第247話 山奥の村ハトハラーと亡国
「ロレーヌ……何の話だ?」
この場でおそらく最も状況を理解していない男である俺が、ロレーヌにそう尋ねる。
ちなみにガルブとカピタンは今のロレーヌの台詞を聞いても一切動じていない。
意味が分かっている、ということなのだろう。
俺の質問にロレーヌは、
「お前にも以前、言っただろう? 善王フェルトの迷宮都市のことを。迷宮を周囲に抱えた都市ではない、本当に迷宮の内部にある都市の話だ」
言われて、そう言えばそんな話もしたな、と思い出す。
しかしそれは……。
「……お前の故郷にある、という話だったよな。ということはレルムッド帝国に……」
そこまで話して、自分が転移陣に乗ってここまでやってきたことに思いがいたり、あぁ、そう考えると別におかしくはないのか、となんとなく状況がおぼろげながらに分かって来た。
ロレーヌも俺の理解が及んだことを確認し、続けた。
「……そうだ。私はこの光景を見たことがある。地下迷宮にあるにも関わらず、きらびやかに輝く美しい古代都市を。そこを跋扈し、侵入者に容赦なく襲い掛かる魔物たち……その王、黒王虎の姿も」
「つまり……ここは」
「そうだ。ここはレルムッド帝国、そこにある迷宮の一つ《古き虫の迷宮》六十階層……通称《善王フェルトの地下都市》だ……」
◇◆◇◆◇
なんだ、それは。
そう言いたくなるほどに驚いたのは、その場では俺だけらしい。
ロレーヌも驚いてはいるようだが、しかし見たことのある光景と言うことでそれほどでもない。
俺は何から尋ねたらいいものか、少し分からなくなってきているくらいだ。
が、最初に尋ねるべきことくらいは頭に浮かぶ。
誰に尋ねるべきかもだ。
俺はガルブとカピタンの方を向いて、質問する。
「……今のは、本当の話か?」
するとカピタンが、
「細かい名称の話なんかは、俺たちは田舎者だから知らないがな。ただ、ここがレルムッド帝国が治めている土地の迷宮の中にある、というのは事実だ。つまり、善王フェルトは俺たちのご先祖様だ。面白い話だろう?」
面白い面白くないで言ったら、確かに面白い話かも知れない。
自分のご先祖様がまぎれもなく、伝説上の人物だということがわかったら、ちょっとわくわくはするからだ。
「なんでそんなことになっているのですか……?」
ロレーヌが二人に尋ねると、ガルブが、
「そりゃあ、あの転移魔法陣がここに繋がっているからさ」
とまた冗談のような口調で言う。
しかし、実際にその通りなのでなんとも言いにくい。
これにロレーヌは、
「……あの転移魔法陣は、帝国の方でも確認していました。しかし、稼働させることは出来ていません。おそらく今でもそうです。なのに、なぜあなた方は……」
という。
これについては俺も初耳なので、ロレーヌに尋ねる。
「転移魔法陣があることは分かってたのか?」
「あぁ。ただ、ここは六十階層だ。そもそも来るまでがことだし、来た後も黒王虎を初めとする強力な魔物たちが都市を跋扈している。まともに調査しようとしても学者なんてすぐにお陀仏だ。だから大して調査は進んでいないのが現状だな。私が知っているのは、ここの景色と、転移魔法陣が確認されていること、それが稼働していないこと、それくらいなんだ」
なるほど、調べようにも調べられないという状況らしい。
方法は色々考えられそうだが……ここは以前、国家機密だという話もしていたしな。
そうなると、選べる方法も限られてくる。
かなり難航している、ということだろう。
ともかく、それはそれとして、ガルブがロレーヌの質問に答える。
転移魔法陣の稼働についてだ。
「さて、転移魔法陣についてだが……あれもまた、この黒王虎と同じさ。私たちの血が《鍵》になっている。ただそれだけの話だ」
「……血が、《鍵》に……そんな技術が……いや、短杖に固有魔力を登録するようなものか? 人の血にもそう言った識別の方法が……」
ガルブの言葉にぶつぶつと言い始めたロレーヌである。
が、ここで考えるよりも、質問を重ねた方が有意義と思ったようだ。
続けてガルブに尋ねる。
「つまり、私が転移魔法陣に乗ってこれたのは、レントと一緒にいたからということですか?」
「まさにその通りさ。どんな技術なのかは知らないが、古王国にはそれを可能とする技術があったようだ。強力な魔物を御し、街の守護としてしまう技術もね」
目の前でごろごろと言っている巨大な猫を見るに、確かにそう考えなければ説明がつかないだろう。
しかし、それだけに不思議なことがある。
「……なぜ、そんな力を持つ国が、そしてその力を受け継いだ都市が……このように滅びているのでしょう? そして、なぜあんな田舎国家の辺境まで逃げなければならなかったのでしょう?」
ロレーヌも俺と同じ結論に達したらしい。
そうだ。
そこまで進んだ技術と力を持っていたと言うのなら、そんなことをせずとも良かったはずだ。
強力な魔物すらも脅威にならないと言うのなら、滅びる理由などないではないか。
善王フェルトにしても、国からどこかに逃げ、放浪の末にここについたという。
「それについては気になるだろうね。私も気になっている。たぶん、私たちより以前にここを知ったハトハラーの者たちも、ずっと気になっていただろう。けれど、その答えを、私たちは持っていないんだ……」
「調べたりはしなかったのか?」
人間と言うのは良くも悪くも好奇心のある生き物だ。
ガルブ程の年齢になってくると、流石に周囲に対する興味も緩やかになってくるだろうが、そうでない限り、ここまで大きな秘密を教えられたら、色々と知りたくなるのが普通だろう。
ガルブとカピタンが例外的にそうは思わない人間だったにしても、長い間、何人となくこの秘密を守ってきたはずだ。
そんな人間のうちの誰かが、ここの秘密を調べよう、と思わなかったと言うことは考えられない。
そう思っての質問だった。
これにカピタンは答える。
「昔は調べようとした者たちもいた、とは伝わってる。狩人頭のみに伝えられる口伝にもそういう話はあるんだ。婆さんの方もあるんだよな?」
ガルブはこれに頷いて、
「ああ。村の薬師……というのは建前で、昔は《魔術師長》と呼ばれていたようだが、その口伝にも同じ話はある。それに、村長の方にもね。あっちは昔は《国王》と呼ばれていたようだよ」
「それを言うなら、狩人頭も《騎士団長》だったらしいがな……ま、俺たちの村のルーツがここにあるのなら、分からんでもない。俺たちは滅びた国の末裔だ。虚勢を張ってそんなことを言っていたか、誇り高く生きようとしていたか……分からないが、結局、今は他のどことも変わらない、ただの田舎村さ」
カピタンがそう言って笑った。