第249話 山奥の村ハトハラーと鍵の作り方
「管理を任せたいって……」
ガルブの言葉に、俺は何といっていいものか悩んだ。
ロレーヌも難しい顔をしている。
当然だろう。
こんな、個人の手の内に収めるのにはあまりにも大きすぎるものを、ぽん、と手渡されても、困ってしまう。
そんな俺たちの心境を察してか、カピタンが言う。
「別に、お前たちだけに管理をしろ、とか俺たちはもう完全にかかわらないとか言っているわけじゃない。どっちかというと、管理者の中に加わってほしい、という感じだな」
それは、少し、要求が下がった感じのする話だ。
しかしそれならわざわざ俺たちに頼まずともいいような気がするが……。
そう思って、
「今まで通りじゃダメなのか?」
そう尋ねると、カピタンは、
「ダメではないな。ただ、お前たちも加わった方が望ましい。たぶんだが、利益もある」
「利益?」
それはいったい何だろうか。
ロレーヌみたいなのからすれば、ここを魔物の妨害なく好きに調べられるだけで利益になるかもしれないが、カピタンが言うのはおそらくそういう感じではないだろう。
カピタンが、
「婆さん、そうだよな?」
とガルブに話を振ると、ガルブは頷いて、
「ああ……まぁ、百聞は一見に如かず、だ。ちょっと見に行ってみようか……よっこらせっと」
そう言いながら、黒王虎の背中に上る。
そこから俺たちを睥睨して、
「ほれ、何してるんだい、あんたたち。早く乗りな」
と結構な無茶を言って来た。
カピタンは言われる前からいそいそと登り始めていて、どうあっても登らないとならないらしい。
少し腰が引けるが、もうかなり慣れてきているのも事実なので、俺とロレーヌは顔を見合わせてから、仕方がないか、とアイコンタクトをして黒王虎の背に上ったのだった。
流石の巨体と言うべきか、四人の人間が背中に乗っても全く問題のない広さで、しかもふかふかして気持ちいい。
居心地のいい空間に、眠気をあまり感じない俺ですら眠りたくなるくらいだ。
しかし、今、実際にそんなことをしたら大変なことになるだろう。
なにせ、なぜこの黒王虎の背中などに乗ったのかと言えば、ここから移動をするため、ということで間違いがないからだ。
「じゃ、行くよ」
ガルブはそう言って、黒王虎に何か指示を与えた。
すると黒王虎は滑る様に動き出し、そして、ほんの数秒で恐ろしいまでの速度に至った。
洞窟の外、つまりは迷宮都市の中へと飛び降りるように駆け下りた黒王虎。
俺たちの周囲に、滅びた都市の遺跡が次々と現れては後ろに遠ざかっていく。
洞窟は壁際の結構上の方にあったため、遺跡を見下ろすような格好で見ていて、かなり距離があったが、こうして近くで見てみると、建物たちにはほとんど劣化が見られず、遺跡と言うよりかは、たった今、住人が全員消えてしまったかのような印象を受ける。
様々な建物の中に、ぼんやりと魔法灯の光が浮かんでおり、誰も人の住まない街を奇妙に有機的に照らしていた。
「どこに向かってるんだ!?」
俺がそう叫ぶように尋ねると、ガルブが、
「街じゃなくて都市を囲んでる壁の方を見な!」
と叫び返してきた。
壁……?
と思いつつも、言われた通り、そちらの方に目を向けると、ぽつぽつと壁に穴が開いているのが見える。
位置から見て、俺たちが先ほど降りてきた洞窟と同じような高さにあり、しかも大きさも同じくらいだろうと言うことが分かる。
それが無数……というほどでもないが、それなりに沢山ある。
あれが何なのだろうか……と思っていると、ロレーヌが、
「やはりか……」
と呟いた。
どういう意味かと思い、
「何か分かったのか?」
と尋ねると、ロレーヌは言った。
「ああ。さっき言っただろう。転移魔法陣の存在は帝国の方ですでに確認されていたと」
「そう言えばそうだな……それがどうかしたか」
「確認されていた転移魔法陣の位置は、ハトハラーからの転移魔法陣のあったあの洞窟ではない。別の位置にあるものだ」
「それはどういう……?」
「五十九層から降りてきてすぐの、街の入り口辺りに小さな洞窟があって、そこで確認されてるんだ。そこから先は魔物の問題があってな。進めていない」
そこまで聞けば、俺にも推測できる。
「……転移魔法陣は複数あるのか」
「ああ、それもハトハラーからのものと、その街の入り口のものの二つだけではなく、あの壁に無数に開いた洞窟のそれぞれにあるということではないか……?」
少し震えながらロレーヌが言った言葉に、ガルブが、
「そういうことさ! ま、私も全部行ったわけじゃないから、どれがどこに繋がってるのかは把握できてないがね!」
と叫ぶ。
それを聞いたロレーヌは、
「……考えるだに恐ろしい話だな。ここが帝国の支配するところとなったら、大陸は間違いなく帝国に飲み込まれるぞ……」
そう言ったので、俺も頷く。
「絶対に明かせないな……。まぁ、ハトハラーの住人がいなければ転移魔法陣は動かせないんだから、その意味だと安心かな?」
「むしろハトハラーの住人の身が危険な気もするが……」
確かにそれはそうだろう。
ハトハラーの住人をカギにすれば動かせるわけだし、そうなると、ハトハラーの住人は狙われるだろう。
とは言え、そんな事実に簡単にたどり着けるとも思えないが……。
「……そういえば」
と、ロレーヌがふと思いついたように言う。
ひそひそとした、小さな声で。
「……レント、お前、吸血鬼になったにもかかわらず稼働させられたのだから……お前の眷属を連れていればもしかしたら動くんじゃないか? 吸血鬼の眷属化は、吸血鬼の血を眷属となる者に多少とは言え、移すものであることだし……」
と。
それは……どうなんだろうな。
やってみなければわからない。
エーデルを連れてくればよかったが、あいつは今はいないからな……。
今度試してみたいところだ。
しかし、それが可能だとすると、俺一人いれば転移魔法陣の鍵の問題は解決してしまう。
……なんだろう。
俺の身の危険が凄く上がったような気がしてきた。
色々と知られたうえで、帝国に、やめて、私のために争わないで、と言っても絶対に俺の身柄を奪い取りに来るだろうと言うくらいには危険だ。