第119話 下級吸血鬼と節約
手持無沙汰な時間が出来てしまった。
今日は冒険者組合から呼ばれたため、結構な金額の収入があると思って、そのままの勢いで鍛冶屋や服屋や雑貨屋に行こうと思っていたから、結構時間を空けていたのだ。
失敗したな、と思う。
ちなみに、鍛冶屋と雑貨屋は、アリゼのための武具と冒険者として最低限必要な道具類を購入するためで、服屋は自分のために行こうと思っていた。
服はそれなりに持ってはいるのだが、当然すべて、人間レント・ファイナだったころのもので、その背中は当たり前だが完全密閉されている。
その状態で羽が飛び出すと、正直辛いのだ。
だから、特注の服を何着か購入するつもりでいたのだ。
もちろん、特別に誂えるために、通常のものよりも高価だろうが、タラスクの報酬さえ手に入れば余裕と思っていた。
気のせいだった。
くそう。
それに加えて、俺の服はもう大体、着潰してしまっているというか、収入が少なかったために切り詰める必要があり、長年あまり買い替えずに使ってきたうえ、屍食鬼や屍鬼のときも着ていたため、色々な汚れがついている。
血とか肉片とかそういう類の汚れだ。
毎日しっかり洗って綺麗にしてはいたが、体だけは完全に人間のものと変わらないものを手に入れた今、あのころ着ていたものをずっと着ていたいとは思えない。
ちょうどいいきっかけだし、買い替えたかったのだ。
しかし、残念ながらそれは出来ない……。
主に金銭的な問題で。
先ほど解体所である程度の金はもらったが、それを服につぎ込んでしまうと、今度はアリゼのための武具や道具が買えなくなってしまうだろう。
ロレーヌにも授業料を払わないといけないし……。
なんだかすごく首が回らなくなってきている気がする。
多重債務者だ。
死んでも借金に追われるような生活を送らなければならない俺は、一体前世、どれだけの業を背負ったのだろうか。
もっとちゃんと生きろよ、前世の俺、と思わずにはいられなかった。
まぁ、しかし仕方がないものは仕方がない。
あぁ、お金がない、お金がないだけ言っているのではなく、しっかりとこれからのためにお金を稼いだり切り詰めたりする計画を立てよう。
明日明後日になればタラスクを売り払えてどーんとお金が入ってくるわけだし、そうなればうはうはである。
それまで、爪の火を灯すように生きれば……。
いや、ダメだ。
そんな考えだからこんなことになっているのだ。
と、俺は首を振る。
明日入る大金に頼るような生活をしていたら、いつまでもお金がたまらないだろう。
レント、お前はもともとしっかりと貯金して魔法の袋を買えるくらいの甲斐性がある男だ。
貯めようと思えば貯めれる人間なのだ。
そのための方法を、お前は今、何か思いつかないのか?
そう、自問する……すると、俺は、はっとした。
節約……節約か。
最も冒険者らしい節約術とは何だ。
それは、武具を作るとき、その素材を自らの手でもってくることである。
と、そう思って。
もちろん、今の俺自身が使う武具は、この体の特殊性の関係で、材料を一部とはいえ、自らとってくることは難しい。
魔力、気、聖気、に耐えられる剣を作るための素材など、かなり希少なものを使わなければ厳しいだろう。
それに加えて、そんな特殊な武具の製法は教えてはくれることなどないから、何を持っていけばいいのかもわからないのだ。
だから、俺の武具について、そういうことをするのは難しかった。
けれど、アリゼの武具は……。
いずれ強力なものや、自分に合った品がほしくなることもあるだろうとはいえ、少なくとも最初に持つ武具については特殊なものは必要ない。
これは、アリゼがまだ大した腕を持っていないから、というのもあるが、一番初めに持つ武具は、癖のないスタンダードなものがいい、といわれているからだ。
なぜかというと、最初から特殊な作りの品を持ってしまうと、戦い方が偏って、応用力の弱い冒険者になってしまう可能性が高いからだ。
冒険者として、それは致命的、とまでは言わないまでも、いざというときにその差が出る可能性はある。
そういう隙は、アリゼのために塞いでおいてやりたかった。
だからこそ、アリゼの武具の素材を俺の手で採取しに行こうと思う。
幸い、時間はある。
今日の午後いっぱい、すべて使って《新月の迷宮》を探索しよう。
まぁ、帰宅するのが朝方になるかもしれないが、それはロレーヌに伝えてから行けばいいだろう。
なにせ、今の俺に睡眠は必要ない。
徹夜だろうがなんだろうが、体力が尽きるまで動き続けられるのだ。
そしてその体力は、ほとんど無尽蔵に近いことを俺は今までの生活で知っている。
不死者の特性なんだろうな。
まぁ、精神的な疲労はたまるので、疲れた、というのはそういう意味合いになる。
とりあえずは、家に戻ってロレーヌと相談しよう。
◇◆◇◆◇
「アリゼのための武具か。まぁ、用意してやらなければならないが、わざわざ素材集めまですることはないんじゃないか?」
帰宅すると同時に思い付きを話すと、ロレーヌはとりあえずそう言った。
とはいっても、反対、というわけではなく、思ったことを言っただけのようだ。
まぁ、その反応は理解できる。
初心者の装備など、基本的に鍛冶屋なりなんなりに任せていればそれでいいものだからだ。
しかしだ。
「……今の俺には金がないんだ。少しでも節約するために、素材を集めて来ようと思って……」
そう言うと、ロレーヌは、
「そういう理由か。それなら分かるな。やはり、タラスクの素材の売却はまだだったんだろう?」
そう、俺に尋ねる。
朝の時点で、ロレーヌはきっとそうだろうと予測している節があった。
実際、彼女の想像の通りで、若干悔しいような気もするが、それでも俺は正直に言う。
「あぁ。というか、なんだかややこしい感じになっているみたいでな……」
「ん? どういうことだ」
詳しい事情までは流石に予想していなかったようで、ロレーヌが首を傾げてそう尋ねてきたので、解体所であったことをすべて話すと、ロレーヌは難しい顔で、
「また、おかしなことに首を突っ込んでるな、お前は……」
と呆れたように言う。
「そう言われても仕方ないだろう? そもそも、オークショナーの方の言い出したことだし、ほっといても売れるわけじゃないし……店も大きいから出来るだけ意向に沿った方が今後いろいろうまくやっていきやすいだろう?」
「まぁ、確かにそういうメリットもあるだろうし、決して小さくはないが……お前の正体がばれる可能性を考えるとな。デメリットが大きく見えすぎて何とも言えん」
確かにそれはその通りなので反論できない。
しかし、この街で生活していく以上、いずれその問題にはぶつかる。
それを考えると、この辺りで少しだけ大胆な行動に出てもいいような気がしてしまったのだ。
そのことをロレーヌに言うと、
「まぁ、分からないでもないが……そうだな。私としてはやめておいた方がいいように思うが、いずれ、というのは確かにある。そこでばれるようなら、そのうち誰かにばれるだろうとも思う。そう考えると……決して悪い選択肢ではないのかもしれん」
と、一応の納得を示してくれた。
しかし、とロレーヌは釘を刺す。
「何か危険を感じたら、さっさと逃げることだ。考えたくはないことだが、吸血鬼は下級のものであっても価値は高いからな。捕獲しようとする人間もいないとは限らんぞ。オークションでものを売るつもりだったお前が、気づいたら商品になっていたなど笑い話にもならん。いざというときは、私が伝手をたどってマルトや、ヤーランから外へ逃がすことも出来る。だから、気を引き締めていけ」
そんな風に言って。
俺はロレーヌの言葉に深く頷き、
「分かった」
と言った。
それからふと気になって、
「……吸血鬼ってどれくらいで売れると思う?」
と尋ねる。
ロレーヌは危機感の薄い俺の言葉に呆れた表情になりつつも、少し真面目に考えてから答えた。
「……白金貨が舞うんじゃないか? まぁ、とてもではないが一般人には払える額ではないだろうな……」