第111話 下級吸血鬼と魔力の自覚
ロレーヌは続ける。
「それで、だ。魔術師は魔術を使うために、当然の話だが自分の体の中に魔力があり、それ動かせることを自覚しなければならない。魔力があるにも関わらず、これが出来ないがために魔術師になれないものは思いのほか少なくない……アリゼは今、自分の体に魔力があることを感じられているか?」
ロレーヌの質問に、アリゼは首を傾げ、答える。
「……いいえ。感じられません。あの、先生、もしかして、私って魔術師になれないのですか……?」
その表情はかなり不安そうで、今開きつつあった扉が突然閉じられたかのようですらある。
ロレーヌがたった今言ったことを解釈すれば、確かに魔力を感じられていないアリゼは魔術師になれない、という話になってしまうから、彼女の気持ちは理解できる。
しかしロレーヌは微笑みながら首を振って、
「焦るな。そんなことはない……とは言い切れないのだが、それほど心配することでもないから安心しろ。というのも、今言った魔力を感じられない者というのは、大半が独学で魔術を学ぼうとするものなのだ。実は、魔力を自力で感じ取ると言うのはかなり難しい。伝説で伝えられている《始まりの魔術師》はそれを自力で行ったと言われるから、とりあえずそれにあやかろうと挑戦する者はいるし、実際に出来る者も全くいないわけではないが……よほどセンスがなければな」
このロレーヌの言葉に、アリゼは尋ねる。
「ロレーヌ先生はどうだったんですか?」
「私か? 私は当然できたぞ。凄いだろう」
恥ずかしげもなくそう言って胸を張る。
その台詞に、俺はジトッとした目を向けるも、一切謙虚に振る舞う様子もないのが彼女らしかった。
「……レントは?」
ついで、と言った感じで聞かれたので、俺も答える。
「出来るわけないだろ。俺は凡人だよ」
そう、魔力は持っていたが、出来なかった。
じゃあなぜ、俺は魔力が使えるのか、という話になるが、それについてはアリゼがロレーヌに尋ねる。
「自力で出来ないときは、どうすればいいんですか?」
「方法はいくつかある。最も簡単なのは、すでに魔力を扱える者に協力してもらう方法だ。その者の魔力を体に流してもらって、魔力がどういうものかを感じてもらう訳だな。よほどの鈍感でない限りは、これで問題なく魔力を感じ取ることが出来るようになる。どのくらいの期間がかかるかは人それぞれだが……魔力が多いほど早く出来るようになる傾向があると言われているな」
「他の方法にはどんなものがあるんです?」
「あまり勧められないが、魔物と戦うという方法がある。魔物の力は魔物を倒すと僅かに吸収されるのだが、その力の中には様々な要素が含まれていてな。魔力も一部含まれているのだ。それを吸収できるわけだから、魔力を人に流してもらうのと同じ効果が得られるということだ。ただ、非常に微弱で小さい力だ。この方法だと、時間がかかることが多い」
「うーん……手っ取り早くて、誰にでも出来る方法ってないんですか?」
どちらの方法も一長一短あり、アリゼにはまどろっこしく思えたのかもしれない。
だからこそ、そんな質問をした。
普通なら、物事と言うのは何でも苦労せずに済むようなものはないのだ、当然、そんな都合のいい方法などあるわけがないだろう、と子供の教育的には言いたくなるが、ロレーヌは首を横には振らなかった。
「あるぞ。魔術を受けるんだ」
「えっ?」
「魔物は魔術を使えるものがいる。原始的なものから、複雑なものまでその種類は様々だが……たとえば、ゴブリン魔術師なんかだと、非常に初歩的な魔術を使ってくるのは知っているだろう?」
「は、はい……それで、受けるとは?」
「読んで字のごとくだ。火弾やら土の矢やら、なんでもいいが、その身で直接浴びるんだ」
聞くだに恐ろしい話だが、一番恐ろしいのは話しているロレーヌが至って真剣なことだろう。
つまり、冗談でもなんでもないのである。
「……そんなことしたら、死んじゃうんじゃ……」
アリゼは唖然としてそう言ったが、ロレーヌもそれに頷いて、
「そうだな、運が悪ければ死ぬな……いや、運が良ければ生き残れるのかな? まぁ、普通の方法ではないのは確かだ。しかしその効果は確かだぞ。生き残れさえすれば間違いなく、魔力が感じ取れるようになるからな。なぜかと言うと、魔力が感じ取りにくい理由は、普通、人の体の中で使われていない魔力が静止しているからなんだ。これを、自力で動かす、それが出来ない場合は、外部から魔力を取り入れて、動かすことで感じ取る、というのが基本なんだが……魔術を受ければ人の体内魔力は荒波のように動き出すからな……数日立ち上がれないだろうが、目覚めればもう、体中の魔力が好きなように動かせるようになるわけだ」
ロレーヌは利点をたくさん上げるが、しかしアリゼにはどうしてもその方法を認められない理由があるようだ。
アリゼは言う。
「……流石に、命を危険に晒してまでそんなことする人はいないのでは……?」
しかしロレーヌはぴっ、と棒を上げて、
「そこにいるではないか」
俺を差しながらそう言った。
アリゼはまるで街中で竜にでも遭遇したかのような眼差しを俺に向ける。
声も出ないようだが、その瞳は間違いなく、「正気なの?」と聞いていた。
俺はいつだって正気だ。たまに血が飲みたくなるだけで。
俺はまるで言い訳のように、
「いや、別に俺だって他に方法があるならそうしたさ。だけど、俺の故郷は小さな村だぞ。まともに魔力を扱える人間なんてほとんどいないし、魔力の扱いを教えてくれって言っても、そう簡単には教えてくれないものだからな……自分でどうにかするしかなかったんだ」
もちろん、水を出したり種火を出したりするくらいのことは冒険者になった時にはすでに出来ていた俺だ。
誰にも何も学ばなかったわけじゃないが、そもそも魔力を扱えるようになるきっかけについては、自分でどうにかするしかなかったのだ。
それこそ当時住んでいたところに生息していると言われていたゴブリン魔術師を探して、魔術をわざわざ受けた。
結果として魔力を感じ取れるようになったわけだが……今にして思うと無謀にもほどがあるな。
よく生きているものだ。
別に、全くの考えなしというわけでもなくて、老いた死にかけのゴブリン魔術師が森に出た、という情報を聞いてから、よくよく気を付けて挑んだのだ。
受けた魔術だって、小さな土の矢だったからな。
当たり所が良かったのか腹に痣が出来るくらいの威力でしかなく、どうにか走って逃げて事なきを得た。
後で聞いた話によると、帰宅したら気絶して熱出して昏々と眠り続けたらしいが。
そんな話をアリゼにすると、彼女は唖然とした表情のままロレーヌの方に向き直り、
「……私、そんな方法嫌です」
と、はっきりとした声で宣言した。
ひどい。
いや、俺がひどいのか。
昔の俺、何やってるんだろうな。
まぁ、不死者やっている今の俺も何やってるんだって感じだが。
そんなアリゼにロレーヌは、
「それはそうだろう……というか、そんな方法を弟子に勧める魔術師なんてまずいないから安心しろ。アリゼにはそういうわけで、通常の方法――つまりは、すでに魔力を扱えるものから、魔力を注いでやる方法をとる。やり方は簡単で、今すぐにでも始められるが、覚悟はいいか?」
そう尋ねた。