第234話 山奥の村ハトハラーと祠の現状について
ガルブの言葉を聞いた時、実に目敏い婆さんだな、と思った。
確かにそんなことはしていたが……。
「レント、お前、保存食に何してたんだ?」
ロレーヌが気になったのかそう聞いてきたので、俺は答える。
「え? いや、もう少ししたら腐りそうなヤバい奴とかあるだろ。そういうのに聖気による浄化をかけると長持ちするんだよ。発酵させてるやつはそれをするとダメだけどな」
たとえば痛みやすい新鮮な葉物野菜なんかに浄化をかけ続けると、常温でも一か月くらいは持ったりする。
普通だと、どんなに保存方法を工夫しても一、二週間が限界であるにもかかわらずだ。
やらない手はないだろう。
反対に、発酵させて食べるようなもの……漬物とか酒とかその辺りに浄化をかけてしまうと、発酵が進まなくなる。
自分の好きな浸かり具合を維持する、という目的だったらそれでいいんだろうが、保存という意味からするとアウトだろう。
したがってそのあたりはしっかり区別しつつかけていた。
聖気の少なかったときも、それくらいなら出来たので重宝していた。
戦闘には一切使えなかったし、不死者みたいな魔物の浄化も一切できなかったけどな。
水とか食べ物とかにばっかり使っていた。
「恐ろしいほどの聖気の無駄遣いのような気がするが……」
ロレーヌが呆れた顔で言うが、俺は、
「別に減るもんじゃないんだし、いいじゃないか」
と俺は返す。
……まぁ、一応減りはするか。
でも寝て起きたら回復するし、いいだろう。
「……聖気の使い方は与えられた本人の自由だから、確かに別に構わんだろうが……そんな使い方してる者は他にいるものかな? 大体、そんなこといつ気づいたんだ?」
「とりあえず使えるようになってから、色々試したからな。食べ物、水、植物、人間……ただ、大きく効果が見えたものはそんなになかった。聖気の限界と言うよりは、俺の当時の聖気の量じゃ大したことはできなかったんだろうな。ただ、食べ物の寿命を延ばしたりなんかの地味な効果は他にも色々あったぞ。いろいろありすぎて、挙げるのが面倒なくらいに」
物の劣化については大抵試した。
結果として、ほとんどの物の劣化を遅らせることが出来ることが分かった。
食品関係もその一環だな。
だから挙げるとキリがないのだ。
ロレーヌはそれを聞いて、
「いま改めて調べたら面白そうな結果が出そうな気がするぞ……」
と、実験したくてうずうずしているようだった。
気持ちは分かる。
なにせ、灰に浄化をかけたら草が生えてくるくらいだからな。
……今、食べ物に浄化をかけたら植物が生えてくるんだろうか?
それは余計なので起こらないでほしいんだけどなぁ……。
あとでやってみよう。
そんなことを話している俺たちに、ガルブが呆れた顔で
「……いやはや、レントがついに村に娘っこを連れてきたと思ったら……似た者同士ってことかね? 考え方とかやりそうなことが似てる気がするよ」
と言った。
俺が、
「そうかな? 確かに気は合うと思うぞ」
返答すると、ロレーヌもそれに続いて、
「レントは私が何をしても驚かずに、むしろ協力してくれるので一緒にいて居心地がいいです。似てると言えば似てるのかもしれません。調べ始めると割と凝り性だったりするところなど」
俺の場合は凝り性程度で済んでいるが、ロレーヌの場合は妄執にも似た研究意欲があるのでちょっと違うんじゃないかな、と思わないでもない。
協力と言うのは今まさに、魔物の《存在進化》について協力中である。
驚かないでただ事実を見てくれるロレーヌは、確かに俺にとっても居心地がいい、で間違いないな。
「……ふむ。そうかい。確かにレントは昔から妙なことばかり気にしたり調べたりする子だったからねぇ……。祠にしてもそうだ。あんた、いつの間に修理なんてしてたんだい?」
ガルブがそう尋ねてきたので、俺は答える。
「師匠が薬草探して来いっていうから、村や森を歩きまわってたら目についてさ。なんとなく覚えてたんだ。それで、村をもう少しで出て、マルトに向かうってなったときに、何か村に恩返しでもしようかなって思い立って……」
「それで祠の修復かい? インゴの家の方にある奴でもよかったろ」
村長宅の近くにも、確かに祠はある。
ただ、俺が直したものとは違って、結構大きく、しかも手入れもしっかりとされている。
手入れをしているのは村の職人たちで、当然俺よりも遥かに腕がいい人たちだ。
俺が手を出す必要などあるわけがない。
「あんなの俺がどうにかできるはずがないだろ。俺が直した方は小さかったからなんとかできそうだなって思っただけだ。それに、まぁ、仮に失敗しても誰も怒らないだろうってのもあった」
正直、そっちの方が大きかったかもしれない。
もしかしたら呪われる可能性もないではなかったが、長い間ほったらかしにされても村を呪わない存在が祀られているのだ。
ならばいいだろう、という判断だった。
結果としてちゃんと直せて、しかも聖気までくれたのだから万々歳である。
「あんたは……小心者なのか大物なのかよくわからないね……。ま、事情は分かった。で、今もあそこに祠があるかだけど……」
「ああ。どうなってる?」
壊されてないか、少しだけ不安だった。
別に村人に、ということではない。
祠のある場所が、森に飲み込まれかけている村の端にある廃屋の裏なので、動物や魔物が手を出さないかと心配だったのだ。
そうなってたら、来たついでに、聖気をくれたお礼としてまた直そうかな、とも思っていたからそれはそれでいいのだが、もちろん壊れてない方が良いに決まっている。
俺の質問に、ガルブは答えた。
「あのあたりには誰も足を向けないからねぇ。正直分からないよ。明日、明るい時にでも行ってみたらどうだい?」
と中身のない答えである。
てっきり状況を把握しているものだと思っていたからがっくりと来た。
けれど、何にせよ自分の目で見に行くことは決まっているので、別にいいと言えば別にいい。
俺は頷いて、
「わかった。そうするよ」
と答える。
ガルブからは何か聞けるんじゃないかと思っていたが、この調子だと期待外れだったかな……。
そう思いかけたそのとき、
「ああ、明日、祠の様子を見に行ったあとでいいから、私の家に二人で来るといい。何か話も出来るかもしれないからね」
そう言って、ガルブは今度こそ本当に背を向けて、その場を去っていった。
残されたロレーヌと俺は、
「……何か話してくれると言うことかな?」
「いやぁ、どうだろうな……昔からつかみどころのない婆さんだったから……」
そんな話をしつつ、そう言えば呼ばれていたんだったと思い出し、篝火のところまで向かうことにしたのだった。