424『決戦の刻』
その少年が、少しおかしいことは察していた。
特に、これといった根拠はない。
ただ、何かがおかしいと考えていた。
それは、直感でしか無かったけれど。
間違いないと、僕は思った。
「決戦は一週間後だぜ! 聞いたかオイ! 忘れんじゃねぇぞ、一週間後って、七日後だかんな!」
赤髪の少女が覚えたての言葉を自慢げに言ってくる中、僕は生返事を返す他ない。
その少年の横顔を見れば、嫌な予感しか感じなかったからだ。
なにか、違う気がする。
その言葉を鵜呑みにしてはいけない気がする。
咄嗟に、少年へと口を開こうとした。
だけど、出来なかった。
思い詰めたようなその表情が。
僕に問いかけることを許さなかった。
あぁ、灰村くん。
君は、何も言ってはくれないんだね。
少し哀しく思った。
だけど、そういう人だと知っている。
僕らを頼らないわけじゃない。
異能者殺しの時だって、頼ってくれた。
だけど彼はきっと、本当に危険な時は何も言ってはくれないのだ。
そう考えて、僕は苦笑する。
「やっぱり君は、優しいね」
「は? なんだよお前」
灰村解は、呆れたようにそう言って。
僕は、首を横に振って言葉を返した。
「いいや、僕も……親友として応えないとね」
☆☆☆
3日なんてあっという間に過ぎ去った。
『ぜぇ、はぁっ、ぜぇ……』
僕の視線の先で、あの解然の闇が息を荒らげて立っていた。
他を見ると、守護者のほとんどが頭に大きなたんこぶを作ってぶっ倒れている。
ボイドに至ってはたんこぶを3つほど作ってしくしく泣いていた。
『おっ、おお、お前っ! す、少しは……こう、手を抜こうとか、そういう気は無いのか!? 貴様に付き合わされる我らの気持ちを考えろ!』
「は? 創作物が……作者に対して生意気な」
僕は拳を鳴らしながらそう言うと、解然の闇は頬を引き攣らせる。
現実世界での3日間。
この世界においては……もう数えるのも億劫になるほどの時間をコイツらと戦ってきた。
解然の闇には、全敗。
攻撃も1度たりとも掠らなかった。
深淵竜ボイドにも、全敗。
ただし3発だけ思いっきり叩き込めた。
他の守護者たちもかなり強くなっていた。
最初の全敗続きが祟って、最終的な戦績は負け越しになるのだろうが、最後の方は連勝していたので良しとする。
といっても、闇の王の力だけで戦ってきたわけじゃない。要所要所で【限定憑依】も使ってきた。
そして、場合によってはその先もな。
……じゃなきなゃ、あのボイドに3発も叩き込めないっての。
「お、王よ! そろそろ止めましょう! 我らも王に暴力を振るうのは心が痛みますし、王の拳はちょっと尋常ではなく痛いです! そう! それこそ防御を貫通してくる感じの拳です!」
「最高じゃないか」
ボイドの叫びにそう返し、力を解除する。
僕の体から白銀色の光が飛び出してゆき、再び胸の中へと戻ってゆく。
拳を握る。
まぁ……なんだ。
感謝するよ、お前ら。
お前たちのおかげで、僕は3日前よりも、少し先の場所まで辿りつけた。
今の僕なら、難なくアイツらをぶん殴れそうだ。
そう考えて、久方ぶりに僕のレベルを確認する。
僅かに使える鑑定技能。
それで探った以前のレベルは120。
対し、今の僕のステータスを確認して……僕は、思わず笑ってしまう。
「……さて、そろそろ戻るか」
何だかこっちで多くの時を過ごしすぎたせいか、現実世界の記憶が曖昧だ。
たしか、万死に対する対策を立てつつ、学園祭の準備に勤しんでいた気がしたが……。
とりあえず、悪いなお前ら。
今日は、学校はズル休みさせてもらうよ。
僕は解然の闇への振り返ると。
彼は、呆れたように肩を竦めた。
『まさか、我の力を借りようなど……』
「借りねぇよ、一方的に使うだけだ」
誰がお前に頭下げてまでお願いしなきゃなんねぇんだよ。
僕はただ、上から目線で命令するだけだ。
力を使え、と。
そんな言葉に、奴は大きく息を吐く。
『全く……実に傲慢。だが、それでこそ我らが創造主に相応しい』
彼は指を鳴らす。
と同時に、僕の足元へと転移の魔法陣が浮かび上がる。
『それは、決戦場への直通だ。次に目を開いた先は、血で血を洗う地獄だろう』
まぁ……な。
どちらを相手するにせよ。
あるいは、その両方をいっぺんに相手するにせよ。決して楽な戦いにはならないと思う。
というか、ならない。
鮮やか万死も。
灰燼の侍も。
一筋縄で勝てるような相手じゃない。
そう理解しているからこそ。
僕はやっぱり、笑うのだ。
笑顔こそ、灰村解の最強装備だからな。
「上等。2人まとめて……ぶん殴るだけさ」
『あぁ、殴れ。貴様の拳は通用する』
かくして彼は、指を鳴らす。
と同時に魔法陣は光り輝き。
解然の闇は、最後の最後にこう告げた。
『では、健闘を祈るよ、灰村解』
☆☆☆
目が覚めた先は、廃墟だった。
「……ここは」
見渡す限り、灰色の廃墟が広がっている。
廃墟の屋根の向こうには、森が見えた。
山の中……だろうか?
あまりこの街の地理には詳しくないが、街の近辺にこんな場所があったのか……。
あるいは、異能の秘匿が破られて、世界が変革された際に捨てられた街なのかもしれない。
……とまぁ、それはいいとしても。
「さて、と」
僕は、改めて周囲へと視線を向ける。
周囲に気配は一切感じられない。
この眼が捉えないというのだから、本当に居ないのだろうと思う。
「出迎えは無し。……まさか、万死の野郎、約束を反故にする気じゃねぇだろうな」
……まぁ、あまり問題児はしていないがな。
学校にはボイドを転移させた。
爺ちゃんの居る病院にはナムダを。
唯一、阿久津さんだけは一人だが、おそらく、阿久津さんの絶対防御を崩せる存在はそうはいない。
いたとしても、ボイド級の化け物に限る。
万死や灰燼でどうにかなる硬さじゃないからな。大丈夫だろう。たぶん。
「……まぁ、あのクズに約束どうのと言う方が間違っている、か」
なんなら、完全に僕を放ったらかしにして、意気揚々と僕の仲間たちを狩り尽くす、なんてこともしかねない。
アイツ、救えないクズだからな。
まぁ、だからこそボイドやナムダを配置してきた訳だけど。
僕はそう考えて、1歩踏み出し。
――その瞬間、肌がチリリと殺意を察した。
左方向へと真眼を向ける。
廃墟や瓦礫の、ずっと向こう側。
そこで、緑色の【想力反応】が巻き上がる。
「――【千却万雷】」
嫌な声が響いて、僕は咄嗟に回避する。
瞬間、目の前の廃墟全てが灰燼となって消滅し、その向こう側から無数の斬撃が僕へと襲い来る。
その全てを最小限の動きで躱し、その向こう側にいる変態野郎へ視線を向ける。
「……やっぱり、こういう状況になるか」
そこには、ちょんまげの中年オヤジ。
いい歳こいて家出して、親父に迷惑をかけて、道端でう○こを垂れて……。それだけに留まらず、今なお生き恥晒すバカ息子。
「灰燼の侍……!」
「悪いでござるが……此処で、死んでくれると助かる」
上空から数本の刀が降り注ぐ。
僕はそれらを一瞥することなく回避すると、大地を思い切り蹴り、前へと駆ける。
それは、何気ない1歩。
されど、3日前とはまるで異なる1歩だった。
何も強化はしていない。
僕がまだ生身だから、という油断が、奴の中にもあったのだろう。
それも幸いして――僕は、いとも容易く間合いの内側へと踏み込めた。
「な……っ!?」
想定外の速度に驚く奴へと。
僕は、思い切り拳を振りかぶる。
「歯ァ食いしばれよ、糞息子」
そして、拳、一閃。
その一撃は咄嗟に刀の鞘で受け止められたが、それでも威力を吸収できず、やつの体へとダメージを叩き込む。
「ぐ、ぅ……ッ!」
「男子、三日会わざれば刮目して見よ。とは、よく言ったもんだよなァ、えェ?」
お前が相手で残念だよ。
鮮やか万死が来てくれたなら、その時は……腹の底に溜まった怒りのマグマ、余すとこなくぶちまけてやったと言うのに。
まぁ、いいか。
鮮やか万死ほどでは無いが……お前にも、けっこう頭に来てるから。
「おい、爺ちゃんはお前のこと待ってるぞ」
その言葉に、奴は大きく反応する。
それでも言葉は返って来ず、僕は大きく息を吐く。
「1度しか言わねぇからよく聞け。今すぐ病院行って、爺ちゃんに謝ってこい」
「……う、うるさいでござるッ!! お前に、何がわかるでござるか!!」
僕の言葉に返ってきたのは、さらなる怒り。
それを前に、僕はもう説得を諦めた。
悪いな、爺ちゃん。
コイツなんか腹立つから、1発殴るわ。
僕は拳を固め、腹の底から神力を汲み上げる。
「覚悟しろ。もう、謝っても許してやらん」
とりあえず、殴る。
コイツを病院まで引きずっていくのは、そのあとからでも遅くないだろ、爺ちゃん。
☆☆☆
「だぁれが約束なんて守るか馬ぁぁ鹿あ!」
鮮やか万死は笑い転げていた。
場所は、廃墟から遠く離れた街の中。
その男は腹を抱え、素直に約束に応じた灰村解に爆笑していた。
「すごぉい! すごいよ灰村解! 馬鹿すぎて凄まじい! 頭イカれてるんじゃないのかなぁ!? この僕が、約束を守るわけがないよねぇ!」
約束なんてのは虚構だ。
ただ、嫌がらせをするためだけのハッタリだ。
少なくとも、鮮やか万死にとってはそうなのだ。
約束は守るために交わすものではなく。
破るためだけに、交わすものである。
「せいぜい、そこの捨て駒と踊ってたらいいと思うよォ。僕は、これからゆっくりと、君のお仲間をぶっ殺して、その首を引っさげて帰るからさぁ!」
彼はそう言って、学校の方向へと視線を向ける。
ハイライトスクール。
灰村解の『大切な存在』が数多く在籍する学校。鮮やか万死が狙うには最も適した、灰村解のウィークポイント。弱点。
「問題は、なーんか、嫌な予感がするってことだよねぇー」
鮮やか万死は、その弱点を前に……されど、1歩も動くことが出来ずにいた。
まだまだ距離はある。
この距離で索敵するなどまず不可能。
視認することすらできない距離にいる。
にも関わらず、これ以上踏み込めば【殺される】という感覚があった。
「この感覚……この前、僕を殺した黒竜の」
まさか、あの化け物がこちらの世界にやってきているとでも言うのか。
そう考えると辟易したが、それはそれでやり方を変えれば済む話。
あの黒竜とて、常に全員を守り続けられるわけじゃない。
故にこそ、そこには付け入る隙がある。
「くくっ、くひひ! さぁ、どんな風に揺さぶろうか。僕を殺してくれた君に、どんな屈辱をプレゼントしようかぁ!」
一方を守って、一方を守れなかった。
そんな状況に陥れば、あの黒竜はどんな反応を示すだろうか?
そう考えると鮮やか万死は楽しくってしょつがなかった。
楽しくて、楽しくて。
イカレてしまいそうなほど嬉しくなって。
「【君はそこを動けない】」
次の瞬間。
凄まじい量の想力が彼の身を縛り上げた。
「………………はぁ?」
全身が金縛り遭ったような感覚。
それでも鮮やか万死は、無理やり背後を振り返る。
「誰かなぁ。僕は今、とっても気分がいいんだ。それを邪魔されると……悪いけど、ぶっ殺すしか無くなるよォ?」
その顔には満面の怒りが滲んでいたが。
帰ってきたのは、それ以上の怒りだった。
「殺す。そう言ったな貴様。なら当然、殺される覚悟も出来ているに違いない」
振り返った先の裏路地。
その奥から、1人の少年が姿を現す。
ぷっくりとした体格。
髪型はワックスでガチガチに整えられており。
その制服は、ゴリッゴリに改造されていた。
まるでナルシストのようなその姿。
その姿を見て、鮮やか万死は驚いた。
「うわぁ! 生きていたのかなぁ! この間、確実にぶっ殺したと思ったけれど!」
「あぁ、その節はどうもありがとう」
暴走列車との戦いで、少年は鮮やか万死に攻撃を受け、瀕死に追い込まれた。
その痛みを、恨みを忘れたわけじゃない。
だけどね、と。
少年は、その恨みすら放り捨てた。
「今回は、別件で君に用事があってね」
全身から、大量の想力が吹き上がる。
あまりの威圧感に万死は目を細め。
その少年は、大きく目を開き、万死を見据える。
その瞳には、殺意を孕んだ剣呑さがあった。
「貴様、僕の親友に喧嘩を売ったな?」
妄言使い――成志川景。
溢れ出す怒りに、万死の頬に汗が伝う。
「やめてくれよ……僕は、けっこー楽に済ませる気をしてたんだからさぁ」
「そうか。じゃあ、楽に終わらせよう。すぐに殺すから【その場を動くな】」
重ねて放たれた言葉の縛り。
動き出そうとしていた万死は顔をゆがめて。
成志川は、彼へと手をかざし、告げる。
「覚悟しろ鮮やか万死、【僕は強いぞ】」
一時期、『あれっ、主人公って成志川だっけ?』とまで言わしめた妄言使い、ここに再臨。
……また、主人公の座を強奪されなきゃいいんですが。