442『涙』
この場面をずっと描きたかった。
悲しい少女だと。
少なくとも私はそう思ったよ、六紗優。
私はお前に同情した。
なんという不遇。
なんという不幸。
ただ、力に恵まれただけ。
それがここまで人を苦しめたのを、私は生まれてこの方、見たことがなかった。
親を殺し。
友を殺し。
やめてくれと泣き叫んでも。
自分の力は止まってくれない。
自分に出来るのは、目の前で殺されていく親族を見つめることだけ。
最期の瞬間に吐き出されたであろう怨嗟の声と、絶望の声。
きっとそれは、少女の心に突き刺さっている。
どこまでも深く刻まれた言葉。
それは、永劫に癒せるものでは無い。
死ぬまでずっと付きまとう呪い。
私は思う。
「おい勇者、貴様は……なぜ戦う?」
ある日、裏路地で。
私はその少女へと問うた。
世界を渡り、特異世界クラウディアを離れた私へ、この少女はなんの迷いもなくついてきた。追いかけてきた。
私がいなければ、特異世界クラウディアは平和であろうに。
その少女に、一切の躊躇いはなかったように思う。
何故だ?
何故、そこまでして戦おうとするのだ。
私は問うた。
少女は、奥歯をかみ締め、叫んで返す。
「わ、私は……私は負けられないのよッ!」
その言葉には、悲痛さがあった。
負けられない。
それは使命感からでは無いだろう。
負ければ、自分の存在意義がなくなってしまう。なんのために生きてきたのか。なんのために無数の死の上に立ち続けているのか。……その意味も意義も、失ってしまう。
だからこその、負けられない。
「私が負けたら……世界はあなたのモノになってしまう……そんなことは絶対にさせない! 世界を……不幸にしてたまるもんですか……ッ!」
きっと、それが六紗優の生きる理由。
そんな理由をつけねば生きていくことも出来ない。
――誰かの役に立て。誰かを助けろ。
それは使命感とも呼べぬ、ただの焦燥感。
誰かの役に立っていなければ。
自分に、生きる価値無し。
まるで、自分の生に対する意味付けに、生き急いでいるような感じがした。
私は哀しくなった。
そして、私は思うのだ。
この少女は……もっと、違う生き方をするべきなのだと。
だから、私は笑った。
私は悪しき魔王。
あくまでも、貴様の敵で構わない。
だから、お前はここで負けてくれ。
「夢は力が伴ってこそ、現実足り得るのだ。……お前にはその力がなかった」
私はお前に勝つよ、六代目。
それが、私の悪魔王としての役目。
お前を負かして、呪いを解く。
私はお前を、救いたい。
「己が運命を呪うんだな」
そのまま生きていたかったろう。
だけど、それはもう叶わない。
私に出会ってしまったこと。
その運命を、呪って負けろ。六紗優。
☆☆☆
「はァァァァァァッ!!」
無数の拳が大気を穿つ。
絶対防御が反転したそれは、一撃一撃が必殺の威力を誇っている。
対し、六紗の周りに浮かぶ無数の焔。
それらは彼女の体を守るように拳を防ぐが、それでも攻撃を無効化できた訳では無い。
「……ッ」
六紗の口から、小さな悲鳴が漏れる。
その体はたたらを踏むように後退る。
全身には少なくない傷跡が刻まれており、その光景に阿久津は歯噛みしつつ足を踏み出す。
「フンッッ!!」
大地を砕くような踏み込みと、下から突き上げるような正拳突き。
咄嗟にガードに回された炎と両腕を貫通し、その一撃は深々と六紗へ突き刺さる。
「が……!?」
口から鮮血が吹き上がる。
阿久津の頬に鮮血が跡を残し、彼女は歯を食いしばって拳を振り抜く。
六紗は弾かれるように吹き飛んでゆき、高層ビルへと突き刺さる。
あまりの衝撃にその建物は崩れ落ち、倒れた六紗はその下敷きとなって消えてゆく。
その光景を、阿久津は荒い息を吐いて見つめていた。
「はぁ、はぁっ……」
既に、戦闘開始から10分近くが経過していた。
既に、どれだけ殴ったか。
少なくとも、百や二百ではきかぬだろう。
一撃必殺とは、その名の通りだ。
それをそれだけ浴びせてもなお……戦いは続いている。
その理由は、阿久津の【防御】に匹敵するほど、六紗優の誇る【攻撃力】が高かったということが一つ。
そして、もう一つの理由は――。
「……不死の化け物、だったか。5代目よ」
崩れ落ちたビルの中から、青い炎柱が立ち上る。
そのビルは無数の瓦礫となって吹き飛んでゆき、迫り来る瓦礫を阿久津は両の拳でたたき落とした。
顔を上げる。
前を見れば、炎柱の中から一人の少女が姿を現す。
その黒髪は風に揺れ。
ドレスの端には青い炎が燃ゆる。
全身の傷は、逆再生のように消えてゆく。
『アレを確保するのは、骨が折れたよ』
力の使い方を覚えるより前。
年齢が1桁であった六紗優を捕らえる際ですら、特異世界クラウディアの異能力者はかなりの痛手を負わされた。
そう語った【5代目】の言葉を、阿久津は今になって思い出す。
そして、遅ばせながら理解する。
この少女は……当時の強さから進化している。
純粋に、肉体的な成長で力を引き出せる『底』が深まったのか。
あるいは……異能力者としての活動が……鍛錬が、経験が、そのまま暴走状態の強さに加算されているのかもしれない。
いずれにしても、この少女は強い。
おそらく、特異世界クラウディアの全異能力者を総動員したとて、止められるかも分からない。
そういうレベルに、達しつつある。
「……分かっていたさ。いつだって、勇者を止めるのは魔王の役目だからな」
阿久津は大きく息を吐く。
量の拳を握りしめ、前を向く。
「此処で倒す、お前を救う」
どこの時代に、勇者を救おうとする魔王が居たか。
そう考えて苦笑したくもなるけれど。
笑ってられる時期は、とうに過ぎた。
一部の隙もなく余力を振り絞れ。
ここから先、一切の集中を切らすな。
ここまで、第二異能を使い続けてきた。
想力は第壱巻の補助でまだ残っていても、集中力が切れては全てが泡沫に散る。
ここから先は、自分との戦い。
どれだけ六紗が悲鳴をあげようと。
どれだけ血を流そうと。
どれだけ哀しみに溺れようと。
少女が目を醒ますまで、もう止まらない。
救いたいなら、殴れ。
容赦なく叩き潰せ。
自分は悪魔王。
器用なやり方など出来はしない。
自分に出来る方法で。
目の前の、一人の少女を救い出す。
「たったの一人も救えずに、何が悪魔王か」
阿久津は大地を踏みしめる。
凄まじい勢いで彼女の体は加速し、一瞬にして六紗の目の前へと現る。
その光景に、六紗は大量の炎で迎撃するが。
されど、阿久津はそれら全てを両拳の乱打で吹き飛ばす。
「はァァァァァァァッッ!!」
瞬く間に数十発の拳が乱れる。
炎は瞬く間に消し飛び、後方へと飛び退く六紗の『顎』を、的確に阿久津の拳が撃ち抜いた。
脳が揺れ、暴走状態の身体に歪みが生じる。
――脳震盪。
体は硬直し、体勢は崩れ、倒れ始める。
それは、初めて見えた暴走状態の綻び。
どれだけ回復しようとも。
人体の弱点は、何も変わらない。
その腹を思い切り蹴りあげた阿久津は、上空へと飛んでゆくその姿に目を細めた。
「回復するならば、回復が追いつかぬ速度で攻撃するまで……ッ」
そして、回復にも絶対に限界がある。
どれだけ不死身に見えようと、それも突き詰めれば異能でしかない。
回復に使っている想力が尽きれば、六紗優は敗北する。
ならば、それまで。
自分の集中力が尽きるより先に。
「余力を、削り切るッ!」
阿久津は上空へと跳ねた。
と同時に、はるか上空にいた六紗へと回し蹴りを叩き込む阿久津が、そこには居た。
凄まじい衝撃が上空で響く。
六紗の身体中から嫌な音が響き渡る。
阿久津は目を閉じ、その音に拳を血が流れるほど握りしめる。
奥歯はガッチリと噛み締められ、その顔からは六紗以上の苦痛が見える。
「ら、ァッ!!」
それでも、止めない。
ここで止まる訳にはいかない。
護れ。
たとえ、どんな恨みを買ったとしても。
この少女を不幸の中に沈ませるな。
手を引け、乱暴にでも。
この少女を縛る呪いを、ぶっ壊せ。
それが自分のすべきこと。
「目を醒ませ、六代目勇者、六紗優ッ!!」
蹴りを振り抜く。
六紗の体は地上へと突き刺さる。
大地が波打つように揺れ、周辺が崩壊してゆく。
遠くから悲鳴が聞こえてくる中。
阿久津は、空中を蹴って地上へ急いだ。
一切の、息つく間を与えない。
連続で攻撃し続ける。
集中力が切れるまで。
……いいや、違う。
この少女を、救えるまでだ。
「お前には、もう誰も殺させない」
地上を見据えれば、六紗は仰向けに倒れていた。
うつろな瞳が阿久津を見上げる。
阿久津は奥歯をかみ締めて、一気に加速した。
目論見通り、六紗の回復速度は遅くなっている。
腕はあらぬ方向へと折れて、口からは絶え間なく血液が溢れだしている。
青い炎も勢いが弱まり、既に決着は目と鼻の先だと確信できた。
距離は縮まり、ゼロになる。
阿久津は、六紗の眼前で拳を振り上げる。
百戦錬磨の戦いの経験が告げていた。
今から放つ攻撃の傷を癒せば、六紗の回復能力は【打ち止め】になる、と。
故にそれは、勇者と魔王の決着を意味する拳。
長らく続いた闘争に、終止符を打つもの。
故に、その拳に宿っていた想いは、威力は、今までの比ではない。
「これが、最後だ」
ギリギリと振り上げられた拳は、やがて六紗の顔面へと振り下ろされる。
その拳に一切の迷いはなく。
集中の奥底まで沈みこんだ阿久津は、本能の部分で理解した。
この拳は、確実に直撃する。
事実、その拳は六紗の頭部へと吸い込まれてゆく。
その光景に、六紗は無表情。
虚ろな瞳で虚空を見上げるばかりで。
だからこそ。
六紗の頬を流れた【涙】は、あまりに唐突だった。
「……ッ!?」
阿久津に走り抜ける動揺。
今まで、悲鳴以外の一切を発さなかった六紗優が、涙を流した。
その事実は、拳に歪みを生じさせた。
それは、咄嗟の反応。
阿久津本人も意図せぬ、不具合。
六紗に対する同情。
彼女を救いたいという、強い想い。
本来なら戦いに持ち込むべきではない、暖かくて大切な感情。
悪魔王の優しさが、毒となってその拳を鈍らせた。
拳から勢いが失せる。
意識が削がれ、集中力は一瞬で霧散した。
「…………っ!!」
マズいと理解した時には、既に手遅れ。
六紗の全身から、蒼い炎が吹き上がる。
彼女は拳に力を込めるが、既に、先程までの威力は宿らない。
集中力が切れたということは。
今まで展開していた『第二異能』が、解除されてしまったということ。
「まず……ッ!」
既に、振り下ろしていた拳は止まらない。
臨界天魔眼を発動しようにも、既に炎は触れる直前。
防御も回避も、間に合わない。
何もかもが、手遅れ過ぎた。
「敵は、殺す」
無機質な声が響いた。
阿久津は大きく目を見開いて。
蒼き炎は、阿久津の体を飲み込んでゆく。
それは、絶対的な死の炎。
絶対に破れぬ盾を持った阿久津が、初めて明確に耳にした……死の足音。
恐怖が心に影を落とす。
だが、それでも彼女は屈しない。
禁忌の炎を目前に、拳を握りしめる。
「こんな、ところでは……ッ!」
炎に掻き消される寸前。
悪魔王は、悔しさに歯を食いしばり。
「【消滅】」
懐かしい【想力】が、その場に弾けた。
目の前で、炎の限りが消えてゆく。
気がつけば、阿久津は1人の少年に抱えられていて、その少年を見上げて彼女らは目を見開く。
黒髪に、青い瞳。
どこにでもいるような少年の姿が。
今は、誰より心強かった。
「ありがとう。助けに来たよ、阿久津さん」
灰村解、此処に現着。
成志川、ポンタ、阿久津さん。
みんなが、繋いでくれたもの。
彼ら彼女らが、必死になって継いできたもの。
今、受け取った。
ここから先は、僕の出番だ。
次回【禁忌の劫略者】