深夜の密会
キシュタリアがヴァユの離宮につくと、一番大きな応接間に案内された。
部屋の中心にあるテーブルの上には漆黒の天鵞絨が被された何かがあり、それを囲うように数人いる。
キシュタリアが着いたのは最後だったようで、そこにはミカエリス、ジュリアス、ヴァニア卿、フォルトゥナ公爵、国王ラウゼスがいた。アンナが黙々と給仕をしており、素早くキシュタリアとゼファールの分も用意された。
(アンナがいるし、クロイツ伯爵やヴァニア卿もいる。アルベルの容態は酷くはなさそうだな)
もし容態が悪ければ、この三人が揃うはずがない。
診察は終わっており、アルベルティーナはベッドで休んでいるのだろう。そのことにひとまずは安堵した。
ちらりとキシュタリアは黒い天鵞絨を見る。
テーブルに鎮座する『何か』の正体は察していた。回収してきたグレイルの首だろう。
宴会も終盤となり、かなり夜も更けている。
今回の宴の大騒動の詳細を聞きたがるのも分かっていたが、やはりアルベルティーナが気になった。
そんなキシュタリアに、ヴァニアが気付いた。
「殿下はお休みだよ。これからする話についてもご存知だ」
いつものふざけた雰囲気はなく、手短にヴァニアが言う。
それ以上は今は話すつもりはないらしく、キシュタリアも言及しなかった。
機嫌が悪そうだと、なんとなく感じ取る。静かな苛立ちが伝わってきた。
ラウゼスが目でヴァニアを促すと、眼を鋭くさせたヴァニアが重い口を開いた。
「首に偽造が見つかりました。犯人は本物の閣下の首を持っている可能性は高いでしょう」
キシュタリアだけでなく、その場にいた全員に衝撃が走る。
ミカエリスは立ち上がりかけたが、大きく息を吐いて己を落ち着かせてまた座った。
キシュタリアは逆に驚き過ぎて、何も反応ができなかった。ジュリアスも難しい顔をして、目を細めている。
「アルベルティーナが気付いた。すり替えた犯人に気づかれたくないと、あの場では黙っていたそうだ」
ガンダルフが更に情報を追加する。
ラウゼスは目を見開きながらも、動揺を抑えていた。
「死体とは言え、閣下の首の偽造にはホムンクルス技術が使われています。
これは一般には知られていないほどの禁忌案件で、国のトップでも知らないものが多く、魔法使いの上層部でも緘口令が敷かれる技術です」
「ホムンクルスとは? 錬金術の御伽話の人工妖精ですか?」
「そんなマイナーな話よく知っているね。それも一つだ。ホムンクルスは人工生命全般を指す。魔法や錬金術で作り出された生命だけど、とっくの昔に失われた技術だよ」
ジュリアスが質問すれば、知っていたことを驚きながらもヴァニアが答える。
魔法に詳しいキシュタリアもそんな話は聞いたことがない。
確かに子供向けの寝物語で魔法使いの使い魔でそういう類がでてくることはある。だが、完全に御伽噺と考えていた。
キシュタリアの動揺を他所に、ヴァニアとジュリアスは会話を続ける。
「数年前、ラティッチェ公爵が携わった案件で少々。領内で子供の誘拐事件が起きました。
その犯人の老いた貴族のしていた実験は悍ましく……殺した死体を繋ぎ合わせて新しい肉体を作り、命を贄や材料にして魂をその肉人形に宿らせる――とまあ、非常に胸糞悪い話です」
「ああ、それ貴族や王族や魔法使いで数十年に一回は大なり小なり似たような事件を起こすよねぇ」
珍しい話ではないそうだ。金と時間を持て余した人間や、生命の深淵を覗きたがる研究者はいつの時代でもいるのだ。
大抵は眉唾ものであり、やっていることは意味のない儀式による殺人と死体損壊ばかりだ。
「その実験をホムンクルスによる不死の達成と言っていました」
「でも、実際は怪しい黒魔術モドキをしながら、死体を繋ぎ合わせて腐らないように薬漬けにしていただけでしょ?」
「ええ、道楽の域を出ないと公爵も仰っていましたから、意味のない代物だったのでしょう」
だが、その事件の凄惨さ故に強烈に印象に残っていた。
何せ当時幼かったジュリアスは、生餌としてその貴族のお膝元に放り出されたのだ。
美しい子供であったジュリアスはすぐに人攫いの目に留まり、危うく臓器を綺麗に取られるところだった。腐りやすい臓器は殺す前に摘出し、保存する――実に狂気的な考えである。
「まさか、実際にそんな技術があるなんて……」
「イヤイヤ、これ失敗作だよ。生きてないし、魔溶液で辛うじて形が保っているだけ。瓶から出したらすぐにダメになる」
険しい表情のジュリアスに、首を振るヴァニア。
ジュリアスはヴァニアの言葉に顔を非常に厳しくさせた。天鵞絨の掛かった瓶を見ている。
「アルベル様はどのように見抜いたのですか?」
まさか、瓶から出したのだろうか――と誰もが思ったが、それにも首を振るヴァニア。
「殿下曰く、お父様成分だの、よく分からない何かが感じ取れないってフェイクを一目で看破していたよ。本当にワケ解んないんだけど殿下には違いが分かるみたい」
そんなバカなとジュリアスは思ったが、そのお姫様が重篤なファザコンを患い続けているのも知っていた。助けを求めるようにキシュタリアとミカエリスを見る。
二人は難しい顔をしていた。
一笑に付さないだけ「有り得る」と思っているのだ。