439『両雄、立つ』
「はぁっ、はぁ……はぁっ」
息を荒らげ、胸を抑えて膝を着く。
身体中からの流血は、シオンの能力で止めてもらったが……それも『完全に』ではなく、加えてダメージが回復した訳でもない。
灰燼に八つ裂きにされた傷跡は健在だし、いかに痛みを麻痺させようと、激痛は激痛だ。キツいなんてもんじゃない。
「……にしても」
僕は、カバンの中に突っ込まれた【零】巻を見て息を吐く。
戦いが始まる直前。
隠しておいた【黒歴史ノート】を、それぞれの所有者に念の為に貸し与えた。
阿久津さんには壱巻を、シオンには肆巻を、成志川には参巻を、ナムダに拾巻を。
そして、僕は第零巻を。
それは、もしも万が一、ピンチになった時の奥の手として渡したもの。
黒歴史ノートを渡すとか……一時的なものでも断腸の思いだったが、持って来てよかったね、第零巻。
でなけりゃ、せっかく想力が戻っても技能も異能も使えないところだった。
そうこう考えていると、乱暴な足跡が聞こえた。
「おう、カイ! コイツ生きてたぜ! しぶてぇ野郎だな! ぶっ殺すか!」
「やめなさい、シオン」
そちらを見れば、瓦礫の下から灰燼を引っ張り出してきたシオンがいた。
彼女は灰燼を引きずりながら胸を張り、その光景に僕は思わず苦笑する。
「シオン……お前はそいつを、爺ちゃんのいる病院にまで連れてってくれ」
「あ? カイ……お前、自分がどれだけヤベぇのか、分かってねぇわけじゃねぇだろ?」
シオンは顔を顰めてそう問うて。
僕は、彼女に対して微笑んだ。
「頼む、シオン」
遠方へと視線を向ける。
いつの間にか、戦闘の音は消えていた。
視線の先で、上空へと【蒼い炎】が吹き上がる。
先程まで視えていた、眩い光が消えて。
ドス黒い、冷たい氷のような光が溢れ出す。
「……おい、カイ。一つ忠告だぜ。アレはヤベぇ。近づかねぇ方がいい。何が何だか知らねぇが……万死とは比べ物にならねぇ感じがするぜ」
「同感だな」
見ただけで分かる危険性。
今から、その中に行こうとしているのだから笑えてくるよな。
僕は思わず頬を緩めて。
されど、瞳に一種の覚悟を灯した。
「だけど、行かなきゃいけない」
そこに救えるものがあるのなら。
僕は、なんの迷いもなく一歩を踏み出す。
この傷跡が、そう教えてくれた。
きっと灰村解は、そういう風に出来ている。
そこはもう、どうやったって曲がらない。
☆☆☆
その炎は、絶望の青き炎。
全てを燃やし尽くす悪魔の力。
呪いの如き、死の炎。
成志川は、察した。
それを躱す術はない、と。
言霊で転移しようにも、今の想力量では飛距離は限られる。
仮にこの攻撃を避けられたとしても……間違いなく第2射が来る。
今の六紗優からは、一撃必殺の威力を連発できるだけの力を感じた。
「く、そ……ッ」
「こんな所で……終わらないぽよ!!」
成志川と、ポンタは叫ぶ。
負けたくない、死にたくない。
こんな所で終わりたくない。
なによりも。
ここで死んでしまったら。
六紗優に、仲間殺しを背負わせることになる。
それだけは、絶対に避ける。
それが、その瞬間における二人の共通認識であった。
「真正面から……威力を殺すッ!」
それは、鮮やか万死の模倣だった。
どれだけ個の力が優れていようと。
迫り来る剛には、柔を持って制すれば良い。
真正面から打ち勝てないなら。
その威力を低減することだけに、全力を尽くす。
「【略式】ッ!!」
成志川は叫び、全身からありったけの想力を尽くし出す。
「【我が神よ。この身を捧げ、私は一時、破壊と化そう】」
それは、略式の正式詠唱。
長文の末に初めて具現できる超一撃。
それを、成志川はこの一瞬で成立させた。
それは正しく、天才の所業。
「【希望を持つことなかれ。……恐れることなかれ】」
その死はここに、確立された。
成志川は右手を掲げ。
そして、紅蓮の太陽が上空へと浮かび上がる。
それを見て、ポンタは大きく目を見開き。
成志川は、最後の力を振り絞る。
「我が声を、手向けと贈ろう【我が太陽に讃美歌を】」
そして――太陽が、落ちる。
成志川景、史上最大の超威力。
それを【妨害】に回さざるを得ないほどに、六紗の放った炎は劇的で。
その太陽すら飲み込むほどに、その炎は悪夢的であった。
「……ッ!?」
放った太陽が、目の前で消失する。
威力すら発揮できず。
ただ、喰われた。
その事実に成志川は唖然とした。
「……ッ、ダメ……なのか」
二人へと、その蒼い炎が迫り来る。
それは、死の炎。
抗い難い終焉の光景。
「……はは、ごめんね……エニグマ、灰村くん」
その刹那、死を理解して。
成志川景は、笑って目を閉ざす。
自分はここで死ぬ。
何も出来ずに殺される。
だけど、それでも。
「……せめて、ポンタだけは」
救える命だけは、救いたい。
成志川の声に、ポンタは驚き、彼を見上げる。
「――!? な、なにを……」
「悪いなポンタ。……お前は生きろ」
そうして、成志川はポンタを振りかぶる。
彼の口から放たれたのは、想力の限りを振り絞った最後の言葉。
「【僕は強い】」
そして、ポンタを投げ飛ばす。
常軌を逸した腕力から放たれたポンタは、一瞬で炎の攻撃範囲外へと消えてゆく。
その光景を見て、成志川は笑って膝をつく。
既に、想力は底を尽きた。
目の前には触れるだけで喰われる炎。
もはや、万策は尽きて。
成志川は、死を理解した。
熱気が肌を焼き。
青い炎が、鼻先をかすめる。
衣服の一部が炎に喰われ。
激痛と鮮血が、視界を埋め尽くした。
その、直後のこと。
「ふむ。相当厄介なことになっていると見た」
凛と、声が響いた。
瞬間、蒼い炎が霧散する。
成志川は大きく目を見開く。
気がつけば、彼の目の前には白髪の女性が立っていた。
「……!? お、お前は……」
「久しいな、妄言使いとやら。次に会った時は、御仁に攻撃したこと……土下座させてやろうと考えていたが」
――どうやら、それどころでは無いらしい。
その女性は、片手に持っていた買い物袋を地面へと置く。
そして、成志川を振り返る。
その瞳は、輝かしい金色に煌めいていた。
「あ、【悪魔王】……阿久津真央!」
その名を呼ばれ、彼女は笑みを深める。
「久しいな……その名で呼ばれるのは何時ぶりか。……まぁよい。して妄言使い。この勇者……正気を失っているのであれば――ここで潰すが、問題ないか?」
瞬間、彼女の体から膨大な想力が吹き上がる。
懐から取り出すのは、【壱】の黒歴史ノート。
「……っ、そ、それは……」
「……ふむ。言っては見たが、本当に潰してしまえば御仁が怒りそうだ。なので、死なない程度に潰すとしよう」
風に黒いコートが揺れる。
彼女は右目に手を添えて、前を見すえて魔法陣を展開する。
「【臨界天魔眼】」
それは、世界最硬の絶対防御。
ありとあらゆるものを無条件で反射する力。
それを前に、六紗の表情は歪むことなく。
それを見て、今代の悪魔王は笑って告げる。
「さて勇者……そろそろ、我らの決着もつけようか」
そして、勇者と魔王の最後の戦いが幕を開ける。
《阿久津さんが援軍に来た経緯》
①最近、御仁が神妙な顔をしている。
②もしや何か悩みがあるのでは?
③聞くのも何だし、美味しいモノでも作って食べてもらおう。
④シオン、冷蔵庫の中のモノ食べ尽くす事件発生!
⑤憤慨する阿久津さん、胸を張って威張るシオン!
⑥御仁は朝から居ないし……仕方ない。自分で買い物に行くか。
⑦買い物の途中で顔バレ。指名手配犯として追われる。
⑧逃げた先で、成志川大ピンチ←今ここ。
というわけで、次回【悪魔王】
買い物ついでに、悪魔王が表舞台に登壇する。