第176話 下級吸血鬼と線
「……魔石と杖の結合はさっき見ていた通りだ。だから説明しなくても出来るだろう……」
とロレーヌが言ったところで、
「おいおい、ちょっと待て。杖頭を魔力で動かして魔石を固定する、というのは分かるが、あのバチバチした雷みたいな光の方はどうなってるんだよ」
と俺が突っ込む。
ロレーヌはそれに笑って、
「まぁ、そうなるだろうな。冗談だ」
と言う。
それから、
「あの光が大事なんだ……さっきは、まとめてやってしまったが、魔石と杖の結合にはいくつか工程があってな。それをこれからやってもらう。まず、一つ目は、杖に線を通す作業だ」
「線って何ですか?」
アリゼが尋ねると、ロレーヌは言う。
「読んで字のごとく、だな。要は、杖が完成したときの魔力の通り道のことだ。まぁ、何もしなくても魔力は通るんだが、それだと非効率だからこの工程がある。杖の中にもともとある、魔力の通り道を束ね、太く、まっすぐにするのだ」
言っていることは分からないでもないが、どうやるのかは謎だ。
アリゼもそうなのだろう。
微妙な表情で、
「……どうやるんですか?」
と尋ねていた。
これにロレーヌは、
「大分抽象的な感じがするだろうが、実際やってみるとそれほど難しくはないぞ。さっき杖を形成したのとあまり変わらない。杖の下の方から、ゆっくりと、魔力を流して、どう魔力が流れているか集中して感じ取ってみろ」
言われて、俺とアリゼは先ほど自分で形成した杖に魔力を流した。
すると、魔力は杖の下から杖頭の方へ、分散しながら流れているのが感じられた。
まるでいくつも分岐のある通路に水を流したかのごとく、他の方向に魔力が流れていくのだ。
非効率、とはそういうことか、と納得する。
アリゼにもそれは分かったようで、
「これが、線、ですか……?」
とロレーヌに尋ねた。
彼女は頷き、答える。
「そうだ。ただ、分かっただろうが、素材の形をただ杖の形に形成しただけだと、線は様々な方向に伸び、曲がっている。そのまま杖を作れば、それは何の意味もない棒になってしまう訳だ。そうさせないために、その乱れた線をまっすぐにする作業が必要だ。やり方は……杖を形成したときと同様で、魔力を流しながら、線を動かし、束ね、まっすぐにする。杖先から、杖頭までな。出来るか?」
出来るかどうかは分からないが、やり方は分かった。
そう言う意味で、俺とアリゼはロレーヌに頷き、それから作業に取り掛かった。
やってみると、確かにロレーヌの言った通り、さっきやったこととほぼ同じだ。
杖の内部にある見えない線を動かす、ということから多少難易度は上がった気がするが、その程度で基本的にやり方は変わらない。
ただ、もともと杖に通っている線がかなりバラバラと言うか、あらゆる方向にあるので、面倒と言うか集中力がいるというか、こう、なんだろう、鍋ものを作ったときの、灰汁を延々と掬っているような気分に近いな……。
それでも俺は単純作業は割と好きだ。
しっかりと人間だったころ、毎日のように《水月の迷宮》で同じ魔物を狩り続けてへこたれなかったくらいだからな。
これくらいは余裕である。
しかしアリゼは……。
かなりイライラした顔をしていた。
それを見てロレーヌが、
「……面倒になって来たか?」
と尋ねると、はっとして、
「い、いえ……あの」
とバツの悪そうな顔をする。
ロレーヌはそんなアリゼに笑って、
「いや、気持ちは分かるぞ。私も初めて杖を作った時は、似たような顔をしていたからな。師匠の顔面目がけて杖をぶん投げたものだ……」
と衝撃の思い出話を披露する。
「が、顔面目がけて……」
アリゼはとても自分にはそんなことは出来ない、という表情でつぶやく。
ロレーヌは続ける。
「ま、それくらい面倒くさい作業と言うことだな。ただ、これは杖の良し悪しに大きくかかわる作業だから、頑張れ」
「はいっ」
元気よく返事をしたアリゼは、そうして作業に戻った。
今度はイライラせずに、一生懸命取り掛かっている。
……しかし、俺としてはその励ましよりも気になることがある。
「……その師匠はどうなったんだ?」
ぼそり、とロレーヌに尋ねると、ロレーヌは俺の耳元に口を寄せて、
「烈火のごとく怒った。あれは恐ろしかった……もう思い出したくない」
とぶるりと震えた。
ロレーヌにそこまで言わしめる師匠と言うのがどういう人物なのか気になるが、俺と同じでロレーヌもあまりここに来る前の話はしないからな。
これ以上突っ込むのはやめておいた。
それから、俺とアリゼは線作りを完成させる。
出来の方は……。
「……よし、いいだろう」
と、ロレーヌが俺とアリゼの杖に魔力を流して確認し、そう頷いた。
ロレーヌは続ける。
「二人とも初めてにしては良くできている。アリゼはしっかり線をまっすぐに出来ているし、レントは……やっぱり細かい作業は気持ち悪いくらいに得意だな。細かい取り残しがない……」
それで気になったのか、アリゼがロレーヌに、
「ちょっとレントの杖を見せてください!」
と言って俺が作った杖を貸してもらい、それから魔力を通した。
そして、
「……うわっ。なにこれ、私のと全然違う……」
と唖然とした表情を浮かべる。
ロレーヌはそれに笑って、
「まぁ、そうかもしれんが、落ち込むなよ。さっきの人形作りでも分かったと思うが、こいつは普通より遥かに器用だ。あんなの私にも出来ないからな。この杖の線作りも、ここまで細かくやるのは骨だしな」
と言う。
アリゼは、
「師匠でも難しいのですか……」
と驚いていたが、ロレーヌは、
「難しいと言うか、面倒なのだ。やってみてわかったと思うが、これは根気よくやればいずれほぼ完璧に出来る作業だからな。ただ、この短時間ではここまで出来ないという話だ」
それからロレーヌは、
「ま、これはこれでいいだろう。次に移る。最後の工程だな。魔石と杖の結合だ。これは少し難しい。なにせ、片手ずつ別の魔力の扱いをしないとならないからな。どちらの手でもいいが、片方は魔石を、片方は杖に魔力を注ぐ。杖の方は線に十分な魔力を注げばさっき見たような光が出る。魔石の方も同じだが、こっちは線をいじっていないから全体から光が出てくるが、杖頭に近づけるとそちらの方向に引き寄せられて行くのであまり気にするな。それと、私は先ほど杖も魔石も浮かべながらやったが、あれは割と高度な技術なので、お前たちは手でもってやれ」
そう言われて、俺とアリゼは杖と魔石を手に持ち、魔力を注ぎ始めた。