第256話 王都ヴィステルヤと奢り
話を聞いて思ったのは、まず、果たしてそれは俺が手伝う必要のあることなのか?
だった。
どう考えてもオーグリー個人の問題ではないか。
そもそも、服の染色ぐらい一月でどうにかなるなら待てと言いたい。
だから俺は、
「……じゃ、用事は終わったな。さらばだ」
そう言って歩き出そうとしたが、がっしりと掴むオーグリーの拘束が外れる気配はまるでなかった。
「いやいやいや、何も終わってないよ! いいじゃないか、手伝ってくれれば! 依頼料丸取りだよ!? 護衛付きだよ!? 超楽ちんなしごとじゃないか!」
オーグリーは必死な様子でそう叫ぶ。
そんなに叫ばれたら目立つので、仕方なく俺はオーグリーの腕を引きはがそうとするのをやめる。
まぁ、確かに条件はいいのは間違いないんだが、そもそも……。
「……そもそも、俺たちは事情があって冒険者組合で依頼を受けたくないんだ。それに、さっき新婚旅行だって言っただろう? 時間もあまりない」
正直に言って、引いてもらうのが一番かなと言う判断である。
オーグリーは押しが強い奴だが、全く話が出来ないという人間でもない。
しっかりと説明すれば分かってくれるだろう、というのもあってのことだった。
まぁ、新婚旅行は嘘だが、時間がないのは本当だ。
ガルブ達との待ち合わせもある。
しかし、珍しいことにオーグリーはそれでもあきらめなかった。
「事情か。その言い方からすると……冒険者組合で依頼を受けること自体に問題があるような感じだね。となると……ぼく個人からのお願いと言う形ならどうかな。新婚旅行については、ほら、あんまり普通の新婚旅行じゃ見れない場所に行けるよ!」
「随分と粘るな……。そんなにその薬草が必要なのか? 別に一か月くらい待ったらいいじゃないか」
俺がそう言うと、オーグリーは首を振って、
「どうしても、早く手に入れたいんだ。頼むよ。依頼料もここに記載されている額に僕の方から更に色をつけよう。時間は、それほどかからないはずだ。それほど遠くない森の中に生えているから、見分けさえつくのならほんの数時間でどうにかなるんだ」
と、真剣に頼む。
こいつのこんな様子は本当に珍しく、マルトでもあまり見たことがない。
そんなに服にこだわりが……。
まぁ、これだけ目立つ格好をずっとし続けている男だ。
よっぽどのこだわりがなければこんな恰好はしないだろう。
数時間か……。
「待ち合わせまでに間に合うかな?」
ロレーヌに尋ねてみると、ロレーヌは猫を被った口調で、
「数時間くらいならおそらくは……まさかお引き受けに?」
と尋ねて来た。
あんまり気が進まなそうだが、これでオーグリーにはマルトにいたときにはそれなりに世話になったこともあるのだ。
いい狩場を教えてもらったり、手に負えなそうな魔物の出現情報を教えてもらったり。
そんな奴にこれほど熱心に頼まれては、断るわけにはいかない。
まぁ、その内容が服の染色のために必要な素材が欲しいから、というのはいささかあれだが、俺たち常人にはよくわからない切羽詰った理由があるのかもしれない。
「冒険者組合を通さないのなら、仕方ない。受けてもいい。だが、待ち合わせに間に合わなそうな時は容赦なく戻るからな。それと、俺たちのことはあまり人に話さないでくれ。あまり目立ちたくないんだ」
そうオーグリーに言うと、彼は頷いて、
「もちろんだ。じゃあ、依頼の受注手続きをしてくるから……君たちはぼく個人の依頼にただついてくるという形式になる。しかし……目立ちたくないか。その恰好で……かい? 正直話しかけたのは、僕の服に対する情熱を君たちなら分かってくれそうだと思ったからだったんだが……」
と首を傾げられた。
確かにかなり目立つ格好ではある。
しかし俺たちの着ているものはオーグリーとは異なり、歴とした帝国で流行している最先端ファッションである。
一緒にされたくはない。
が、そんな説明をする前にオーグリーは冒険者組合の受注カウンターに行ってしまった。
一言言ってやれなくて残念である。
「……レント、いいのか? まぁ、冒険者組合を通さないのであれば記録も残らないし、待ち合わせの時間までの暇つぶしにはなるだろうが」
「あんまり気が進みはしないけど、あいつにはそれなりに恩があるからな……。正体を明かすわけにはいかないが、ちょっと手伝ってやるくらいならいいだろう。依頼内容だって簡単なのは事実なんだし」
「全く、人がいいな……」
「そうかな。そういうわけでもないが……そうだ、それこそロレーヌには悪かったな。王都を見て回れたのに余計な用事を作ってしまって」
ロレーヌからしてみれば、勝手に依頼を受けてしまったような状況だ。
相談もしないで申し訳なかったと今にして思う。
しかしロレーヌは首を振って、
「別にいいさ。私は王都には何度も来ているしな。今更見て回りたいところなどそれほどない」
「そうか? もしあれなら、俺一人でオーグリーと一緒に行ってもいいんだが。あいつが求めているのは戦力じゃなくて薬草の目利きの出来る人間だからな」
戦闘はすべて受け持つみたいなことを言っていたし、いつの間にやら銀級になっていたオーグリーである。
マルトにいたころと比べるとかなり強くなっていると思って間違いないだろう。
だから、別に二人で行く必要もないと言えばないのだ。
けれどロレーヌは、
「そうしたいところだが、お前ひとりだと何かボロを出しそうな気がする。心配だからついていくさ」
と、俺の不用意さをつっついてそう言った。
確かに、たった今、余計な依頼を受けてしまったところだしな。
言い返せない……。
「……悪いな。今度何か埋め合わせでもするよ」
「お、そうか? では、マルトの目抜き通りにある《オル・フレヴネ》で夕飯でも奢ってくれ。あそこのフルコースをいつか食べたいと思っていた」
それは、マルトにおいて最も高級な料理店として有名な店の名だ。
当然のように普通の店とは桁の違う価格の料理を出してくる。
そのフルコースと言ったら……。
まぁ、今の俺になら払えないこともないのだが。
それに、それくらいは今までの色々を考えると奢らないとならない気がする。
だから俺は頷いて、
「……わかったよ。今度マルトに戻った時に行こうか」
そう言うと、ロレーヌは意外そうな顔で、
「冗談のつもりだったのだがな? 本当に大丈夫か?」
と今度は心配された。
しかし一度言ったらもう引っ込めない。
だから俺は胸を叩いて、
「任せておけ。そのときは好きなだけ食べるといいさ」
そう言って笑ったのだった。