第188話 下級吸血鬼とこれからのこと
「……結局、お前は何なんだ?」
水を飲みほしたウルフは、しばらく黙り込んで考えた後、ぽつりとそう尋ねてきた。
今までの話を色々と考え、まとめ、そして絞り出した質問がそれだったのだろう。
確かに、それは今一番重要な問題である。
しかしだ。
その答えは俺も知らないのだ。
だから俺は言う。
「さぁ?」
「おい!」
ふざけてるのか、と言いたげな目つきだが、別にふざけていない。
本当に分からないのだから仕方がない。
言い方はちょっとふざけていたかもしれないけど、いいじゃないか。
ともかく、分からないものは分からない。
「……俺だって自分が何なのか、分かりたいけどさ……さっきも言ったけど、ニヴ・マリスは俺を吸血鬼ではない、と言ったんだ。それじゃあ、一体何なんだろう、となるのは当然だろ? そもそも、俺は彼女にそう言われるまで、吸血鬼のつもりだったんだからな」
紛れもない本心である。
人と見わけのつかない形をしていて、栄養源として主に血を吸い、妙な再生能力があって、夜が得意で、かつ不死者から進化出来る存在、と言ったらもうそれは吸血鬼以外の何物でもないだろう、と思っても当然だろう。
けれど、その推測はニヴによって粉々に打ち砕かれた。
もしくは、ニヴにすら見抜くことが出来ない新種の吸血鬼ということもないではないが……仮にそうだとしたら、同定のしようがないからな。
よくわからない吸血鬼っぽいもの、としか言いようがないだろう。
そんな気持ちで言った俺に、ウルフは、
「……ニヴ・マリスか。そうだったな……あいつは吸血鬼狩りだ。吸血鬼を目の前にして、間違えることなどなさそうだが……お前、あいつとどんな風に会ったんだ?」
「素材を売りにステノ商会に行ったら、ロベリア教の聖女と一緒にいたんだ。それで、なぜか吸血鬼だって疑われて……」
「それでよく、生きて帰ってこれたな。あいつは一度獲物に定めた吸血鬼は地の底まで追いかけるって評判だぞ。この街に来ていることは聞いていたが、それもどっかの吸血鬼を追っかけてのものだと思っていたが……それは、お前のことだったのか?」
ニヴの悪名と言うか、評判は冒険者組合長の間でも轟いているらしい。
しかし、俺はこれには首を振る。
「いや……吸血鬼を追いかけてきていたのはそうだったみたいだが、別に俺を、というわけじゃなかった。ただ、俺のこの街での行動が随分と吸血鬼っぽかったらしくて、突っ掛って来たみたいで……」
「……となると、この街には吸血鬼がお前以外にいる、ってわけか。冒険者組合長としては頭が痛くなるな……いや、ニヴ・マリスがいるから早々に狩り出されるか? いや、でもなぁ……」
俺からもたらされた情報に、ウルフは悩みだす。
吸血鬼は魔物としての強さも恐るべきものだが、そのもっとも危険なところは人間の群れの中に混じってしまえるところだ。
そうなると、特殊な技能を持つ者たち以外には見抜くことは出来ない。
だからこそ、吸血鬼がいる、となると、冒険者組合は冒険者組合を上げてその発見に尽力したり、他の地域から有能な吸血鬼狩りを呼び寄せたりするものだ。
今回は、俺から見ればあまり印象のよくない存在であるとはいえ、吸血鬼狩りとしては有名なニヴがすでにここにいる。
これは冒険者組合にとっては朗報と言えるだろう。
ただ、彼女はあまり周りの被害を考えないと言うか、吸血鬼狩りのためなら平気で色々なものを巻き込むところがあるからな。
その辺りを考えて悩ましいのかもしれない。
しかしウルフはその悩みをとりあえず置いておき、俺に尋ねる。
「それで? そんなニヴ・マリスの追及をどうやって免れたんだ? そう簡単に出来ることじゃねぇはずだが……」
「俺としてはそんなに大したことはしてない。というのも、ニヴが聖気を使った《聖炎》という技術で、俺を判別する、と言って襲い掛かって来たのを避けきれなかっただけだからな。まずいと思ったが……結果、俺は無実だと、吸血鬼ではないと、そう言われた……吸血鬼なんだけどなぁと思って困惑したけど、まぁ、そういうことならそれでいいかと思ってさ」
「つまり、お前が先ほど言った通り、図らずもお前は吸血鬼ではないとそこで証明されたわけだ」
「そういうことになる。けど、あんたはどう思う? ウルフ冒険者組合長。血を吸う俺は、どう考えても吸血鬼だと思わないか?」
むしろ、それ以外の答えがあるくらいなら教えてほしいくらいである。
しかし、ウルフもそんな疑問の答えなど持っているはずがない。
彼は首を振って、
「……俺に分かるわけがねぇだろ。が、放置しておくにしても問題がありすぎるな……《水月の迷宮》には《龍》が、マルトには《吸血鬼》と《ニヴ・マリス》がいて、しかもそのどれもにお前が関わっている……お前、運が悪すぎないか?」
改めてそう言われると、頷かざるを得ない。
少なくとも、ついこの間まで、うだつの上がらない銅級冒険者だった人間にはあまりにも荷が重すぎる試練だらけだ。
しかし、成り行きというものは俺の意志でどうにかできるものでもない。
仕方ない、と言う他ない。
ただ、何も考えていないわけでもなく……。
俺はウルフに言う。
「俺も、ちょっと運が悪すぎるとは思ってるよ。だからこのままマルトにいたらもっと色々起きるんじゃないかと思ってな。具体的にはニヴ関係で。だからとりあえずしばらくこの街を離れようかと思ってる」
俺を中心に色々起こっているとも言えるが、見方を変えればマルトを中心に起こっているとも言える。
俺はたまたま巻き込まれただけだ……たぶん。
だとすれば、場所を変えればまた違ってくるだろうという安易な発想に基づくものだが、ニヴもここを離れるつもりはしばらくなさそうだったし、悪くない選択だと思っている。
「離れるって、お前。どこに行くつもりだ?」
とウルフが尋ねるので、俺は答える。
「ハトハラーの村だよ」
端的な答えだが、この辺りの地図は当然、ウルフの頭にしっかりと入っている。
彼はすぐにその場所が思い浮かんだようだ。
それも、俺の情報もしっかりと一緒に。
「あぁ……確か、お前の故郷だったか。しかし、あんなど田舎で育って、よく、冒険者になろうなんて思ったもんだな……」
ウルフがそう言う気持ちは分かる。
あそこは本当に田舎で、外部の情報なんてほとんど入ってこないからな。
魔物が襲って来ても村人が武装して倒しているくらいだ。
強力な魔物は流石に無理なので、香などを使って寄り付かないようにしている。
ある意味、かなり独立した村だ。
マルト周辺の多くの村は、魔物が出現すれば大体冒険者組合に依頼を出すからな……。
今にして思うと、少し変わった村だったかもしれない。