われたのに自分で外を確認して安全と見るや出てきてしまうくらいだから、落ち着いた性格と言うわけでもなさそうだ。
二度も襲撃を受けているのに、わりとあっけらかんとしているしな。
それから、騎士たちは馬車の点検をしていたが、どうやら特に大きく傷ついた場所はないらしい。
もちろん、横転していたのだ。
全くの無傷と言う訳ではなかったようだが、丈夫だと言うだけあって、走行に問題はなさそうだ、とのことだった。
「それでは、我々は出発しようと思います」
ナウスがそう言ったので、俺は答える。
「ええ、もしよろしければ王都までご一緒しますが、いかがですか?」
これは、ロレーヌとオーグリーと相談して決めたことだ。
つまり、恩の押し売りの二つ目である。
多少は回復しているだろうが、それでも完全とは言い難い状態にある騎士たちだ。
王都までほど近いとはいえ、まだ馬車を守りながら進んでも一時間はかかるだろう。
騎士たちも、もともとは騎馬していたようだが、そちらは一角獣とは違って襲撃でかなりの数、ダメになっているようだしな。
残っているのは二、三匹だ。残っているだけマシか。
俺の提案に、ナウスは、
「それは、護衛してくださると言うことですかな?」
「ええ、差し出がましいとは思いますが、何よりも王女殿下の安全を考えますと……余計なことでしたら、どうかお聞き流しください」
ナウスが王女の安全やら何やらに強くこだわっていることを先ほどのロレーヌとの会話から理解しての台詞だ。
やはり、ナウスはそれを言われると弱いようで、
「……そうですな。仰る通りです。可能であるならば、ぜひ、お願いしたい。もちろん、お礼も致しますので」
そう言って来たので、俺たちは、
「承知しました。とは言え、騎士でない者があまり目立つのも何です。我々は後方からついてまいりますので、どうぞよろしくお願いします」
そう言ったのだった。
◇◆◇◆◇
幸い、というべきか、王都までの道のりは非常に平和なものだった。
そもそもあれだけの魔物が街道に出てくること自体、珍しいのだ。
おそらくは、もともとこの一行が何かに襲われて、血の匂いを撒き散らしていたのが原因だろう。
狼系統の魔物の鼻の良さは折り紙付きだからな。
森で魔物を倒したら、さっさとその場を離れないと次から次へとやってくるくらいだ。
流石に街道までは来るのはあれ以上いなかったが、しかしあれだけいれば十分とも言える。
当分、狼系統の魔物は見たくないな……。
「……ここまで来ればもう問題ないだろうな」
俺がそう言うと、ロレーヌが猫を被った口調で、
「そうですわね。そろそろ離れた方がいいかもしれません」
と言ったので、俺は頷く。
「じゃ、言ってくるな」
そう言って、馬車の後方から前方に移動し、ナウスに直接、
「ナウス近衛騎士団長閣下、王都正門もすぐそこですので、我々はそろそろ離れます」
「おぉ、そうですか。確かに、ここまで来ればもう何もないでしょう。何かあったとしても、正門からすぐに人がかけつけるでしょうし……では、ここまで本当にありがとうございました。後日、必ず王宮にいらしてくだされ。貴方方の功績はしっかりと陛下にも伝えておきますゆえ」
そんなことされても困るので、遠まわしに拒否しておくことにする。
「いえ、王女殿下の高貴なる身を守るのは当然のことですのでそれには及びません。では、失礼いたします」
そそくさと下がっていく俺に、ナウスは尚もまだ言いたいことがありそうだったが、聞けば聞くほど藪蛇になりそうな気がしたので気づいていないふりをしてさっさと下がり、ロレーヌとオーグリーに、
「じゃ、俺たちは平民用の列の方に行こうか」
と言って、迅速に馬車から離れた。
当然、馬車は、高位貴族用の列の方に向かっていく。
王都正門に並ぶ列はいくつかあって、平民用と下級貴族用、高位貴族用、徒歩用、馬車用など色々別れているのだ。
門自体がかなり巨大だから出来ることだな……。
当たり前だが、平民用は今の時間帯は結構並んでいる。
ちょうど出入りの激しい時間帯なのだ。
対して、王女たちが向かった方は全然人がいない。
そもそも高位貴族の絶対数が少ないのだから当然だ。
あっちの方が楽なのでついでについていく、という方法もないではなかったが、それをやると色々記録に残ってしまうからな……。
流石に貴族たちの出入りについてはしっかり記録がとられているから。
供の者について数が少ないから記憶される可能性が高いし、よした方がいいという判断だ。