526『神式』
『君は……その選択に悔いは無いのかい』
敗れた者が言う。
死したものはそう問いかける。
その言葉に、僕は不思議と迷わなかった。
「さぁ、どうだろうな」
『……分からないと、そう言うのか』
そうだよ、分からない。
僕の未来だなんて、僕が一番分からない。
何が起きるか、何が正解か。
そんなもんは、至るべき未来になるまで分かりっこない。
そういうもんだろ、人生ってさ。
「僕より優れたあんたでさえ、失敗したんだ。僕に完璧を求めるなよ」
完璧なんて、人間には届かない。
不完全だからこそ人間で。
何かを間違えるから、人生なんだ。
それは否定しないし出来ない。
だから、お前の質問には答えられない。
ただ、その代わり。
少しでも後悔しないように努力することは出来ると思うんだ。
僕は目を開く。
同時に、後方から破壊音が響き渡った。
間を置かずに僕の隣へと何かが着地し、獣のような鋭い殺意が突き抜けた。
「我らが王よ! 申し訳ございません……この深淵竜ボイド、不覚を取りました!」
「……厄介だねぇ、このタイミングで封印を壊してくるかい」
霧矢ハチは顔を顰める。
彼と互角に渡り合えていたシオン。
彼を素手で殺し得る力を持つボイド。
そして、僕がいま出揃った。
霧矢にとっては最大の窮地。
背後を見れば、他の皆も立ち上がろうとし始めている。
形勢は既に逆転した。
霧矢ハチは今、逆境に立たされている。
客観的に見ればそう映る。
だけど……僕から見たらそうじゃない。
「ボイド、お前はみんなを連れて……少し下がれ」
「――!? お、王よ! 一体なぜ――!」
ボイドは焦ったように声を出す。
しかし、彼女の視線は僕の逆隣にいるシオンへと向かい、大きくその目は見開かれた。
「へ、へへ……こんな、モン、屁でもねぇぜ、カイ!」
そう強がるシオンの体からは、鮮血が滴り始めていた。
彼女がどんな力を使ったのかは……正直分からない。
ただ、真似出来ない類の反則能力だってことは分かった。……それが、諸刃の剣だってことは、痛いほどに分かった。
下手をすれば、僕の【王の凱旋】に匹敵するほどの想力消費。
もはや、限界。
僕は彼女の肩へと手を載せる。
そして、静かに告げる。
「ありがとう。……また、後でな、シオン」
瞬間、僕の掌から神力が彼女へ伝い。
その意識は一瞬で闇の中に落ちてゆく。
その体を受け止めると、彼女は最後に何か……恨み言のようなことを言った気がした。
「……なんて言ったんだろうな」
少し気になったけれど、今は置いておく。
どうせ、この戦いが終われば願いは叶う。僕の望む未来がやってくる。
その時は……きっと、嫌になるほど彼女の騒ぎ声を聞く羽目になるからな?
「また今度、ゆっくり聞かせてくれよ」
僕は立ち上がり、ボイドへとシオンを預ける。
彼女は驚いたように僕を見ていたが……やがて、何かに気がついたように身を震わせた。
「お、王よ……! いえ、差し出がましい事を言いました。我は下がります。王の友を、王の未来を守ります。……たとえ、この命にかけたとしても」
「あぁ、頼む」
短く言えば、彼女はその姿を消した。
真眼にも映らない超速度。
後方を振り返れば、もう誰もいない。
ボイドが避難させたんだろうな。
僕は、改めて前方へと視線を向けた。
霧矢ハチは、そこに立っていて。
僕一人だけ残った光景に、心底不思議そうにしていた。
「……もしかして、君一人で死ぬつもりかい?」
彼の言葉に、僕は何も返さなかった。
だって、傍から見ればその通りだったから。
「君は何も変わっていない。窮地に陥れば覚醒する訳でもない。仮に死力を尽くしても俺には届かない。君に勝ち目は無い。にも関わらず……君は残った」
重ねて彼は問う。
「……寝てる間に、君は何を見たんだい?」
彼の言葉に、僕は笑った。
何も見ちゃいないさ。
僕はお前の言う通り、何も変わらない。
力も上がってない。
覚醒なんかもしていない。
賢王リクから力も貰ってない。
僕とお前の実力差は……何も変わらない。
だけどさ、霧矢。
「……どうしたよ、焦りが見えるぜ、霧矢ハチ」
僕の言葉に、彼は揺らいだ。
……そういえば、ナムダも言ってたってか。
霧矢が最初から警戒しているのは、僕自身。
じゃないと僕を単体で潰そうとはしない。
あの時は……まぁ、僕がノートを持ってるからな。だから、手っ取り早く終わらせようと思ったんじゃないかって……そう思った。
だけど、少し眠って。
冷静になった頭で考えて。
ナムダの考えが、正しいのだと理解した。
「お前は……まぁ、最強だな。下手をすれば……解然の闇とも戦えるのかもしれない」
「……何が言いたいのかな」
彼の言葉に苛立ちが混じる。
僕は右手を握りしめると、胸の前まで持ってくる。
手を開く。
その手の中には、黒い力の塊があった。
「だけど、僕はお前の同類だ」
霧矢の顔が強ばる。
右手を払えば、黒い光が軌跡を残す。
それは円のように僕の体の近くを揺蕩う。
「お前は強い。他の誰にも倒せないほどに。真正面からの力技で……きっと、お前を倒せる奴は多くない」
だけどな、霧矢。
お前だってわかってんだろ。
分かってるから、お前は僕を狙った。
誰を相手にしても勝てる能力。
史上最強の反則能力。
それに確実に勝てる方法を。
霧矢ハチが負ける条件を、僕もお前も知っている。
「……言うことはそれだけかい? 悪いが、もう説得をするつもりはないよ。黙って死ぬか、ノートを置いて失せてくれ」
霧矢の上空へと、無数の隕石が出現する。
「【流星魔法】」
それは、破滅の魔法。
たった一度の行使で、周囲十数キロを更地に化すことが出来る、超絶威力。
それを、霧矢ハチの想力量でぶっぱなす。
いくらでも連射が効く、一撃必殺の範囲攻撃。
……本当、文面化するとつくづく嫌になる。
だけどな、霧矢。
他から見れば、僕も似たようなもんなんだぜ。
僕は大きく目を見開く。
その目に映った全ての異能。
ありとあらゆる超常現象。
それを心に書き写す。
胸の中にある、黒くて大きな力の塊。
力の流れに身を任せ。
ただ、書き記した現実を。
こっちもそのまま再現するだけ。
「完全模倣――【流星魔法】」
そして、僕の上空に隕石が生まれる。
霧矢は大きく目を見開いて、全ての隕石を撃ち落とす。
それを前に、僕は全く同じ数量で、全く同じだけの威力を込めて、隕石を撃つ。
瞬間、僕らの間で生まれた衝撃。
隕石と隕石が真正面から衝突する。
常軌を逸した衝撃に、僕も霧矢も大きく吹き飛ばされる。
「ぐ……こ、このッ」
霧矢の声が、轟音の隙間に聞こえた気がした。
僕はすぐさま大地を蹴って、体勢を整えつつ走り出す。
「完全模倣――【我が前に刻は要らず】」
それは、かつて模倣した六紗の異能。
一瞬で神力が燃え尽きるだけの超反則。
それを、今回はありったけ用いて大地を駆ける。
砂煙を突っ切って。
僕が霧矢の前に出た時、彼は限界まで目を見開いていた。
知ってるよ、お前のことは。
お前はこの局面で……必ず時間を停止させる。
そうじゃなきゃ、この砂煙舞い散る空間では【真眼】を持つ僕が有利。
だから、お前はこの時の止まった世界に入り込むと思ってた。
「な、なんで――ッ」
目を見開く霧矢へと。
僕は、思い切り拳を振り抜いた。
彼の顔面は後方へと弾ける。
鮮血が吹き上がり、悲鳴が上がる。
彼は息をしたことで、時間停止空間から飛び出してゆく。
僕も大きく息を吸えば、時間はやがて動き出す。
霧矢は口元の血を拭い、僕を睨んだ。
「どうして……君が時間停止を使えるんだい? 君は神力量に恵まれていない。六紗優の異能は……君が用いるにはあまりにも重すぎる」
そうさ。
僕は彼女の力は使えない。
僕はお前に対するだけの力はない。
だけどな、霧矢。
僕は、その場に立つ方法なら知っている。
「【神式・王の凱旋】」
僕の全身から、膨大な神力が溢れ出す。
いつだって、僕が差し出すものは変わらない。
僕が身につけた技術。
神力の全てを、対価に差し出す。
僕はもう、何も残らなくっていい。
だから、今。
僕は、お前の前に立つだけの力が欲しい。
「き、君は……ッ!」
「どうせ、願いが叶えば終わりでいい」
僕の物語はここまででいい。
もう、何も希望は残らなくていい。
力を取り戻す術は、今度こそ要らない。
この才能ごと……根こそぎ持っていけ。
僕は拳を構える。
お前が星の叡智を全てコピーして使うなら。
僕は、お前のあらゆる異能を複製しよう。
目には目を、歯には歯を。
異能には同じ異能をぶつけよう。
「悪いな霧矢、僕はお前の天敵だ」
力も才能も命もなにもかも。
全てを振り絞って、僕はお前を倒すよ。
それが、僕の最後の役割。
僕の物語を締め括る、最後の大仕事だ。
さぁ、最後の戦いだ。
もう、終わらせよう。
僕は走るよ、お前を超えて。
次回【勝者】