第254話 王都ヴィステルヤと虹
王都の冒険者組合は、このヤーランにおける冒険者組合の総元締めだ。
冒険者組合本部、とヤーランで言ったら、王都冒険者組合を指す。
他の国の冒険者組合とはどういう関係にあるかと言うと、緩やかな協力関係にあると言う感じだろうか。
クラスや依頼達成状況などについて共有し、別の国に行っても依頼を受けられるようになっているわけだ。
なぜ緩やかな協力関係かと言えば、それぞれの国の冒険者組合は国家による統制を受けるからだが、その辺りは微妙なところらしい。
他国の情報を流したり、仕入れたりすることは日常的にやっているし、冒険者組合ほど規模の大きな団体を完全に統制できるわけもなく、権力闘争が絶えず行われているようだ。
だからこそ、冒険者組合は胡散臭いと言うか、国からはあまりいい目では見られない。
ま、俺みたいな低級冒険者が考えることでもないのだが、そういうのは噂話でも色々聞くと面白いからな。
結構楽しんで話したりしているものだ。
そんな冒険者組合の本部建物は、マルトのそれとは違って相当に巨大で、かつ洗練されていた。
受付カウンターも高級感があり、安物の木造りだったマルトとは大違いである。
受付にいる職員たちも、なぜか美人が多い。
マルトの職員も美人じゃないと言う訳ではないのだが、なんというか……都会的な美人ばかりと言うか。
「……おい、見とれるなよ」
ロレーヌからそんな声が飛んできたので、
「見とれてないって。ただ、随分、感じが違うなって思っただけだ」
実際は多少見とれていたが、それはご愛嬌と言うものだろう。
ロレーヌもそれは分かっているのだろうが、呆れて鼻を鳴らすだけで済ませてくれたのはありがたい話だ。
「とりあえず、案内してやろう……まぁ、そうは言ってもあるものはマルトと大して変わらんがな。そこが冒険者組合経営の酒場兼軽食所、そっちが受付、そっちが解体所、そこが鑑定カウンターで……あとは、依頼掲示板かな」
そうやって言われると、確かにどれもマルトにあるものばかりだ。
机や椅子、内装がマルトのそれと一線を画する高級感を有するので全然違うところに来ている感じがするが、改めて説明されると何も変わらない。
依頼掲示板にも寄って行ってみるが、それこそマルトと同じだ。
ただ……。
「……やっぱり結構難しそうな依頼が多いな。お、この薬草採取は簡単そうだ」
「お前にとっては簡単なんだろうが、それは見分けるのが難しいからな。王都の冒険者にとってはかなり難しい依頼だぞ。依頼日を見てみろ」
「……三日前じゃないか。俺なら速攻とるぞ、こんなの」
「マルトの冒険者なら三日は放置しないだろうな……お前の教育の賜物か、薬草とかに詳しい冒険者が多いからな」
教育とは、俺がマルトの冒険者組合で、不死者になる前にたまに開講していた初心者向け講義のことを言っているのだろう。
講義と言っても、何か特別に難しいことを教えたりはしなかったが、初心者冒険者にとって稼ぎの大半になるだろう薬草採取のために、その辺りの見分け方とか、どんなところに生えているかとか、山や森の歩き方についてはかなり教え込んだ覚えがある。
実際に俺が薬草をとってきて、見分けさせたりしたし、似ているが間違った薬草を使うとどうなってしまうかなど試させたこともあった。
腹を壊すとか調子が悪くなるくらいなら講義を受けてる冒険者本人に食わせてみたりしたな。
死にかねない奴は、小鼠に食わせて見せたりした。
そんな場面を見たからか、その講義を受けた奴らは薬草の見分けや採取にかなり真剣に取り組むようになり、マルトにおいてはよほど生えている場所や季節などが限定されていない限りは、薬草関係の採取依頼は即座に掲示板からもぎ取られるようなってしまい、結果、俺の首を絞めた。
まぁ、初心者同士で譲り合っていたみたいだからいいんだけどな。
俺にはゴブリン・スライム・骨人狩りがあったし、しょせんソロだからそれほどの収入がなくても生きていけたのだから。
「……困ってるなら受けてやりたいが、流石にな……」
掲示板に張ってある依頼票を見つつ、困っているだろうな、と思ったのでついそんなことを口にしたが、今の俺の身分で依頼を受けると記録に残ってしまうし、そんな危険を踏む気にはなれない。
ロレーヌも流石に冒険者証は自分のものしかないだろう。
「ま、仕方がないだろう……。さて、そろそろ冒険者組合見物もいいだろう。外に……」
ロレーヌがそう言いかけたところで、
「……やぁ、君たち、ちょっと、その依頼簡単だとか言わなかった?」
と、後ろから声がかかった。
一体誰が……と思って振り返ると、俺は息が止まった。
なぜなら、そこにいる人物は酷く派手な服装に身を包んでいたからだ。
虹色のひらひらとした服に、クジャクの羽の突き刺さった帽子、腰に下げた剣の柄には極彩色の文様が描かれていて、目がちかちかする。
さらに言うなら、その人物の顔を俺は良く知っていた。
なぜなら、少し前までマルトにおいて活動していた冒険者の内の一人だから。
「……いや、それは……」
なんとなく俺が口ごもっていると、その男は言う。
「いやぁ、僕もその依頼、張り出された日から見てたんだけど、誰も取らないからさぁ。僕って薬草の採取依頼とか地味なのは昔から不得意で、出来るだけ回避してたんだけど、流石に三日放置はかわいそうじゃない? 冒険者組合でも困ってるみたいなんだけど、その薬草ってとるのは簡単でも見分けるのが鑑定員でも難しくて、後々問題になったりすることも少なくなくて、避ける人が多くてさぁ。どうしたものかと思ってたんだよ。実は僕の昔の知り合いにそういうのが異常に詳しい奴がいて、そいつに頼めたら、とか考えないでもなかったんだけど、そいつってマルトにいてさ。流石にここに呼ぶわけにもいかないし、じゃあどうしたもんかなと思って……」
あぁ、そうだ、こいつって喋るときはひたすらに喋る奴だな、とそれで思い出した。
俺はとりあえず、
「……事情はなんとなく分かった。だが、その前に名乗ってくれ」
名前は知っているが、話を止めるためだけにそう言った。
すると男は言う。
「ああ、ごめんごめん。僕はオーグリー。銀級冒険者オーグリー・アルズさ。よろしくね」