第231話 山奥の村ハトハラーと思い出話の終わり
「……冒険者に? また、なんでだ」
ヴィルフリートは、突然、冒険者になるにはどうしたらいいか、と尋ねた俺に当たり前の返答をした。
俺はそれに答える。
「……ジンリンが……友達が、いつかなりたいって言ってたんだ……だから」
それでヴィルフリートは大体察したらしい。
ただ一応、
「……それは、今回亡くなった……?」
「うん」
「そうか……」
俺が頷くと、ヴィルフリートは目をつぶり、少し考える。
その時間はなんだか俺にとって長く感じられた。
ダメだ、と言われるかもしれないと思ったからだ。
少なくとも村では冒険者になりたい、と言ってもあまり歓迎されない。
子供たちの中には、そういうことを言っている者も少なからずいたけれど、大人たちはならない方がいい、と考えているようなのは雰囲気から伝わって来た。
というのは、もちろん、冒険者は荒くれ者の集団、ある意味掃きだめのようなところだと認識されていると言うのもあったが、それ以上に、ハトハラーの住人たちは冒険者が危険な商売で、命を落とす可能性が高いことを分かっての心配の方が大きかったらしい。
俺も、初めて村の大人に口にした時はやめておけと言われたからな。
まぁそれはいいか。
ヴィルフリートはそして、目を開くと、俺に言った。
「……なりたいと言うなら止める気はないが、そのためにはまず、しっかりと修行をしろ。冒険者組合に登録するためには年齢が十五にならないと無理だ。お前はそこまでに、あと十年ある。それまでに、十分に魔物と渡り合える武術を身に着けるんだ」
今思えば、思った以上に実践的な回答が返って来たものだよ。
ふつう、五才の子供が唐突に冒険者になりたい、なんて言ってもそんな風には返答しないだろう。
せいぜいが、そうだな、頑張ればいつかなれるかもな、一生懸命がんばれよ、くらいのものだ。
だけど、ヴィルフリートは違った。
「それと、知識だな。少なくとも文字の読み書きは身に着けとけ。でないと騙される。同じ理由で計算もだ。あとは、薬草を初めとした植物の知識、魔物の種類や性質、それに村の外で生き残る生存技術……。どれも重要だ。ハトハラーは小さな村だが、薬師の婆さんや村長夫妻なんかは書物も持っているし知識も中々のものだった。どうしても冒険者になりたいなら、彼らを説き伏せて色々と教えてもらうことだな」
そんなことまで教えてくれたのだから。
実際、その助言はすごく役に立ったな。
「それを全部身に付ければ、冒険者になれる?」
俺がそう尋ねると、ヴィルフリートは、
「絶対とは言わねぇ。それに全部身に着けても、スタートラインに立っただけだ。そこから先は、お前の努力次第だ。どこまで登れるかはな。ただ、やりたいならやってみろ……そうすりゃ、とりあえず立って歩けるだろ。いいか、叶えるまで死ぬなよ」
と真面目な顔で言った。
彼には分かっていたんだろうな。
俺が、何も目標無くこれから生活してたら、いつの日にかふらふら森の中に消えていって死ぬだろうってことが。
だから、無茶な目標でも、それに向かって邁進していたらとりあえずは死なない、そういうものがあればいいと、真面目に色々話してくれたんだろうと思う。
俺にはそんなことは分からなかったけど、ただ、真剣に話してくれていることは分かったから、それに頷いて、
「わかった。頑張る」
そう言った。
◇◆◇◆◇
葬式も終わり、俺の養子になる手続も終わって、村が色々と落ち着いたあと、ヴィルフリートとアゼルは旅立っていった。
ヴィルフリートは、
「……レント、冒険者になって、実力がついたら、会いに来い。流石に十年後に俺がどこにいるかは正直自分でも分からないから、ここに来いとは言えねぇが、生きてる限りは冒険者をやってるだろうからな。そのときは酒でもおごってやるぜ」
と言って頭を撫でてくれ、アゼルは、
「そのときは私も自分の店くらい構えていたいね。もし私の商会の名を耳にしたら訪ねてくれ。たぶん、《ゴート商会》という名前でやっているだろう。商会を作れてたらね」
と本気なのか冗談なのかよくわからない口調で言って笑っていた。
行商人の大抵の目標は自分の店を持つことにあるから、その台詞も別におかしくはなかったんだが、ヴィルフリートはそれを聞きながら呆れたような顔で、
「……道楽でやってるうちは無理だと思うけどな。レント、たぶん、十年後じゃ無理だぜ。絶対俺を探した方が早い」
と言っていた。
そんな感じで二人は村を去っていって……。
それから、俺の、新しい生活が始まったよ。
それまでの俺は、暇なときはずっと家にこもって、そこで遊んでた。
たまにジンリンが呼びに来て、木登りやらチャンバラごっこやらに巻き込まれることがあったけど、そのくらいで、ほとんど室内で過ごしてた。
けれど、その日からは明確な目標が出来たからな。
冒険者になるっていう。
ジンリンの代わりに。
もちろん、ただそれだけじゃない。
たぶんだけど、俺は……あの魔物を倒したかったんだ。
逃げた、あの魔物を。
ジンリンや、俺の両親を手にかけたあの邪な狼を。
復讐か、と言われるとそれもまた違うんだが……。
なんていうかな、あの狼は、俺にとって、悲劇の象徴になったんだ。
それを打ち砕けるような存在になりたい。
そう思った。
そして、あの狼と渡り合っていた、ヴィルフリート。
彼は、神銀級の冒険者だって言ってた。
だから、それを目指そうと。
そこから、俺は神銀級の冒険者を目指し始めたんだ。
他の何をおいても、絶対になると決めて、修行を始めた。
と言っても、最初はまず、技術を教えてくれる人たちに頼み込むことだったな。
両親……義両親の方に、文字の読み書きや計算の知識を教えてもらえるように頼み、狩人のおっさんたちには剣鉈や弓矢の扱いを教えてもらえるように頼んだ。
職人のおっさんたちにも色々教えてもらえるようにお願いして。
薬師の婆さんにも薬草をはじめとする植物の見分け方、薬の作り方、魔物の種類なんかの知識を教えてもらえるように頼み込んだ。
最初はみんな何を言ってるんだって顔つきだったけど、何回、何十回も頼みに来る俺に折れてさ。
最後にはみんな、嬉々として教えてくれるようになったよ。
必死だったから、さぼることもなかったし、教われば精根尽き果てるまで学んだから、教える方としても楽しかったのかもしれない。
◇◆◇◆◇
「そんなことをしながら、頑張っていくうちに十年が過ぎて、今のレント・ファイナが出来上がりましたとさ、とそういうわけだ」
俺はそう言って、思い出話を終えた。