第250話 山奥の村ハトハラーと贈り物
しばらく進んで辿り着いたのは、壁に大量にあった洞窟のうちの一つ、もっとも奥まった位置にある場所だった。
ここもまた、転移魔法陣が……と、思っていたのだが、
「……何もないじゃないか」
俺はそう、ガルブとカピタンに言う。
構造的には最初に飛んできた部屋と全く同じだ。
少し長めの通路が続き、そしてその最奥に大きな広間がある。
ただ、違うところを上げるのなら、その地面には何も描かれていない、ということだろう。
ガルブも俺の言葉に頷いて、
「まぁ、そうだね。でも別に間違えて連れてきたわけじゃないよ……カピタン」
そう言って、カピタンに顎をしゃくると、カピタンは懐から二つの石を出してきた。
鈍く光る赤い石と、曇った青い石。
あれはなんだろうか……。
そう思っていると、カピタンは赤い石の方を手に持ち、そしてそれを思い切り地面に叩きつけるように投げた。
すると、赤い石はばきり、と割れ……その直後、物凄い勢いで地面に文様が描かれ始めた。
「こ、これは……!? まさか、転移魔法陣か!?」
ロレーヌが驚いたようにそう言うと、ガルブが頷く。
「そうさ。私らに残された魔道具、そのうちの一つ……新たに転移魔法陣を描くことが出来る、秘宝。薬師と、狩人頭に一対ずつ受け継がれていてね。それを今、ここで使った」
「一対ずつ……? あの赤い石と青い石でセットと言うことか?」
俺が尋ねると、ガルブは応える。
「ああ。どっちから使ってもいいんだが、地面に叩きつけると、このように転移魔法陣が描かれていく。出口は、もう一方の石を叩き割った場所になる、というわけさ。どうだ、便利だろう?」
便利も何も、新たな転移魔法陣を描ける魔道具なんてものは、オークションに出したらそれこそ天文学的な値段がつきそうな代物だ。
少なくとも俺はそんなもの見たことはない。
俺たちにそういうことが出来る、と見せるためだったのだろうが、そんなものこんな気軽に使っていいのか……。
そう思っていると、カピタンが、
「こっちはお前たちにやろう。どこか好きなところに転移魔法陣を作るといい」
そう言って青い石を手渡してきた。
曇っている、と遠目には見えていたそれは実際に近くでじっくり見てみると、ものすごく細かい文字が螺旋を描くように内部で回っている。
なるほど、高度な魔道具なのだろうな、と言う感じだ。
というか……。
「これを、くれるのか? 俺たちに……」
そう言うと、カピタンは、
「管理を任せると言ってるんだ。ハトハラーからマルトに帰ったあと、一々ハトハラーに馬車で来るのも面倒だろう? こいつがあれば一瞬だ。まぁ、あの《砦》からハトハラーまでは徒歩で半日はかかるが、かなり短縮されるだろ?」
と言う。
話自体はありがたいのだが……いいのかな。
ロレーヌの方を見ると、
「……」
物凄く手に取りたそうに青い石を見つめていたので、
「……ほら」
と手渡すと、眼球がくっつきそうな距離で凝視し始めた。
ぶつぶつと何か魔術理論やら仮説やらを呟き始めて、なんだかちょっとだけ怖い。
が、学者冥利に尽きると言うか、こんなものを得られる機会なんてどれだけ学者として地位を築いていても、運がなければないだろうから、興奮しきりなのだろう。
まぁ、いいかと放っておく。
それからガルブが、
「……おっと、私の方も渡しておこう。こっちは、対のまま、だね。カピタンの方は勝手にここを出口にしてしまって悪かったが……」
そう言いながら、赤い石と青い石を手渡してくる。
カピタンの奴とは少し色合いが違っているが、概ね同じだ。
取り違えたりしないように気を付けなければならないな、と思う。
出口が……入り口かな、どっちでもいいか。
出口が、この遺跡都市になったのは、別に構わないだろう。
ガルブの話によれば、他にも沢山、転移魔法陣があるということだし、ここにきて、他の転移魔法陣を活用すれば遠くの土地に簡単に行くことが出来るはずだ。
むしろ、二対そのまま渡されても、一対は普通にここに使っていたと思う。
ここと、そしてマルトに。
もう一対の方は……どこに使おうとかあまり思い浮かばないが、今のところは保留にしておいた方が良いだろう。
そのうち、目ぼしい場所が見つかるかもしれないし。
「あとは……そうだね。一応、他の転移魔法陣も使ってみるかい? いくつかだが、転移先を確認したものがある」
ガルブがそう言ったので、俺とロレーヌは頷いた。
「よし、じゃあ、もう一度、こいつに乗りな」
ガルブはそう言ってさっさと黒王虎に乗り込む。
流石に俺たちも慣れたので、さっきよりすんなり乗り込むことが出来た。
四人全員が乗り込んだのを確認し、黒王虎は走り出す。
◇◆◇◆◇
「……この転移魔法陣は転移先を確認してある。とは言え、ちょっと面食らう場所だからね。例によって、私らが先に行こう」
ガルブがそう言うと、カピタンと連れだって乗り、消えていった。
「面食らう場所……どういうところなんだろうな?」
俺が言うと、ロレーヌが、
「波打ち際の崖の上とか、火山の火口とかなどが考えられるな」
「……流石にそれは勘弁願いたいな……」
まぁ、もちろん冗談だが、ガルブをして面食らう、なんていうのはそういうところしか思いつかない。
しかし、それでも行かないと言うわけにはいかないので、俺たちは連れだって魔法陣の上に乗り、そのままどこかに飛ばされたのだった。
◇◆◇◆◇
「うわっ」
俺はつい、そう叫んでしまう。
なぜといって、転移した先で、まず一番最初に感じたのは強烈な臭気だったからだ。
ロレーヌは声を出しはしなかったが、横を見てみると顔をしかめている。
その気持ちは分かる。
大分ひどい匂いがするからだ。
「私の言った意味が分かったろ?」
ガルブが笑いながらそう言った。
カピタンも笑っている。
なるほど、確かに面食らう場所だった。
しかし、ここは一体……。
「それで、どこなんだ?」
俺がそう尋ねると、ガルブは言う。
「ここは下水道さ。その一部に造られた、隠し部屋の中。ええと、この辺に……」
そう言いながらガルブが石壁に触れると、一部が凹み、それから壁の一部がごごごご、と音を立てながらずれていく。
数秒経つと、そこにはしっかりとした通路が現れていて、向こう側には確かに下水道と思しき水の流れている水路が見えた。
「さぁ、行くよ」
そう言ったガルブに、俺たちはついていく。