447『万死の末路』
鮮やか万死を前にして。
シオンは一瞬、その男が誰だか分からなかった。
興味のないものは直ぐに忘れる。
シオンのそんな性格が、悪い方向に出てしまった。
だから、咄嗟の攻撃に反応が遅れて。
その瞬間を、鮮やか万死は見逃さなかった。
「取った――ッ!」
骨を硬質化させ、鋭い手刀を薙ぎ払う。
それは、一直線にシオンの首へと向かってゆき、その光景に万死は笑顔を深めた。
その、直後――。
「あ? そーいやお前、あの時のアイツか!」
思い出したような声とともに。
万死の顔面へと、シオンのカウンターが叩き込まれた。
鮮やか万死は凄まじい勢いで跳ね返されて、地面や壁に何度も跳ねながら飛ばされてゆく。
その首はおかしな方向へと捻れていたが、それは万死にとって即死とはなり得ぬ軽傷。
彼は勢いを殺して立ち上がると、首を回転させて元の状態へと無理やりに戻す。
すぐに癒着が始まり、1秒後には元通りの鮮やか万死が立っていた。
だが。
「……っ、僕を、見切った、だって?」
万死の中に、ひと握りの冷静さが戻った。
相対するのは赤髪の少女。
S級異能力者、シオン・ライアー。
かつて、なんの抵抗もなく鮮やか万死に殺された張本人。
(あの時のこの女は……圧倒的な弱者だったはず)
物の怪の寿命からすれば、ほんの瞬くような僅かな期間しか経っていない。
にも関わらず、冷静さを取り戻した万死から見て……その少女は【強敵】に映った。
「てめぇだな? カイの野郎が珍しく怒ってたのは! そりゃそうだぜ、なんたって、このオレ様、親分をぶっ殺した野郎だからな!」
「ほ、本当にそういう理由なのだろうか……」
「うるせぇう○こたれ! てめぇは黙ってやがれ!」
地面に転がる、う○こたれ侍。
もとい、灰燼の侍は苦笑しつつ、鮮やか万死へと視線を向ける。
対して、その視線を受けた万死は笑みを浮かべた。
そうだ、あの駒を使って強襲すれば。
前後から同時に迫れば、確実に殺せる。
たとえ、想力を使いすぎてあの侍が死んだとしても、喰らうのにわざわざ殺さなくて済むだけだ。無駄な労力が省ける。
まさに一石二鳥。
鮮やか万死は笑顔で口を開いて。
「……言っておくが、もう、お前には協力しない」
その言葉に、万死の笑顔は固まった。
「…………はぁ?」
「聞いたよ。あの時、あの瞬間……僕は確実に父さんに殺されたと思った。だけど殺したのは僕だった。……そこに違和感がなかったか、と聞かれれば首を横に振るよ」
その瞳を見て。万死は察した。
あぁ、この駒はもう使えない。
余計な悪知恵を吹き込まれたようだ。
万死の額に青筋が浮かぶ。
ならば、その悪知恵をこの侍に叩き込んだのはどこのどいつだ。
目の前の赤髪か?
いいや、違う。
「……灰村解。君は……どこまで僕をイラつかせるのかなぁ」
万死はその顔に憎悪を浮かべ。
それを見て、灰燼の侍は告げた。
「父さんはお前を殺せと言った。なら、今度こそ……父さんの意志を守ってみるさ」
「だ、そうだぜ! クソッタレ野郎!」
そう叫び、シオンの全身から銃火器が生まれ落ちる。
それらは無数の弾丸を撃ち放つ。
まるで、弾丸の津波。
超高密度の弾幕は一直線に万死へと迫り、それを前に、彼は目を細めた。
「うん、それが遺言でいいんだね」
かくして、彼の体から血の蒸気が溢れ出す。
灰村解の『異常稼働』と似て非なる力。
それを前に、攻めているはずのシオンは大きく目を見開いて。
万死は、その技を解禁する。
――その、刹那のこと。
「……ッ!?」
万死は、弾かれたように上空を見上げる。
直感に従ってその場を跳ねれば、直前まで彼のいた場所へと巨大な存在が降りてくる。
全身から吹き上がる蒸気。
マグマのように揺れ動く血液。
脈動する肉体。
その姿……他でもない鮮やか万死は、痛くなるほどに知っていた。
「……ッ、暴走列車、ナムダ・コルタナ……!」
【GOOOOOOOOOAAAAAAAAAA!!】
咆哮が大気を揺らす。
周囲の建物が咆哮だけで歪む中、鮮やか万死は本能的に理解した。
灰村解のことだ、暴走列車という切り札は最後の最後まで取っておくはず。
それが、この局面で現れた。
……と、いうことは。
「……ここで、僕を殺す気か」
込み上げてくるのは憎悪。
本当に……人の身でこの『死骨の王』を殺そうとしていることに、哀れみ通り越して憎悪を抱く。
馬鹿じゃないのか。
勝てる見込みなんてどこにもないと言うのに。
本当に、腹立たしい。
こんな程度で勝てると思っているその脳味噌に。
こんな程度で……危険を感じている、自分自身の情けなさに。
「……ッ」
それは、理知よりも先に本能で察した危機。
ここに居続ければ、まずいことになる。
そう理解した瞬間、鮮やか万死はシオンたちに背を向けて逃げ出していた。
「……! ま、待ちやがれこの野郎!」
背後からシオンの叫び声と、暴走列車の咆哮が聞こえてくる中。
鮮やか万死の歩みに、一切の迷いはなかった。
それは、格下相手に逃げることで傷つくプライドを、死ぬかもしれないという恐怖が上回った瞬間だった。
「僕はまだ……死にたくないッ!」
死なないためになら、なんだってやる。
格下相手にだってしっぽを巻いて逃げ出してやる。
その覚悟は、シオンやナムダが唯一想定していなかったものだった。
鮮やか万死は、強敵だ。
おそらく格上であろうと、二人は共に考えていた。にも関わらず……まさか、拳をまじえることも無く逃げ出すだなんて夢にも思わない。
「ちくしょうが! 速ぇな、クソが!」
あまりの速度にシオンが叫ぶ。
ナムダは大地を踏みしめ、一気に加速。
瞬く間に万死へと追いついたが、攻撃が触れる直前で回避され、さらなる裏路地の奥へと逃げ込まれてゆく。
「あはははは! やっぱり、僕はこんなところで死ぬ男じゃない! 鮮やか万死は終わらない! いつまでもそうさ!」
裏路地の奥を駆け、万死は叫ぶ。
自分は死なない、自分こそが最強である。
強迫観念とも呼べる自覚に、類まれなる『生き残る力』。それらが、万死の身体能力を向上させ始めていた。
精神力が身体に影響するのは、よくある話。
それが万死を、さらなる強さへと導いてゆく。
だが、万死が生き残ることに必死なように。
万死を殺すために、託された者もいる。
「【星は移りて矛盾なり】」
瞬間、感じ取ったのは違和感だった。
体に力が入らない。
代わりに、今まで不得意としていた防御面で、力が膨れ上がるのを感じた。
「――ッ」
咄嗟に察する、猛烈な殺意。
姿は見えず、気配も感じず。
それでも察した隠しきれぬ殺意。
万死は咄嗟に顔面への防御を回し。
「【逢魔神拳】」
その無防備な腹を、凶悪無比な拳が穿つ。
体内で、彼の本体たる骨が凄まじい勢いで砕けてゆく。
あまりの激痛に悲鳴をあげながら、万死はその場に崩れ落ちる。
衝撃があった。
強烈な威力があった。
にも関わらず、殴られた体はほとんど動いていない。
それはひとえに、全ての威力を1点に集中されたが故のものだった。
「ぐ、ぎっ、き、さまぁ……!!」
「ようやく追いついた。が……あまり、援軍は要らなかったと見えるな」
背後を振り返れば、ナムダとシオンが立っている。
前には、その二人をして『崩せない』鉄壁が、牙を剥いて立ち塞がる。
――死。
万死の瞳にその情景が浮かぶ。
「奥の手も、必殺技も、使う暇も与えない。お前は何もできずに死ぬだけさ、万死」
自分は死ぬ。ここで死ぬかもしれない。
思い切り歯を食いしばり、彼はその感情を排除するべく目を閉ざす。
だが、次第にその感情は……恐怖は、膨れ上がってくるばかり。
「こ、この! この……人間風情が!」
「その『風情』に殺される。なぁ万死、今、どんな気持ちだ?」
阿久津の声がひびき、万死は大地を蹴った。
それは、前でも後ろでもなく、上空へと向けた跳躍。
あまりの速度に三人は目を見開き、万死は眼前の希望へと手を伸ばす。
「死にたくない、死にたくない!!」
こんな所で死にたくない!
その気持ちだけが視界を埋め尽くす。
文字1色に塗り潰された、黒々しい視界の中。
……ふと、万死は人影を幻視した。
その男は、自分に背を向けて立っている。
万死は目を見開いて、男へと手を伸ばす。
後ろ姿だけで分かった。
忌々しく、憎たらしいその男。
彼は万死を振り返る。
それは、あくまでも万死が垣間見た幻視。
にも関わらず……否、だからこそ、なのかもしれない。
その少年は、満面の笑顔で『らしい』ことを口にした。
『下らねぇ死に様だな、ざまぁみやがれ』
ドクンッ、と、心臓が強く脈打った。
口から鮮血が溢れ出す。
激痛が身体中につきぬけて。
それが【毒】であると理解した瞬間、彼の身体中を強烈な憎悪が貫いた。
「灰村……ッ、解ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
貴様はどこまで邪魔をする!
なんという性格の悪さッ!
自分以上であるなどと。
鮮やか万死は、生まれて初めて思考した。
それもそのはず。
灰村解が、鮮やか万死へと調合した毒。
それは、致死率ゼロの劇毒だった。
時に痛みの種類を変えて、時に痛みの強度を変えて。
相手を永遠に苦しめるためだけに作られた毒だ。
そしてその毒は。
対象が心の底から死にたくないと思った時のみ、致死率100%の毒に化ける。
灰村解へと膨れ上がる憎悪。
されど、その憎悪も、死への恐怖が塗りつぶした。
死にたくない。
こんなところで。
まだまだ僕は、生きていたい。
もっと人を殺すんだ。
たくさんの絶望を味わうんだ。
いっぱいの憎悪に浸るんだ。
こんなところで、僕は――っ
「死にたく、ないなぁ……」
堕ちてゆく。
どこまでも、沈んでゆく。
その果ては冥府か地獄か、煉獄か。
鮮やか万死は、死の間際。
自分の足を引きずり下ろす、無数の亡者を垣間見た。