第1話 エビフライ
俺の名はロウタ。
ただの犬だ。
ちょっとフェンリルとか言う世界を滅ぼすなんて余裕な力を持っている魔物なだけで、ただの犬だ。
見よ、この白くフサフサな毛を。
丁寧にブラッシングされた純白の体毛は、艶めいた輝きを放っている。
愛らしい大きな耳に、長い尻尾。
耳元まで裂けた大きな口に鋭い牙。
千里先まで見通す鋭い眼光。たくましくもしなやかな四肢。
誰が見ても立派な狼──じゃなくて犬。犬です、はい。
誰に訴えているのか分からないが、今は昼目前。
特に仕事がないペットな俺は日がな一日ダラダラと過ごしている。
何もしないでただただ愛でられるのがペットの役目なので、俺は充分にペットの務めを果たしていると言えよう。
お嬢様はパパさんの仕事を少し手伝い始めたらしく、執務室でお勉強中だ。
なので俺は、優雅に庭で昼寝している。
「わふー(今日も良い天気だなぁ)」
空は晴天だ。
太陽は眩しいが、風は涼やかで過ごしやすい。
絶好の昼寝日和だ。
しかし、もうすぐ昼。
俺の胃がグルグルと空腹を訴え始めている。
そんなとき、タイミング良く厨房から声がした。
「ロウター。メシだぞー」
ジェイムズのおっさんが俺を呼ぶ声がする。
「わふぃ!?(メシ!?)」
まどろんでいた俺は、メシと聞いてすわ立ち上がった。
「ち、ちゅー!?(な、なんじゃあ!?)」
俺の頭上で眠りこけていたレンが、急な動きに驚いて背中へと転げ落ちる。
背中の上で目を回しているのは、ネズミのレン。
正体は蒼竜レンヲヴルムという巨大なドラゴンだが、訳あってネズミに化けて俺の毛皮に住み着いている。
「わっふわっふ!(めっし! めっし!)」
勢いよく駆け出すと庭の芝生がおれの脚力に耐えきれず、めくれ上がった。
だが、埋め直すのは後だ。
今は俺の昼飯が最優先よ。
「わふー!(おっさん! メシおくれー!)」
ききーっとお座りの姿勢でブレーキをかけ、おっさんの前に到着する。
「お前なぁ……。庭師の爺さんが泣くぞ。後で俺も手伝ってやるからちゃんと芝生直しとけよ」
「わふわふ!(あいあいさー!)」
それで今日の昼メシはなんじゃらほい。
「王都からの空輸便が来るようになったんで、あっちの海産物が簡単に手に入るようになったんだよなぁ」
「わふわふ(ほうほう)」
「んで、今日はそいつを使ってみたってわけだ」
「わふわふ(ほうほう)」
「何を使ったか気になるか? ヒントは──」
「わふわふ!(早く!)」
御託は良いから飯を食わせろください!
「ったく、せっかちなやつだなぁ」
おっさんは大皿にかぶせた銀のクローシュを取り払った。
そこには黄金色の衣を纏った──
「わふぅ!(エビ! エビフライ!)」
揚げたてのエビフライがでんと鎮座していた。
そのデカさが尋常ではない。
伊勢エビよりデカいんじゃないのってレベルの巨大さだ。
異世界のエビすげー。
「市場で魔物なんじゃないかって買い手が付かなかったやつなんだが、王都の仲卸業者が珍しいからって送ってきやがったんだよな。旦那様がたにいきなりお出しするのは怖いんで、まずはお前で毒味をだな……」
「…………」
おっさん……全然OKだわ!
フェンリル胃袋が腹を下すなどあり得ない。
何よりこの香ばしいエビの香り。
食わずにはいられない。
「わふわっふ!(いざ実食! いただきまーす!)」
巨大エビフライに俺はかぶりつく。
俺のでかい口でも一口ではいけない大きさだ。
ザクザクとした衣に噛みついた途端、中からぷりっぷりの身が飛び出してくる。
「わ、わふぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!(う、うめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!)」
伊勢エビよりデカいと言ったが、美味さもそれ以上だ。
なにこのぷりぷりの身。弾力たっぷりなのに噛むとブドウみたいにはじけて中から旨味があふれ出してくる。
「おっと、まだ途中だっつーの」
おっさんが深皿を持ってきて、中身を大きめのスプーンですくい取る。
そしてそれをたっぷりとエビフライの上にかけた。
マヨネーズをベースにピクルス・玉葱・ゆで卵を加えてあえたそれは──
「わふぅぅぅ!(タルタルソースぅぅぅぅ!!)」
そんなんかけたら、もうめちゃめちゃ美味いに決まってるじゃん。
「ちょっとだけ牛乳とフォンを足してやるのがミソだな」
おっさんが隠し味について語ってるが、俺はもう目の前のタルタルソース・オン・エビフライに目が釘付けだ。
尻尾側になったエビフライの二口目に俺は突撃する。
ザクップリッジュワーって感じだ。
まったりとしたコクのあるタルタルソースの酸味がたまらなくエビフライにマッチしている。
エビフライって前世じゃファミレスの定番だったけど、もう全然違う。
こんな深みのある味になるなんて。
エビフライを正直侮っていた。
いや、おっさんの料理の腕を侮っていたというべきか。
「ちゅー(尻尾の殻がまた美味いのじゃ。たまらんのじゃ)」
レンも真っ赤に揚がった尻尾をサクサクと頬張ってご満悦だ。
丁寧に上げてあるから、尻尾も口の中に全然残らない。
サクフワと溶けてしまう。
昼からこんな美味いもの食わせてもらって良いのかしら。
良いのです。なぜなら俺はこの家の愛されペットだから。
「わふわふ!(おっさんおかわりー! じゃんじゃん持ってきてー!)」
「ふむ、毒は大丈夫みたいだな。背腸もしっかり取ったんだが、でかさがでかさだけにちょっと心配だったんだよなぁ」
おっさんが小声で恐ろしいことを言っている気がするが、俺は気にしない。
だって美味しいから。
お嬢様たちに出すのがまだ不安なら、俺が何回でも毒味しちゃうよー。
そして俺とレンは、心ゆくまでエビフライを楽しむのだった。