第246話 山奥の村ハトハラーとその由来
驚いたことに、黒王虎は俺を見ても全くその態度を変えないどころか、近づいた俺の体にその頭を擦りつけてきた。
思いのほかさらさらとした体毛が触れ、気持ち良い。
さらに猫のようにごろごろとした声を出している。
魔物とはいえ、猫の仲間か、一応は……。
しかしまた、どうしてだろう。
俺は初めてであったに過ぎないのに。
血に懐いている、というからには、それはハトハラーの村人の血に、ということなのだろうが……俺は吸血鬼になっているが、その一部はまだ、しっかりこの身に流れていると言うことだろうか。
ともかく、大丈夫そうだ。
……そう言えば、ロレーヌはどうなんだろうな。
このでっかい虎、意外と怖がっているのか、それともいつも通り冷静に見つめているのか……。
気になって、後ろを見てみると、そこにはそのどちらでもない表情を浮かべたロレーヌがいた。
それは……なんといえばいいのだろう。
困惑と驚愕、の二つが混じったような顔といった感じだろうか。
……まぁ、これだけの魔物だ。
見て、そういう表情になるのはおかしくはないが……何だろうな。
少し違和感がある。
強力な魔物を見て、そういう顔になっている……という感じではないような気がすると言うか。
気になって、俺はロレーヌの方にかけよって尋ねる。
「……おい、ロレーヌ。どうかしたのか? なんか変だぞ」
するとロレーヌは、
「……黒王虎……古代の砦……設置してあった転移陣……洞窟……いやいや、まさか、な。すまない。少し取り乱した。なんだか色々見せられて驚いてしまってな」
とぶつぶつと呟いてから首を振って言った。
なんだろうな。
何か、今挙げたものに共通点でもあったのだろうか?
分からない。
ま、あとで聞いてみるか。
それより……。
「師匠、カピタン! ロレーヌも近づいて大丈夫なのか?」
と、遠くから聞いてみる。
ロレーヌはハトハラー出身ではない。
血に懐く、というのであればロレーヌには襲い掛かる可能性があるのではないかと思ったのだ。
けれど、ガルブは、
「あたしらが一緒のときは問題ない。レント、あんたと一緒でもね。だから安心して近づいておいで」
そう言って手招きした。
こう言われても、俺のように普通ならすんなりとは従えないものだが、ロレーヌはその辺り肝が据わっている。
すたすたと黒王虎に近付き、手を伸ばした。
すると、黒王虎は視線を一瞬ガルブの方に向け、そしてガルブが頷くと、頭を下げてロレーヌに向けた。
ロレーヌが撫でるとやはり、ごろごろと猫のような音を出す。
村の人間と一緒なら、他の人間にも危害を加えないと言うのは事実のようだ。
あらかじめそう指示してあるのか、そういう性質なのか……。
まぁ、それはいいか。
それより、
「村の秘密って、これを飼ってることか?」
核心はそっちだ。
しかしガルブは首を振り、
「いや、違う。秘密はあっちの方にある。こいつはただあたしらにあいさつしに来ただけさ……行くよ」
そう言って歩き出す。
向かうのはもちろん、洞窟の明るい方、出口に向かってである。
それはもう、すぐそこだ。
そして、俺たちは辿り着いた。
そこには、きっと外の景色がある。
俺はそう思ってた。
しかしそこにあったのはそんなものではなく……。
「……これは、街、か……?」
俺の言葉が、静かに響いた。
◇◆◇◆◇
とはいっても、現実に人が住んでいる街ではないようだった。
というのも、人の気配が一切感じられない。
つまりこれはおそらく、遺跡だ。
それも、かなり規模の大きな。
都市マルトがいくつも入りそうな大きさだと言えばその規模が分かるだろう。
見渡す限り、建物で満ち満ちている。
それなのに、ここはおそらく地上ではない。
とてつもなく広い空間だが、天井が存在しているからだ。
横壁は洞窟の内壁のように岩で形成されていて、天井もまたそうなのだろうが、そこには光が見える。
柔らかな光で、そこには星が瞬いているように見えた。
また、街にはいくつもの魔法灯と思しき光が見え、全体をきらびやかに照らしている。
死んでいる街とは思えない、壮麗な景色だ。
ここが人に知られていれば、恋人たちの聖地になってもおかしくないほどの幻想的な光景がそこにはあった。
これをもってハトハラーの秘密と言うのなら……なるほど、というものである。
これだけのものをただの田舎村が隠し持っていたと言うのなら、それは色々な意味で恐ろしい話だ。
「ここは、何だ?」
俺が尋ねると、ガルブは答える。
「街だよ」
「おい」
「……そんな怖い顔するんじゃない。だから冗談だって。でも、事実だ。ここは街さ。古代のね……そして遥か昔に滅びたところでもある。あんたたち、古王国を知っているだろう?」
「ああ、もちろん知っているが……」
その名称は冒険者の世界では有名だ。
つまりは、魔法の袋の製作技術を保有していたかもしれない国として。
かつて栄えた超技術文明大国として。
それ以上のことは判然としていない謎に包まれた古代の王国である。
古王国、と呼ばれているが、それはそういう名前の国があったのではなく、国の名前すらももはや残っていないからだ。
ただ、各地に残る超技術など、稀に見つかる間接的な証拠から、そのような大国があったと言われているのだ。
しかし、それが今、どういう関係があるのか。
大体推測はついているが、ガルブの口から言われるまでは何が真実なのか確定できない。
俺はガルブの言葉を待った。
そして、ガルブは間を空けていう。
「ここは、その古王国の末裔が作った街だ。そして私たち……レント、あんたも含めたハトハラーの住人は、その血を継いでいるのさ。それが、あの村の秘密だ」
ガルブのその言葉はひどくすんなりとその口から出てきた。
内容は……かなり衝撃的な話だと言っていいだろう。
ただの田舎村だと思っていたのに、随分と伝説的な由来があったものだと思ってしまう。
これが、ただそう言っているだけ、というのなら割と世界中にある話だが、ここにはっきりとした証拠がある。
これほどの街を、地下に造る技術など、そうそう持てるものではない。
現代なら多大なる資材と人材を投入すれば出来るだろうが……遥か昔の話だ。
それに、街をつくるだけではなく、長い間、魔法灯が生きているというのは、つまり他にも生きている設備があるということなのだろう。
そこまで考えると、今でも不可能かもしれない。
それにしても、こうなると、色々と質問したいことが出て来たな……。
そう思っていると、俺よりも先にロレーヌが口を開く。
そしてその言葉は、俺に更に衝撃を運んでくる。
「古王国の末裔が作った都市、だと? まさか……だって、ここは善王フェルトの迷宮都市ではないのか!?」