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【完結済】異世界薬局(EP4)/【連載中】世界薬局(EP4.1)  作者: 高山 理図
Chapitre 7 新大陸の伝承  Légende du nouveau continent(1148年)
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7章1話 定期試験前の告白

 1148年 2月5日。

 サン・フルーヴ帝国医薬大学校の第一講義室にて。


「それでは今日は、冬の定期試験についてのガイダンスを行います」

 

 教壇に立つファルマは、講師陣数名とともに定期試験のガイダンスを行っていた。

 シラバスを手に、心なしか緊張感に包まれている全学部一期生の学生たちの顔を見渡し、黒板に試験日程を書き付ける。


「皆さんは一年生なので、教養科目ですね。定期試験は一週間かけて行います。試験科目と範囲は私がいまここに書いた通り。すべてマーク形式と記述形式で行います。試験問題の難易度は高めです」


 難易度を聞いてどっとざわめく講義室。マークシート式にしたのは、採点を楽にするためだ。回答を記入したフィルムを重ねれば簡単に採点できる。


「これから必死で勉強してください、厳しいことを言うようですが、今のままの理解度だと半数は留年します」


 ファルマはガイダンス内容を要約したプリントを学生たちに配布する。


「プリントに書いてある講義は必修ですので、単位を落とすと即留年になります。また、必修を落とさなかったとしても全講義の三分の一を落とすと留年です。留年したら、もう一年しっかりと学びなおしてください、救済措置はありません」

「半数は留年って、そんなことあっていいのかよ」

「総合医薬学部以外は?」

「必修をとれないと全学部で留年だよ」

「……いきなり留年は嫌だよ。学費は無償でも生活費はかかってるんだ」


 要領のわからない全学部の一期生たちは震えあがっていた。

 何しろ、カリキュラムの刷新によって過去問がなくなったのだ。それまでの帝国薬学校では、先輩後輩が連携して過去問の作成などを行い、試験もそれほど難しいものではなかった。今年から様相が一変してしまっている。ファルマは彼らに追い打ちをかけるように告げる。


「また、試験時に不正行為をした場合も、点数にかかわらず即留年です」


 抜きうちで行われる小テストの難易度が高すぎたことで、一気に戦意喪失してしまった者も多かった。

 留年したとしても学費は無料なのと、日本の医学薬学部と違い何度留年しても放校にはならないため、学生の懐が痛むことはないのだが、やはり進級が一年遅れるというのはやる気を奪われるものであり、学生の家族を落胆させることになるし、なにより子供教授の授業についていけないというのは、自尊心をへし折られる。


「何か質問は?」


 学生たちはしーんとしていた。どの学生も、心なしか青ざめてみえる。

 今日も講義室最前列に鎮座する、エメリッヒ・バウアーを除いて。


「ええと……皆さん顔が暗いですね。あ、バウアー君は元気そうですが。分からないことがあれば、いつでも質問に来てくださいね。わかりやすい講義を心掛けてきたつもりですが、ついていけない場合は講師の指導が悪かったのでしょう。個別に指導しますので、恥ずかしがらずに相談してください」


 脅しすぎたかと気の毒になったファルマは、優しい口調で、さりげなく助け船を出した。

 学生を留年させることが目的でもなければ、落ちこぼれを作るつもりもない。

 ただ、試験内容を甘く見てほしくない。しっかりと基礎を学んでもらい、全員進級を目標とするところである。


 ◆


「メディシス若教授のテストが憂鬱だわー、必修単位取れる気がしないわー。そもそも試験範囲、鬼畜すぎない?」

「パパ・メディシス総長の単位よりきついって話だよな」

「試験問題、事前にわからないものかしら。占いが得意な子がいたわよね」

「占いで当てるのは不正行為だわ」

「そうそう当たるもんかよ……」


 学食の席で各所から聞こえてくる学生たちの嘆きを、エメリッヒとジョセフィーヌ、そしてジョセフィーヌとよくつるんでいる、総合薬学科の平民学生、ステファニー・バルベが耳にいれていた。

 それを聞いたエメリッヒの言うことは、


「どいつもこいつも定期試験ごときで右往左往して、嘆かわしい。講義と実習しかしていないだろうお前らは」


 自主的にファルマの研究室に入り浸り、彼からプロジェクトを任されて日夜研究に取り組んでいるエメリッヒからすれば、定期試験で悲鳴を上げるなど、甘えているように見えて仕方がないのだ。

 そこを、一般学生の立場でステファニーが弁護する。


「だって、ド・メディシス教授の講義が一番難しいじゃない。ほかの薬学体系と全然違うんだもの、覚えることも多すぎなのよ。基礎医学概論、医学薬学生物学、応用数学、物理化学、有機化学も全科必修でしょ? さらに専門科目! この調子だと総合薬学部だけ卒業率が悪いんじゃないかと思うわ。ド・メディシス教授は薬師試験の合格者を増やしたいなんて言ってたけど、逆効果じゃないかしら」

「ああー⁉ どこが難しいんだ、学生のレベルに合わせて、本来言いたいことの十分の一も話しておられないし、練習問題も基本的なものばかりだったぞ⁉」

「ひぃ、エメリッヒ君の意識が高すぎだよう……さすが無勉強で満点とるだけあるよう」


 ステファニーは引いたというように肩をすくめる。すでに一級薬師でありいまだに学部いちの成績を譲らないエメリッヒは、当落線上にいる学生たちにきわめて冷ややかだ。彼はファルマの教科書に書いてあることなら完璧に答えられたため、抜き打ち小テストでも満点街道を突っ走っては他の学生の反感をかっている。


「まあまあ。すべての学生が君みたいにできるわけじゃないわ。君は首席だし、ついていけない子が怠惰に見えて許せないのかもしれないけど、それぞれ理解度は違うのよ」


 ジョセフィーヌもエメリッヒにやんわりと忠告する。

 ジョセフィーヌも、教員たちの間では総合薬学部でエメリッヒに次ぐ秀才としての評価が定着してきた。彼女はもともと獣医学の知識があるので、人体の薬理作用に対する理解も早く、スポンジが水を吸収するように学んでゆくし、好奇心も強かった。

 無資格で平凡学生、成績も普通のステファニーは、そんな二人に委縮している。


「とにかく、できないやつは留年すればいい。生半可な知識で進級されても迷惑なだけだ。だいたい、出席点やレポート点もあるというのに、何が厳しいのやら」

「体調不良で休んだ子もいたじゃない」

「今年はグリップも流行ってるし、欠席は仕方なかった子もいるわよー」


 ステファニーが弁護し、ジョセフィーヌがストイックすぎるエメリッヒを宥める。


「早く試験期間など終わってしまえばいい、騒々しいったら。では、俺は先に研究室に戻るから」

「わかったわ」


 エメリッヒが席を立ったところで、女子の一団が彼を取り囲んだ。


「あ。いたいたー、エメリッヒ君ー、ねえノート貸してよー! 一緒に勉強しましょう!」

「うるさい、お前らに貸すノートはない! 勉強というのは孤独にやるものだ」

「ねえったら、分からないところがあるのー!」


 エメリッヒは撫で切りにして突っぱねていた。

 エメリッヒが追い回されているのをファルマとエレンが遠目に目撃していた。


「またエメリッヒが囲まれてる。なんで俺のとこに直接質問に来てくれないんだろうな……」

「あら、ファルマ君もあんなふうに女子に囲まれたいの?」

「男女問わずわかっていない学生に囲まれたいよ。そうすれば一人でも落単者を減らせるかもしれないだろ」


 女子にちやほやされたいのかと思いきや、教員として普通すぎる返答をする。


「ファルマ君のもとに個人で質問にくるのは、学生には敷居が高いって話を聞いたわよ」

「こわくないし優しく教えるよー」

「ふふ、残念そうね。試験問題はもう作ったの?」

「神聖国で隙間の時間に全部作ってきたよ。解答案もちゃんとできてる」


 神聖国ではネット環境があるので医学薬学情報の取得がたやすく、ファルマがうろ覚えだった部分もきちんと補強して、充実した試験問題を作成することができた。


「ところでファルマ君って、神聖国で何やってるの? エリザベス聖下の命令での薬師としての任務なの? お師匠様も神聖国に出張なさったきり、暫く戻ってこられないわよね」

「まあ、父上と共同で仕事をしていてね。あんまり詳しくは話せないんだけど」

「宮廷薬師の仕事を詮索してはいけないというのは、弁えているわ。だけど」


 ファルマはエレンには心配をかけまいとして、神薬創造の件は話していなかった。

 彼は薬神杖を使って神聖国と帝国を週に数回往復しており、一方でブリュノは神聖国にとどまっている。天類神薬の創造は、相変わらず完成には至っていない。

 天類の創造に挑むごとに前世の記憶が消えてゆくことに関して懸念を抱いた彼は、すでに前世の主要な事柄についての記録をこと細かくつけ終わっていた。

 そうすると、消えてゆくのは映像記憶だけで済む。


 医学薬学の知識が侵食されてしまったとしても、神聖国のネットで随時正解を参照できるので問題ない。彼のアイデンティティにまつわる記憶は、文字情報として保持した。

 以前のように、闇雲に訓練をしてはいない。

 ブリュノの体調管理のもと、挑戦は一日一回までと決めている。

 一人ではやらないのも徹底している。


 エレンはファルマの正面に回り込み、じっとファルマを見つめる。

 眼鏡をかけなくなった彼女は、心なしか以前より瞳がはっきりと大きく見え、直接感情が伝わってくる。


「時々君のことを診眼で見てるけど、神聖国から戻ると体調が悪化してるみたい。何か危険なことをしているの?」

「……長時間の飛翔の疲れじゃないかな」

「髪も何でそんなに短くしたの。まさか神秘原薬にしちゃってない?」

「……えっと」

「ええ……? そんなことしてるの?」


 エレンが診眼を手に入れファルマの体調を把握できるようになってから、彼女は折につけ心配の言葉をかけてくれる。

 そして、彼女の指摘がいちいち図星であるために、ファルマも安易に隠しだてできない。


「そ、そういえばエレンも午後から神術実習のテストをするんじゃなかったっけ」


 ファルマは話題を切り替えることにした。

 午後には神術実習講座の教官であるエレンも、試験対応に追われる。

 

「そうなのよ。初テスト! 楽しみだわー」

「エレンも病み上がりなんだから、傷が開かないようにね」

「わかってるわ、今日は私は何もしないわよ。見てるだけ」

「俺も見せてもらおうかな」


 ファルマはひとまず話題がそれたのでよしとして、エレンのテストに付き添うことにした。トレーニングウェアに着替えを済ませて神術実習場に集まった学生たちを集め、エレンがブリーフィングを行う。


「じゃ、体調は万全にしてきたわよね? 神力切れや体調不良の人がいたら、追試を認めるけど、どうかしら」


 エレンが出欠を確認し、神力計を握らせてコンディションを把握する。

 各属性ごとに課題の神術のテストを行い、それを合計して100点満点で評価してゆくのだ。ファルマも学生の呼び出しや神術の判定の手伝い、合計点や技難易度のバイアスをかけた計算をする。


 エレンは集計したファイルを抱えて発表する。

「みなさんお疲れさまでした。では早速、上位から成績を発表していくわ。1位 エメリッヒ・バウアー 99点」

「2位 アレクサンドル・ベルトラン 88点」

「3位 エマニュエル・ピュスロー 79点」

「4位 ジョセフィーヌ・バリエ 78点……」


 エレンは順に名前を読み上げ、21位まで発表し終えた。

 エメリッヒが不動の一位成績というのは、講義、実技科目にかかわらず同じだ。

 成績を聞いた学生から、悲喜こもごもの声が聞こえてくる。


「……っと、ここまでが合格ね。ここから下が不合格よ」


 赤点をとってしまった学生は震えながら青くなっていた。


「これで成績発表は終わりだけど、何か質問や不明点はあるかしら?」


 するとエメリッヒがエレンの目の前で手を挙げまくっている。

 

「ボヌフォワ先生、納得がいきません。どうして私は満点ではないんですか、神技は完璧だったと思います」

「あら、詠唱で噛んだから減点したのよ。発動詠唱を明確にしないと、誤発動につながるわ」

「断固として噛んでません。あれはサン・フルーヴ帝国語で詠唱したので訛っていただけです。私の母国語で詠唱すれば完璧だったはず、減点があったなど汚点です。受け入れられません」


 完璧主義のエメリッヒは、学生の立場では少々面倒くさいタイプの学生だった。


「はいはい、じゃああとで追試においで。ちゃんとできたら更新してあげるから」

「不合格者も追試を受けさせてもらえますか?」

「構わないわよ。じゃあ、ほかの科目のテスト勉強頑張ってね」


 エレンは案外、学生に甘かった。

 エレンの実習は必修ではなく、進級に影響しないのでお気楽なものだ。平民学生は床運動かマラソンのテストで単位が振替されており、こちらは不合格者は出ていない。


「私も床運動かマラソンで単位を振替してもらってもいいですか?」

「別に神術でも体育でも、課題がこなせればどちらでもいいわ」


 実習で赤点をとった貴族学生が、平民学生と同じテストを希望する一幕もあり、エレンは彼らの要求に応じていた。


 試験対応に追われていた数日後、ファルマは教授室のデスクの書類の位置が変わっているのを見つけた。それを彼は目ざとく見つける。彼は細かい男だった。


(ん。誰かがデスクに来たな)


「ゾエさん、机の上の書類を動かした?」

「いえ、書類箱に入れた以外は一切触れていません」


 秘書のゾエに確認しても、来客はなかったし、教授室の机は触っていないという。

 ファルマはもしやと気づいて、厳封していた試験問題を確認する。


(試験問題が一枚足りない。やられた)


 もし盗まれていたということなら、もう一度試験問題を作り直さなければならなくなる。平等なテストのためには、見て見ぬふりはできない。


(うちで管理しておくべきだった)


 ファルマはしかし抜かりなく、書類入れに付着していたサンプルを採集し、処理して分析にかけた。

 その結果を確認し、彼はひとつため息をつく。


(彼女か。名乗り出ては、くれないのかな……)


 次の時間の講義の間、彼女がテスト問題を盗んだかと思うとやるせなかった。

 だが、ファルマはまだ言い出さなかった。

 講義の終わりに、彼はどっさりとプリントを配布する。


「皆さんの試験対策にと思いまして、想定問題集を配ろうと思います」


 ファルマは時間をかけて作った問題を、惜しげもなくすべて配りきってしまった。

 問題を配布しながら、一人一人の表情を観察する。

 その中で、不自然な動きを見せた学生を発見した。


(やはり彼女か。ナタリー・ブロンデル)


 ファルマは彼女の動きをよく見ていたが、ファルマの視線を感じたのかふと視線が合った。

 その直後の彼女の挙動は明らかに不自然で、生体資料の分析結果を裏付けるものだった。


「ブロンデルさん、ちょっと話があるんだけどいいかな」

「あ、はい……」


 ファルマはついに彼女に声をかけた。 

 ブロンデルを施錠のされた薬草園の温室に呼び出し、ファルマは中のベンチに座らせて尋ねる。


「何故呼び出されたかわかる?」

「いえ、まったく」

「あれが模試でがっかりしたようだけど、もし本試験にしていたら君は失格だったよ」


 かまをかけた物言いをすると、ナタリーはぎくっとする。


「な、何のことでしょう」

「試験問題の保管庫の遺留物から、君のDNAが出てきた。微物からの個人の特定方法は、教えたはずだ。教官を出し抜くならもっと巧妙に。不正行為を認めるかい?」

「は……はい」

「不正行為をした者は、未成年の場合は親御さんに連絡をしなければいけないことになっているんだけど。君のお母さんは宮廷薬師フランソワーズ・ド・サヴォワ師だよね」


 学生の履歴書についてはファルマもきちんと読み込んでいたが、父方の姓を名乗っていたため、この事実に気付いたのはつい先日のことだ。


「そうです」

「……連絡しないから、次はちゃんと実力で試験を受けるんだよ」

「……言えばいいじゃないですか! 母に告げ口すればいいじゃないですか……不正行為は即留年って、仰っていましたよね」


 彼女は目に涙をためて言い返した。

 ファルマはぶつけられたままの彼女の感情を受けとめる。


「だから。そうならないようにするために、あれは模試にした。私はフランソワーズ師を尊敬しているし、同僚として彼女を悲しませたくない」

「馬鹿にするのはやめてください! 十歳で宮廷薬師、十二歳で教授、十三歳でお父上や私の母も抜いた筆頭宮廷薬師。同じ宮廷薬師の子として生まれたのに、あなたはまぎれもない天才で、かたや落ちこぼれ。人生って不公平だと思います」

「人の生い立ちや経歴を比較するのは意味がないよ。俺と君は別の人間で、違う人生を歩む。同じになるわけがない」


 ファルマは答える。

 彼は自分を天才だと思わない、それなりの努力はしてきたつもりだ。


「家のしがらみはどうでもいい。どこの家の誰だなんて関係ない。君が今本当にすべきことは、定期試験を突破することじゃないのか」

「……そう。でも、私には薬師としての才能がないんです」


 現実を突きつけられたからか、ブロンデルは語勢がしぼむ。


「才能か……」

「私、守護神からほとんど神力をもらわなかったんです。それに、こんな頭の出来で……親と比べられていつも陰口を言われているの知っています。母も恥ずかしがっていると」

「そうなんだ?」

「母は私の話をしたことがありますか?」

「聞いたことがないけど、もともとフランソワーズ師はプライベートを一切お話にならない方だよ」


 確かにフランソワーズから、娘がいるという話は聞いたことがない。

 そして、ファルマが彼女を指導しているということも知っている筈だが、触れてこなかった。

 確かに、先日のエレンの神術テストでも、彼女は落第してしまっていた。


「生まれつきの神力が少ないってことは、守護神である薬神から愛されなかったということなんです。だから、どれだけ努力しても無駄だと思います、見捨てられた者としての惨めな人生が待っているんだと思います」


 彼女の理屈もわからないわけではない。

 生涯、授かった神力量はどんなに努力を重ねたとしても増えないからだ。


「では、神術を使えない人たちはどうなる?」


 ファルマの指摘に、彼女は言葉を詰まらせた。


「私たちに備わった神力は、自分のためのものじゃない。神術を使える人が、使えない人を守り、助けるための力だ。そこに多いも少ないも、生まれつきどうだというのも関係ないだろう」

「ではお伺いしますが、教授は、世のため人のためにと思って神力を使っているんですか?」

「少なくとも、私はそのつもりだよ」


 ファルマは恥じることなく答えた。自己の利益のために神力を使うことが悪いとは思わない。

 だが、それだけでありたくない、とファルマは考えている。

 彼女が感情的になってしまっているようなので、ファルマは一旦落ち着かせる。


「ひとつ大事なことを忘れていないか? 君はこの学部に入るための、何十倍もの難関だった試験を既に突破しているんだ。カリキュラムについてこれると思えなかった学生は、最初から入学を許していない」

「……っ、それが何ですか」

「だから、普通にやればできる。模試を解いてみて、類似問題をやって、間違った部分を復習して、わからなければ私に質問に来る。それが対策のすべてだ。君は自信を喪失しすぎだ、卒業できそうにない学力の学生は最初からこの学部に入れてない。神術実習ができなければ、体育で単位を振替すればいい」


 彼女は一つ一つ、今後の見通しを示されて放心状態になっていた。


「だからあとは、君のやる気次第だ。理解できなかったなら、後でおいで」


 ファルマはそう言い聞かせて、次の講義の予鈴が鳴ったので立ち去ろうとした、だが……。

 ブロンデルはベンチを立ち上がって、泣きじゃくりながらうったえる。


「覚えられないの。ここ最近、何も覚えられなくなってしまったんです!」

「どういうこと?」

「記憶が、どんどん消えてしまうんです。助けてください!」


 はっとしたファルマは即座に診眼に問う。

 そして、彼女の頭に強く赤い光をみとめたのだった。

 不定形で、境界が明瞭でない。大きさは三センチほど。


(脳腫瘍か)


 ファルマは、忘れかけていたトラウマが蘇るのを感じていた。

 それは、彼の生前の妹の命を奪ったものと同じ病だった。


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