表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
284/336

狂喜、狂気

キシュタリアたちがいなくなった会場での一コマ



 少し時間は遡り、キシュタリアたちが情報交換をしていた頃。

 王配選出レースに、まさかのラウゼスの決定で大きく会場は揺れていた。表面上は優雅にしていてもバルコニーや影になる隅など人目が届きにくい所では貴族たちが忙しない情報交換をしている。

 王族たちが退出してからは、その動きは一層活発となった。

 そんな空気についていけず、ポツンとグラスを片手に立っているのはレナリアだった。

いつの間にかコンラッドはいなくなり、すぐ傍にはいつの間にか来ていたジェイルが目を光らせていた。

 ちらりとジェイルを見れば、いつもの粗野な風貌から一変してした貴人らしい装いをしていた。

 いつもは傾いたり猫背になったりしている背筋は綺麗に伸び、ワインレッドのシャツとシルバーグレーのハーフコート、黒いタイが良く似合っている。暗い赤髪は綺麗に撫でつけ、鋭くも端正な風貌が際立っている。色白が多いサンディスでは珍しい肌の色であるが、彼の堂々たる風采ではそれも魅力となる。

 視線一つ、仕草一つに色香が漂うジェイル。そんな彼に秋波を送る女性は少なからずいた。それを見て、レナリアがジェイルに近づこうとしたがさらりと腕を払われ、冷ややかに睨まれた。


「やめろ。俺はお前が見せびらかすための玩具じゃねぇ。聖女らしくしろとコンラッド様にも言われているだろう」


 抑えた小さな声だが、しっかりとレナリアの耳に届いた。

 レナリアはヴェールの奥でむっと顔をしかめたが、その気配に気づいたのはそばにいたジェイルだけだ。


「コンラッド様に叱られたら、大事な聖杯も没収されるぞ。奇跡が使えない聖女なんて、詐欺師と変わらねぇんだ。大人しくしとけ」


 ジェイルの言葉は正論だった。聖杯を没収されて一番困るのはレナリアだ。

 レナリアは擦り傷一つ治せない。『キミコイ』のレナリア・ダチェスは不断の努力と魔力の研鑽により治癒や解毒の魔法を会得した。だが、レナリアは攻略キャラクターとのイベントにすべてを費やして、まともに勉強をしていない。

 攻略に足りないパラメータは『愛の妙薬』で好感度を上げてゴリ押ししていたので、レナリアの能力は平均値以下である。

 レナリアの持つ聖杯はコンラッドが本来の所有者だ。

 上客の紹介もコンラッド頼りだし、これでコンラッドに見捨てられたらお尋ね者としてドブネズミのような潜伏生活をしなくてはならなくなる。

 この聖杯はやや欠陥品か劣化品のようで、代価を必要とする。そして、コンラッドが定期的にメンテナンスをしないとならない。

 コンラッドの考えは読めないが、非常に賢く富があるというのは分かっていた。

 レナリアが絹のドレスを再び着られるようになったのは、彼のお陰である。

 すべてを奪われたレナリアを正しい場所に戻してくれようとしているコンラッド。浴びるべき称賛と受けるべき尊敬、捧げられる愛。

 それが世界のヒロインであるレナリア・ダチェスの正しい姿。


(コンラッド様がアルベルティーナを気にするのは、玉座のためよ。王位を継承するには、あの女に近づかなくてはならないんだから)


 アルベルティーナを払い落さないと、彼が王となれずレナリアは王妃になれない。

 レナリアは聖杯を持って、無意識にとっての部分を強く握った。黄金の杯は、シャンデリアの輝きを反射して眩い。

 この力で、レナリアは正しいヒロインに舞い戻るのだ。

 その時、給仕がレナリアに近づいてきた。


「お飲み物は如何ですか?」


「いただくわ」


「では、こちらを」


 レナリアが何を飲みたいという前に、グラスを渡された。

 やや強引な受け渡しに苛立ったが、グラスと一緒に何かを握らされた事に気づく。

 レナリアが気づいたことを確認し、一礼をした給仕はあっという間に人ごみに消えていった。


「何を受け取った?」


「私への手紙よ。関係ないでしょ」


 さっきの仕返しのようにつっけんどんにジェイルに答え、手紙を避けさせる。

 渡されたのは手紙には小さく、カードと言うにも烏滸がましい紙片だ。

 レナリアがそっと紙片を開くと、場所と日時が指定されていた。そしてその下にゆらゆらと光るマークがあったが、あっという間に消えてしまった。


「ダレン家の紋章だな。宰相様からの御呼出しか」


 レナリアは分からなかったが、ジェイルはこのメッセージの主に気付いた。

 何故とは思わなかった。だって、レナリアには覚えがあった。あの家には手の付けられない末期の患者がいると知っていた。

 ろくな治療法はなく、レナリアの『お菓子』を求めて暴れまわる猛獣になった存在。

 グレアム・ダレン――宰相子息にして『愛の妙薬』に蝕まれた憐れな青年だ。

 レナリアの背筋が震えた。ゾクゾクとした快感に恍惚の表情を浮かべる。


(ああ、私に救いを求めているのね! だって私は聖女だもの!)


 喜色を浮かべた表情の中、爛々とした青い瞳。見下ろしたその手には黄金の杯が輝いていた。




読んでいただきありがとうございました。


自覚症状は薄いけどレナリアさんも結構中毒状態。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ