第159話 下級吸血鬼と諸々の問題
「行ってみないかって……また、なんでだ?」
俺がそう尋ねると、ロレーヌは、
「お前のことを理解するためには、調べられることは調べておいた方がいいと思うからだ。特に、お前の聖気については、今のお前の状態を理解するのに重要な要素のようだからな。せめて、どんな神か精霊の加護によるものか、調べられるのならそうした方が良いだろう」
そう言った。
確かにロレーヌのいうことはもっともだと思う。
しかし、あの村の人間が祠のことを知っている可能性はかなり低い……。
知っていたら修理ぐらいしたんじゃないか?
と思うからだ。
「無駄足になりそうな気もしないでもないが」
「それならそれで仕方あるまい。ただ、お前も言っただろう。村の古老なら知っているかもしれない、と」
言うには言ったが、本当にもしかしたらレベルの話だ。
何か確信があって言ったわけじゃない。
それでも、そうかと聞かれれば頷かざるを得ず、俺は言う。
「まぁな」
ロレーヌはそんな俺の言葉に後押しされたように言う。
「可能性はあるんだ。行ってみる価値はある。そうだろう?」
「しかしな、それほど近いという訳でもないんだぞ。行きと帰りで二週間はかかる……」
俺の故郷は、田舎だ。
この辺境国家の辺境都市マルトをして、さらに辺境と言いたくなるような場所に、俺の故郷であるハトハラーの村はある。
遠すぎて、ここに来て数えるほどしか戻ったことがないくらいだ。
流石に二週間も冒険者稼業を放って里帰りできるほど、俺の以前の収入は良くなかった。
それでも少しずつ貯金して、年に一度、帰るかどうかくらいの頻度では戻れていたが……。
「そうはいっても、ラムズ大森林とか、ホヘル空中遺跡とかのような人外魔境というわけでもあるまい?」
ロレーヌがそう尋ねるので、俺は流石に呆れたと言うか、心外な気持ちになって言い返す。
「お前な、流石にいくらなんでも比べるところが酷いぞ。田舎とはいっても、行商人くらいは定期的に寄るし、道だってあるわ」
ロレーヌが挙げた二つの場所は、人が寄り付かないどころか、寄り付けないレベルの秘境である。
立ち入るのに何かしらの資格を要求されるほどだ。
俺の故郷の村ハトハラーはそこまででない。
そう思っての少しムキになった反論だったが、ロレーヌは、
「だろう? じゃあいいじゃないか。ここ数年里帰りもままならなかっただろう? ちょうどいいだろう。それに、収入の問題だって昔のように戻ったら貯金を切り崩しながら草を食べるような日々を送らなければならなくなるわけでもあるまい」
と言う。
そう言われるとそうだが……。
なんだかうまく乗せられているような気がしてきた。
いや、“気”じゃないな。
うまくことを運んでいるのだろう。
頭の回転が違うから、会話の主導権はそもそも俺には握りようがないのを改めて感じる。
「まぁ、そうだが……」
「それに加えてニヴ・マリスなんてものが今のマルトにはいる。少し離れて距離を取っておくのも悪くないのではないか」
言われてみると、それはそうかもしれない。
ニヴはおそらくは俺ではない吸血鬼を追いかけてここに来て、これから探すために動くのだろう。
その中で、俺の正体がばれる可能性もないではない。
《聖炎》を浴び、吸血鬼ではない、という認定を一応もらったのだからたぶん大丈夫だと思うが、だからと言って完全に気を緩めていい相手かというと全くそうではないだろう。
この街にいれば、きっと関わらざるを得ないだろうし……。
それを考えると、もう一旦この街を出て、ほとぼりがさめてから戻ってくる、というのも手ではある。
ニヴに色々と聞かれた直後に街脱出では余計に怪しいかもしれないが……その辺りはいつ戻るかを誰かに言っておけばいいだろう。
わざわざ吸血鬼が闊歩している疑いのあるマルトを放っておいて、すでに疑いの晴れた俺を追いかける意味もないだろうし。
ただ、そうはいっても問題はある。
「悪くないかもしれないが、俺には依頼があるからな。そっちの方で許可を得ないと無理だぞ」
ラウラに頼まれている《竜血花》採取である。
これはロレーヌも分かっていたようで、
「そうだろうな。そこは依頼主と相談してみてくれ。無理ならそのときは私が一人で調べに行って来よう。私も私で、というかお前もだが、アリゼの訓練があるからな。少し休みになることを伝えなければならん」
それもあったな。
まぁ、アリゼの訓練はもともと不定期だ。
アリゼ自身が孤児院でやることが色々あり、その合間に行っている関係でそうなっている。
それに、今すぐ冒険者に、というわけではなく、長い目で見て、冒険者として登録できる年齢になったころに、ある程度の知識と実力を身に付けていることを目指してのんびりやっているので、たまの休みくらいはかまわないだろう。
「他にもこまごまとしたことはあるが、その辺りはどうとでもなるだろう。あとは、そうだな……あぁ、お前、どういう立場で行く?」
これは、俺がレント・ヴィヴィエとして行くのか、レント・ファイナとして行くのか、という質問だろう。
これは悩ましい問題だった。
しかし、古老たちに深く話を聞かなければならないことを考えると、俺があの祠を直したことも話さないとならないからな。
どうしたって、俺は俺自身として行くべきだと言うことになる。
その場合、偽っている俺の身分が、ばれる糸口を作ってしまうのではないかということになるが……。
まぁ、究極的にはもう、ばれても構わないと言えば構わない。
なにせ、見た目の上ではほぼ、元通りなのだ。
顔に仮面をつけてはいるが、顔の上半分、下半分、どちらかだけ見せようと思えば見せることは出来る。
冒険者登録を二重にしていることも、冒険者組合に突っ込まれると規則違反になるが、冒険者組合の罰則はそれほど厳しくない。
最も厳しい罰則は除名処分の上、冒険者組合からの永久追放だが、これがなされるのは冒険者組合によほど大きな損害を与えるか、もしくは重大な犯罪――大量殺人とか、国家転覆とかをした場合のみだ。
ただの二重登録程度では、金貨数枚の罰金だけで終わる。
二重登録者はなんだかんだ言って結構いるものだからだ。
冒険者組合はその構成員の大半が荒くれ者である関係で、その過去は色々と大っぴらに出来ない者も少なくない。
以前登録していた名前で活動したくない、という者もかなりおり、それが故に結果的に二重登録している者はいるのだ。
そしてそれについて、冒険者組合は分かっていて黙認している。
俺だけ処分される、ということにはならないだろう。
もしものときはもしものときで、交渉の余地もあるしな……。
冒険者組合は良くも悪くも清廉な団体ではないからだ。
だから、問題ないだろう。
こういうことを考えると、ロレーヌの質問に対する答えは、こうなるだろう。
「レント・ファイナとして行くよ。装備なんかを変えて、仮面の模様も変えておけば、まぁ、なんとかなるだろう」