520『シンプル』
灰村解。
君は……なんというか。頑固だね。
いや、それだけじゃないんだけれど。
君を見ていると……不思議と、もう死んでいるはずの『彼』を重ねてしまう。
どこに行ったのかも分からない。
どこで死んだのか……あるいは、どこかで生きているのか、何ひとつとして分からない。
そんな友と、君の姿がよく重なる。
「なんでだろう」
……いいや、理由なんてどうだっていいさ。
きっと、君にはリクと、何らかの繋がりがあるんだろう。
それが物理的なものなのか、異能的なものなのか。あるいは、それを超えた超常によるものなのか。
どう言った繋がりなのかは分からない。
君本人が自覚しているのかも分からない。
だけど、カイくん。
君がどう言った立場にあって。
リクから何を託されていたとしても。
君は、リクじゃない。
俺の大切なもの。
あの時失ったはずの、二人の友。
その二人に追いつくこと。
死して彼らに並ぶこと。
それだけが、俺に許された唯一の幸福。
……だった、はずなのに。
「カイくん。それでも君は……俺を友と呼ぶんだね」
☆☆☆
「がぁぁぁあああああッッ!!」
無数の斬撃を撃ち放つ。
両手に握りしめた巨大な鎌。
それは音速を超えて霧矢へ迫り、彼は素手でそれを逸らして弾いて回避する。
「ぐ……っ」
「知ってるだろ? 俺はそういうのを無効化できる。そういう異能を見てきたからね」
……あぁ、知っているとも。
他でもない、この僕自身も助けられた。
冥府の底で。
冥府の王イミガンダと戦った時。
奴が【深淵剣デスパイア】へとまとった異能を、霧矢ハチはいとも簡単に無効化して見せた。
そして、今回も。
「ぐっ……!」
「『黒死炎天』と言ったっけ? 確かに強いし、凶悪だと思う。……ただ、僕には通用しないみたいだ」
彼の両手に触れた瞬間、青い炎が一気に効力を失ってしまう。
思わず呻いた僕に、霧矢の前蹴りが炸裂する。
咄嗟に炎の柄で受け止めたが、衝撃を殺せず大きく弾かれる。
そんな僕の隣を、2つの影が駆け抜けた。
シオンとナムダだ。
2人は拳を構えて霧矢へ迫る。
だが、振り抜いた拳は空を切り、霧矢は僕の目の前へと転移して現れる。
「……ッ!? て、てめぇ!」
「最初から言ってるよ、シオンちゃん。俺の標的はカイくんだけだって、ね」
霧矢は拳を振り下ろす。
その光景に、僕は咄嗟に『泡沫』を発動するべく身構えたが……それよりも先に、金色の光が零れた。
「【臨界天魔眼】」
そして、拳が反転する。
衝撃が全て霧矢の腕へと跳ね返り、真っ赤な鮮血が吹き上がる。
その光景に霧矢は目を丸くして、僕のすぐ後ろへと視線を向ける。
ふと、肩に手を置かれた感覚があった。
振り返れば、金色の瞳を浮かべた阿久津さんが立っている。
「あ、阿久津さん……ッ!」
あらゆる能力をコピーする。
この男に、阿久津さんの能力は温存するって……。
「すまない。……だが、この男、温存して勝てるような域には無いぞ、御仁」
「その通りぽよ」
阿久津さんの頭の上には、ポンタが乗っていた。
彼は頭上から飛び降りると、眩い光に包まれる。
着地した時には、すでに姿は変わっていて。
青い民族衣装が風に揺れた。
「あまり歴史を舐めるな男。ボクらと同種の力を持ち、ボクらの上を行く異能力者なんて、この星の歴史を遡れば一人や二人存在する。……なればこそ、劣る我らが出し惜しむことなど何もない」
「ポンタ……」
「……とでも言い訳しないと、この男の相手などやってはおれまい」
二人は霧矢ハチへと目を剥ける。
彼は顎に手を当てて考え込んでおり。
やがて、目を開いた彼に戦慄が走った。
だってその目は、金色に輝いていたから。
「冗談。俺も長らく生きてきたけど……ここまで無条件で発動できる盾は初めてだよ。今代……いや、先代の悪魔王、阿久津真央」
「…………」
霧矢の言葉に、阿久津さんは声を返さない。
ただ、鋭い視線を霧矢へと向け。
それを受けた彼は、あっけらかんと口にする。
「君たちの目的。それは、俺の想力切れだろう?」
その言葉に、僕は思わず歯を食いしばる。
カマをかけるだとか、そういうような発言じゃない。
この男は既に確信している。僕らの『もう一つの狙い』を。
「そこの二人を温存していたのは、単純に【攻守面での切り札】だったから。……だけどカイくん、君の考えそうなことだよね。君はとっても頭がいいんだ。きっと狙いは他にもある」
何もかも見透かされてやがる。
僕は思わず苦笑して。
「少しでも【本気で勝とうとしている】と思わせる。それが温存の理由その2」
霧矢は、淡々とその言葉を口にした。
僕たちの狙い。
もしも霧矢がボイドより強かった場合。
僕らの全員でかかっても勝てなかった場合。
……僕が考えるのは最悪の想定だ。
だからこそ、最悪のことを加味して僕は作戦を立案した。
……そうだよ霧矢。
僕らは誰一人として、おまえに敵わなくとも構わない。
僕はお前よりも、よく知っている。
此処に居る誰もが、チートもチート。
反則的な異能者集団。
そいつらの異能を複製することは。
イコール、それだけ消耗が激しいということ。
霧矢ハチは、すぐに金色の瞳を収める。
それを見て、僕は笑った。
これが僕の掲げた策。
まず、普通に戦って。
勝てそうなら、此処で勝つ。
無理に思えたその時は――ひたすら耐える。
そしてお前のガス欠を狙う。
とてもシンプル。
だからこそ臨機応変に動けるし。
得てして、シンプルな方が相手は嫌がるもんだ。
「どうした霧矢、僕からの贈り物……もっと喜んでくれよ」
「……善性だから良いものの、君、初代悪魔王より性格悪いよ」
霧矢はそう言い、息を吐く。
その顔から余裕は消えて、瞳に覚悟が映り込む。
「本当に……俺を止める気なんだね」
「無論」
僕の言葉に、霧矢は少し硬直し。
やがて、心底面白そうに笑い始めた。
それは、まるで少年のような笑い声。
霧矢……らしくないと言ってしまえばそれまでだけど。
不思議とその笑い声からは。
なんだか、嫌な予感がしたんだ。
半ば直感だった。
何の気なしに一歩、後ろに下がる。
――それと同時に、霧矢の拳が僕の腹を打ち抜いた。
「が……!?」
「すごいよね……本当に、俺を止められると思ってるんだ」
あまりの衝撃。あまりの痛み。
それは僕の耐えられる限界を、いとも容易く超えてきた。
胃液が逆流する。
意識が飛びそうになって、膝が折れる。
意志を無視して、僕の体は前のめりに倒れ始めて。
僕の周囲から、怒りが迸る。
「貴様――ッ!!」
その筆頭は、深淵竜ボイド。
彼女は激昂し、走り出す。
その姿に、制止の声を上げようとした。
だけど僕の声が届くより先に、霧矢が動いた。
「【時間停止・指定――思考能力】」
「……っ!?」
瞬間、目に見えてボイドの動きが鈍くなる。
な、なんだ……この力は。
時間の流れに対しての異能か。
……いいや、違う。そんな力じゃない、これは。
これは、敵対者の思考能力を停止させる能力だ。
「ボイド……ッ!!」
「……はっ!?」
僕の声に、ボイドの瞳に生気が戻る。
力技で異能を振り切ったか。
そのデタラメ加減には霧矢も辟易するだろうが。
やっとこさ、霧矢の攻撃がボイドに届いた。
「まず、一撃」
霧矢の掌が、ボイドの額を打ち抜いた。
彼女の体は大きく吹き飛ばされてゆくが、ボイドは何のダメージも見せずに着地する。
だけど……それでも。
額に手を触れ、ボイドはキレた。
「貴様……貴様ぁッ!!」
「【竜刻】……だったかい?」
ボイドの額には、青い紋章が浮かんでいる。
その光景に、背筋に冷や汗が伝った。
それはボイドの能力。
僕らの仲でも、トップクラスに消耗の激しい、因果操作の反則能力。
それを……この男、汗の一つもかいてないじゃねぇか……ッ!
「先に言っておくよ、ガス欠狙いは諦めることだ」
「……それより先に、僕らを潰す気か」
そういうと、彼は笑った。
それは言外の肯定で。
「君がシンプルな策で来るなら、俺もシンプルに行くまでさ」
その全身から、膨大な想力が吹き上がる。
……その量は、あのシオンをも遥かに超えていて。
全盛期の僕自身に、匹敵するほどの量だった。
「シンプルに、力でねじ伏せる。小細工は一切使わないよ」
……今から、僕らは知るのかもしれない。
悠久を生きた大賢者、その本当の実力を。
《現在の霧矢情報》
①40億年生き続けてきた肉体強度、近接戦闘能力。
②異能の域にすら達した膨大な知識量。
③見聞しただけで、ほぼ全ての能力を使用可能。
④灰村解に匹敵するだけの想力量。
《霧矢が使った能力》
①攻撃性の異能を無効化する両腕。
②瞬間移動・時間停止。
③周辺数十キロを一瞬で更地にする流星群。
④ボイドも膝をつく超磁場空間。
⑤神狼、廻天、指揮、崩壊、超加速、無刀一閃、竜刻……など。
…………よし、解然の闇を呼んで来よう!