第251話 山奥の村ハトハラーと下水道の先
「ここは、あの遺跡都市が隆盛を誇っていたころからあったのかな……」
下水道の通路を歩きながら俺がふと、そんなことを言うと、ロレーヌが少し悩んで、
「……その可能性もないではないが、おそらく違うのではないかな。ガルブ殿?」
ガルブに水を向けると、彼女が頷いて答える。
「ああ。ロレーヌの推測が正解だね。ここはそこまで古くはない。まぁ、それでもかなり古いのは間違いないが……それでも数百年程度だ」
あの遺跡都市はおそらく数千年前クラスの古さだろうから、それと比べると確かに歴史が浅い。
しかし……。
「転移魔法陣があったじゃないか。あれは今の技術じゃ作れないんだから、その頃からあったってことになるんじゃないか?」
「レント、あんたはさっき何を見てたんだい? あの一対の石を持っていたのは、本来、ハトハラーの役職付きみんなさ。ただ、途中で使った奴らもいて……ここの転移魔法陣は宰相の奴が使ったらしいね。かなり昔の代のだが」
なるほど、と思う答えだった。
しかし、基本的にハトハラーの役職付きの人々は、昔から、あの遺跡やそれにまつわるものを秘匿して生きてきたはずだ。
それなのに、わざわざ転移魔法陣を作る理由が分からないが……。
「そろそろ出口だ」
ガルブがそう言って指さした方向からは、確かに光が漏れている。
そこに向かうと、今度こそ、人工的な光ではない、太陽の光があった。
見える景色は……森の中、かな。
水の流れる沢が見える。
「……どこなんだ、ここは」
周囲を見る限り、全く分からない。
ガルブは、
「ちょっとお待ち……《隠れよ》」
今這い出てきた下水道の出口を振り返ってそう唱えると、その出口はさわさわと降りてきた蔦や草に覆われて見えなくなった。
見つからないように工夫しているわけだ。
そんな様子を見たロレーヌは、
「……ガルブ殿の魔術と言う訳ではなく、この出入り口自体にかけられているもののようだな。簡単には解除できなさそうだ」
と言う。
ロレーヌをしてそこまで言わしめるということは結構高度な魔術なのだろう。
普通の魔術師が通ってもそこに何があるのか気づかないようなものなんだろうな……。
俺?
俺にはさっぱりだ。
魔術の世界は奥深すぎて……。
そのうち一目見て、魔術の構成とかに言及できるようになりたいものだ。
無理か。
それから、俺たちは、ガルブに先導されてしばらく歩いた。
と言っても、それほど長くない。
十分程度と言ったところだ。
そして見えてきたのは……。
◇◆◇◆◇
「あれは、王城じゃないか……と言うことはここは王都か」
俺たちの前に見えているのは、聳え立つ巨大な建造物である。
かなり高い外壁に囲まれた都市の中央にあるその建物は、白く壮麗で美しい。
この国において、あの建物より巨大で美しいものは存在しないだろう。
つまり、ヤーラン王国王都ヴィステルヤの姿がそこにはあった。
正直言って、俺は初めて来た。
本や話でこんな場所だ、とは知っていたが、実際にこの目で見たのは初だ。
うーん、都市マルトの話に目を輝かせていた村人たちの感覚が今、ありありと分かるな……。
これが本当の都会と言うものだ。
そう思いながら隣を見てみると、ロレーヌの視線はいつも通りだった。
こいつはもっと都会を知っているから、さもありなんという感じではあるが、なんとなく悔しい気がする。
そのうち帝国の帝都にも行ってやろうと思った瞬間であった。
「ちょっと見てから帰ろうか。そろそろ切れてきた素材があるんだよ」
ガルブが気軽な様子でそう言い、
「俺も寄りたいところがある。一旦別れて、あとで集合しよう」
などとカピタンも言った。
あまりにも気軽過ぎるその台詞に俺は尋ねる。
「……いいのか? そもそも、ハトハラーの村の住人が王都に突然現れたらおかしいんじゃ……」
王都ヴィステルヤは外壁の東西南北に造られた正門において、王都にやってきた者たちの簡易的な身分照合をしていると聞く。
それを乗り越えるためには身分証を出さなければならないが、それをどうやって……と思っていると、二人そろって見慣れた銅のカードを取り出して見せていた。
「……銅級冒険者証じゃないか……」
俺がかつて、とるのにそれなりに苦労し、二度目は簡単にとった冒険者証である。
なぜこの二人が持っているのか……。
そんな俺の視線の意味を理解したのか、カピタンが言う。
「こういうときに使うためだ。名前も適当にしてあるし、とったところはハトハラーから遠く離れた地方都市だからな。怪しまれることはない。たまに活動しているからその履歴も記録されているしな……」
と、冒険者証に記載されているギルドの所在地を見れば、確かにかなり離れた地方都市のそれが書いてある。
どんな依頼をどれだけ受けたのかは、冒険者組合の方でないと確認できないので分からないが、カピタンの腕だ。
かなりのものになるだろうことは簡単に想像できた。
ガルブもまた、そうだろう。
ガルブの冒険者証の方はカピタンの冒険者証に記載されているギルドの場所とは異なるギルドの番地が記されていて、無駄に芸が細かい。
どちらも村から旅をしてそこでとったわけではなく、あの転移魔法陣のどれかを使って行ったのだろう。
かなり気軽に使っているらしかった。
いいのか?
と思うが、この二人が何の警戒もなく使ってきたわけもないだろう。
「そういうわけだから、お前たちも王都見物でも楽しんでくるといい」
カピタンは気軽にいうが、
「……俺たちもそれなりに怪しまれるんじゃ……」
と口に出すと、ロレーヌが、
「お前の場合、レント・ヴィヴィエとしての冒険者証を使えば問題ないだろう」
と言ってくる。
……確かにそれもそうか。
ちょうど街を留守にしているわけだし、レント・ファイナは里帰りで、レント・ヴィヴィエは王都に行ってました、で通すことは出来る。
しかしだ。
「ロレーヌはどうするんだ?」
「私か? 私は私で、あまり褒められたことではないが……ほれ」
そう言って、彼女は帝国の身分証明書を何枚か出して見せた。
その全てに別の名前が記載してある。
明らかに偽造だ。
本名のやつもあるが、それを使う気はないのだろう。
たまにこういうことがあるので、ロレーヌが帝国でどんな扱いだったのか気になってくるが、まぁ、今さらだろう。
それに、ロレーヌがロレーヌであることはいつだって変わらない。
それでいいのだ。
「ま、問題ないなら良さそうだな……じゃ、行くか」
そう言って、俺たちは王都正門に向かった。