一面、側面
ゼファール氏、なんだかんだでそういうところあります
「オフィール……まだ国母の夢を捨てきれぬようだな」
妻の暴挙に小さく項垂れるラウゼス。その声に失望が混じっている。
ラウゼスはルーカスもレオルドも、王配にする気はない。名を連ねたとしても、実質の伴わない役職のみの立場で押さえるつもりだ。
二人の王子は兎も角、その母親には権力を持たせてはいけないとラウゼスはよく理解していた。
第二妃のオフィールの名前の急浮上に、動機は分かるが接点が不明だと首を傾げる者も数名いる。
フリングス公爵はニヤリと口角を吊り上げた。特徴のない凡庸そうな顔が、途端にあくどく見える。ちらりとキシュタリアとジュリアスに目配せをし、接点を教えた。
「オーエンと共犯の魔法使い。あれはミル・ドンスの王宮魔術師ですよ。以前はサンディス王宮に出入りをしていた時期もありました。その頃に比べて随分小汚くなっていましたから、気付かれない方も多かったでしょうけれど」
アルマンダイン公爵とラウゼスには覚えのある顔だったのか、苦い表情となる。
「口封じされる可能性が高いですね」
「裁判のためとはいえ、一週間も保護しなきゃならんのか」
業腹だと言いたげなガンダルフに、首を振ったのはゼファールだった。
「いえ、拷問してすぐに吐かせます。一週間はあくまで、あの場にいた者たちに猶予があると思わせるためです。すでに部下が担当についておりますから、三日以内には知っている全てを供述するでしょう」
思いがけず過激な予定を暴露したゼファールに皆が停止する。
あの穏健なゼファールから出たとは思えない提案――と言うより、決定事項のような物言いだ。
「陛下には許可を頂いておりますので、今頃は黴臭くて寒い地下室で冷水でも被っているのでは?」
先ほどは動きを止めて露骨な驚愕はしなかったものの、流石に二度目は無理だったらしい。若い面子はぎょっとしてラウゼスを見ている。
同じく温厚なラウゼスがそんな許可を――出してもおかしくない。可愛い義娘であり、長らく付き合いのあるグレイルの娘だ。非道な脅しを掛けた相手への温情はないだろう。
供述を取ると言って連行したそのまま、拷問部屋に直行させたのだ。ラウゼスの許可を取るのだって時間がかからなかったはずである。
皆は知らないが、オーエンたちの拷問担当はジョゼフィーヌだったりする。オールラウンドな彼女(心が多分)はそういう分野も優秀だった。
不衛生な臭いがする石の部屋で、鋭いヒールで足蹴にしつつ冷たい水で洗顔させていた。拷問において水攻めはスタンダードである。余計な邪魔が入る前にとっとと自白させたいジョゼフィーヌは黙々と仕事に従事していた。
周囲のざわつきを無視して、ゼファールは続けた。
「遅かれ早かれ口封じはされるでしょう。そうでなくとも死刑は確定しています。
拷問に耐えきれず自死を選んだでも、暗殺されたでも理由はつけられますから」
やっぱりこいつはグレイルの弟だ。
優し気な笑みのまま相手を始末する算段を立て終えていた。
「一週間後に三人は……」
「どうせ捨て石枠でしょう。誰が殺したか分からないようにして、敵勢の派閥内にひびを入れるのも一興です」
ね、と小首を傾げる姿はチャーミングだが、キシュタリアは背筋がぞわりとした。
周囲も同様だったのだろう。貴族でも中立でバランサー。温厚が服を着て歩いているようなゼファールがこんな凶悪なやり口をすると気づくのが何人いるだろう。
保護を名乗り出たゼファールが「マクシミリアン親子や魔法使いが暗殺されて死んだ」と捜査に乗り出し、必死に犯人検挙に動いても怪しまないだろう。その際に、周囲を嗅ぎまわっても違和感がない。
(この人! 絶対に! 父様の弟だ!!)
知っていたが、やっぱりそうだった。改めて実感する。
マッチポンプだが、真実に辿り着くまでに暗殺に動いた連中は疑心暗鬼に陥る。
善人の代名詞でありクロイツ伯爵はお人好しという分厚い先入観がどこまでも彼の行動を周囲が勝手にフィルタリングしていく。
きっと彼は今まで馬車馬のように働く間に、各派閥を調整しながら情報を盗み見ていた。
権力欲がないのでラティッチェ公爵家の継承権も辞退しており、兄のグレイルを立てて義甥キシュタリアに肩入れしているように見えても過激な手を打つとは思われていない。
いち早く立ち直ったのは、流石と言うべきかガンダルフだ。伊達にフォルトゥナ公爵家の当主ではない。
「机に貼りついてばかりの優男だと思っていたが、爪を隠しておったか」
「爪だなんて大層なものではありません。長年腹に巣食っている因縁や古傷を無駄に温めていただけです。無力な男の悪あがきですよ」
困ったように笑うゼファール。その因縁の相手は元老会か、はたまた死の商人か。
恐らくゼファールは好機をずっと狙っていた。相手が近づいてきて、自分に切れるカードが揃う絶妙のタイミングを。それまで柔和な笑みでその鋭さを隠し、裏で静かに研ぎ澄ませていたのだ。
「さて、私はここでお暇します。長居しすぎると怪しむ者も出てくるでしょう――捕まえた尻尾が切り取られる前に、様子見をしてきます」
そういって立ち上がったゼファール。
ラウゼスに近づくといくつか言葉を交わし、頷いて退席の了承を改めて得て、出口である扉へ向かう。
だが、扉に手を触れる直前、ぴたりと止まって軽く目を細めた。ゼファールのその僅かな気配の変化に、室内にいた全員が口を噤む。
ゼファールが無言で扉を開け放つと、二人の王妃がドレスを振り乱して髪をほつれさせて立っている。肩を怒らせ、血走った眼をしていた。
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