428『妄言VS狂気』
1時間早巻き投稿。
妄想の世界。
成志川景を中心として広がる其処で。
死骨の王、鮮やか万死は笑顔で吠えた。
「くヒィッ、はっはぁあああああああッッ!!」
彼が放つは、無数の斬撃。
それらは一撃一撃が即死級。
触れるだけで四肢が吹き飛び、直撃すれば細胞一片も残らず消える。
切裂く……というより、叩き潰すに近しい攻撃だ。
それに対するは、酷く冷静な成志川。
彼は大剣を構えると、たった一言口を開いた。
「【全て逸れる】」
瞬間、彼へと向けられた斬撃がすべて別方向へとそれてゆき、成志川の立つ周辺が粉微塵に崩れ落ちる。
足場にしていた建物が崩壊する。
鮮やか万死は思わず舌打ちをして……次の瞬間、目の前から成志川景は消え失せていた。
「な……!?」
「笑ってられるのは、今が最期だったな」
背後からの声。
思わずふりかえった鮮やか万死は、直後、背中へと深深と突き刺さった拳に痛みを浮かべる。
「ぐ……!?」
「痛みはあるようだな、安心したよ」
背後で、成志川景は第二射の拳を構える。
それを前に、万死は両手を眼前へと構え、途中から骨の壁を召喚する。
それは、限りなく自身の【硬度】に近づけた、無類の強度を誇る骨の壁。
されどその壁を、成志川の拳は簡単に貫いた。
「人には相応の死に方がある。貴様は、存分に痛み、苦しみ、その果てに溺死しろ」
拳が万死の頬を抉る。
その体は大きく吹き飛ばされて上空へと向かい、そして、成志川は屋上を蹴った。
まるで瞬間移動のように、彼の姿は万死の頭上へと移動して。
焦る万死へ、思い切り右足を振り落とす。
「それがお前に、相応しい」
そして、一閃。
万死のガードすら貫通し、その体へと深々と右足が突き刺さる。
「が……!?」
短い悲鳴。
万死は一直線に眼下のアスファルトへと突き刺さり、それを傍目に成志川は着地する。
前方を見れば、万死は口から吐血し、大の字になって倒れていた。
「がほっ……、あぁ……嫌になるくらい強いなぁ。困った。これはとっても困ったぞ」
困ったといいながら。
それでも、その顔には一切の負の感情は浮かんでいなかった。
まるで、なにか大切なものが抜け落ちたような虚無。どこまでも広がる無表情だけがそこにはあった。
「貴様……」
「もしかして、他のみんなも君くらい強いのかな? だとしたら……本当に困った。さすがの僕も、全員をぶっ殺すのは無理かもしれない。それだけの強さだよ、君。本心から言うけれど、誇っていいよ」
ムクリと、男は立ち上がる。
その姿に目を細め、成志川は大剣を構える。
やはりこの男……この程度で終わる器ではない。
全身から吹き上がる、言語化の出来ない瘴気のようなもの。それは、見る者が幻視した光景に他ならない。
それでも強いて言葉に嵌めるとすれば、恐怖を具現化すればあのような光景になるのだろうと、成志川は思った。
「君は……全盛のコレに勝ったのか、灰村くん」
今一度、少年への尊敬を覚えずには居られない。
あまりの威圧感に、空間が歪む。
自分が神に等しいこの空間で。
佇まい一つで、気圧された。
それが何よりの異常事態を示している。
「……この状態で、ようやくマトモに戦える、って感じかな」
頬をひきつらせてそう呟き。
彼の目の先で、男は顔を上げ、告げる。
「殺す」
何よりも明確な殺意。
それを前に、さしもの成志川でさえも恐怖した。
それは、理性よりも本能で知覚した、とても原始的な恐怖。
この男は、本気で自分を殺す気だ。
そう理解した瞬間、成志川は大剣を握る手に力を込め直す。
「悪いがそれは叶わない。お前はここで死ぬからだ、鮮やか万死」
「あ、そう。じゃあ死ね」
そう言って。
鮮やか万死は、一息で成志川の懐まで踏み込んだ。
恐るべき速度……だがしかし、今の成志川にとって見切れないほどじゃない。
剣と剣。
二つの斬撃が真正面から対峙し、凄まじい衝撃が周囲の建物を壊してゆく。
遠くから悲鳴が聞こえてくる中。
成志川は、歯を食いしばって大剣を握る。
「ぐ、ぐ……ッ!」
「辛そうだねぇ。どうしたのかな?」
目の前から声がする。
目の前を睨めば、鮮やか万死は限界まで目を剥き、成志川を見つめていた。
「答えは簡単。その状態は長く続かないんだろう?」
万死の前蹴りが成志川の腹を撃ち抜く。
あまりの一撃に思わずたたらを踏みつつも、それでも視線はそらさない。
鮮やか万死は剣を片手に1歩踏み出し……次の瞬間、その顔が横からの衝撃に歪む。
「ぐ……っ」
「……もしかして、見えてなかったのか?」
前蹴りを食らったと同時に、放った右のフック。
それは万死の顔面を的確に捉えており、口から血を吐いた万死はさらなる殺意を漲らせる。
「がァッ!!」
短く吠えて、血戒を発動する。
――【無窮の洛陽】。
その力は、ありとあらゆる死に介入する力。
自分の死、他人の死。
どころか今までに殺してきた『死』にすら介入し、それらの死骨すら操れる。
「【死徘徊の宴】ィ!」
地面から無数の『骸骨』が現れる。
それを見た成志川は顔を歪め、鮮やか万死は笑みを深める。
「僕がこれまで殺してきた……その一端! 軽く500体は居るかなぁ!」
「……外道が」
それは、死霊の軍勢。
無数のスケルトンが列を成し、成志川へと迫る。
中には、明らかに人間ではないスケルトンや、……子供と思しき骸骨の姿まである。
成志川は思い切り歯を食いしばると、前を向き、叫ぶ。
「オーガーッッ!!」
『グァァァッ!!』
上空から声が響き、スケルトンたちの中心へと大鬼が落ちてくる。
その衝撃で多くのスケルトンが砕けてゆく。
その光景に奥歯をかみ締めながら、成志川はオーガーに叫ぶ。
「僕はあの男を! お前はその間、スケルトンを頼む!」
『グァァァッ!!』
答えるように、大鬼は周囲のスケルトンを破壊し始める。
成志川は万死へと視線を向ける。
既に最初の位置から姿は消していたが……その居場所は、常に空間把握で察している。
「きっ、はぁっ!」
笑みの交じった声が聞こえ、成志川は背後へと大剣を振るう。
奇しくも剣を迎え撃つような格好となり、周囲へと再び衝撃がつき抜ける。
「あぁ、あぁ!! なんてことだ、可哀想に!! なんてことをするんだ成志川ぁ! 彼らに罪はない! 中には子供だっているんだよォ!!」
それは悲痛な慟哭にすら聞こえた。
だが、その一言が、成志川景を完全に怒らせた。
「それをッ! 貴様が殺したのだろうがッッ!!」
怒り満面に、大剣を振るう成志川。
その威力に万死は逆らうことなく吹き飛ばされて、再び骨の中に姿を眩ませる。
「灰村くんが……貴様を嫌う理由を、今、本当の意味で理解した! 貴様は他者を顧みない! 平然と誰かを殺す! 己が愉悦のためにッ!!」
「えっ、それが普通でしょ。何言ってるのかな?」
骨の中から響いた声に、奥歯が砕けた。
体の中に吹き上がる怒り。
それを知覚した成志川は息を吐く。
(……落ち着け、この勢いは、相手の思うつぼだ)
先程、万死が言ったことを思い出す。
――その状態は長くは続かない。
それは何より正確に的を射ていた。
成志川は比較的想力に恵まれた方だ。
無論、灰村解や、シオン・ライアーといった規格外は居るにせよ、彼らを除けばかなり高位の想力量を保持している。
だが、それでもなお【第二異能】というものは消耗が大きかった。
そも、【妄言此処に極まれり】という力でさえも常軌を逸した想力消費をしているのだ。そこに第二異能が加わった今……本気を出せる時間は、有限だ。
(冷静に……そして、確実に、相手を殺す)
この男にも、なにか狂気の理由があるのかもしれない。
そういう【情け】は今この瞬間、叩き潰して捨て去った。
「――もはや、容赦を掛ける余地も無し」
「うわぁ、容赦してくれてたんだァ。お前……灰村解より気持ち悪いね」
骨の中から万死の瞳がこちらを捉える。
成志川は大剣を構え、最後の攻防に想力を込める。
「【この勝利を、我が紅蓮の太陽に捧ぐ】」
少年は、命を賭ける。
初めて出来た、たった一人の親友のために。
☆☆☆
崩れた廃墟の中心で。
僕は、後方……街の方へと視線を向ける。
この距離でも聞こえてくる衝撃に、崩れる建物の数々。
「おうおう……これまた派手にやってるな……」
一瞬でビルが切り裂かれるとか。
戦闘の衝撃がここまで伝わってくるとか。
正直……頭イカレてると思います。
うーん……。あんな中に入って行ったら、一瞬で殺されそうだなぁ。
なんにも出来ずに刻まれる気がする。
というか、万死も毒に侵されてるはずなのに、まだあれだけ戦えるのかよ……。
「相変わらず、反則野郎しか居ないんだよな」
そんな感想を抱きつつ、僕は前方へと視線を戻す。
炎の大鎌を低く構えて。
首を傾げて問いかける。
「で、その程度か? 灰燼の侍」
僕の声に、その男は身を震わせる。
僕を見上げる瞳には恐怖が宿っている。
「な、なんで……どうしてでござるか! こ、この前は、一分も、能力が……!」
あぁ……3日前の話をしてるのか?
確かにあの時は、能力に慣れてなかったからな。
だから、あんな中途半端な力しか示せなかった。
だけど、安心しろよ灰燼。
僕はまだまだ、活動限界には程遠い。
大鎌を振るえば、男は咄嗟に居合の構えを取る。
「もう、説得とかはしないよ。ただ、存分に抵抗しろ。僕は油断もしないし、慢心もしないし、容赦もしない」
僕がすべきは、お前を倒すこと。
安心しろよ、殺しはしない。
爺ちゃんの前に引きずっていかなきゃならないからな。
そのために僕は。
全身全霊で――お前を倒す。
僕は紅蓮の大鎌を構え、告げる。
「お前を、殴る」
成志川、ちょっと待ってろ。
今こいつをぶん殴って、助けに行くから。