帰還した公爵
二人のラティッチェ公爵
「ああ、後これも。この魔法のスクロール、鑑定しましたが魔力もあり契約も締結されているそうです」
フリングス公爵が差し出したのは、一枚のスクロール。
心臓が跳ね上がるのが分かりました。あれは、あのスクロールはわたくしが無理やり結ばされたものです。
受け取り目を通したラウゼス陛下の顔が、みるみる強張り湯気が出そうなほどの怒りに染まるのが分かります。だが、それを何とかやり過ごし、丁寧に丸めた。
ダレン宰相が預かろうとするが、ラウゼス陛下は首を振ります。
そして、オーエンを睨んで口を開きました。
オーエンは既に青と白に顔をまだらに染めて、冷や汗をかきっぱなしです。目が常にうろうろと助けを求めるように動き回っているが、誰も手助けしてくれるわけがありません。
「グレイルを人質にして、アルベルティーナを脅したのか! 外道にも程がある……!
この者の爵位・領地・財産を全て没収し処刑とする! 牢で捕まっているこやつの息子も同罪だ! この男の妻にも責任追及するように!」
いつになく陛下の語気は荒い。アルマンダイン公爵が、頷きながらも確認します。
これは人として、貴族として許しがたい行為なのです。
同じ四大公爵家として、この悪辣な行いを正しく裁かれることを望んでいるのでしょう。
「陛下、この男にはヴァン以外にも息子がいます。婚外子で、この件には加担していないようですが……」
「加担していないからと言って無罪にはできぬ。貴族籍を没収し平民として放逐しろ」
それは貴族にとって死刑にも等しい宣告だった。
貴族と平民の仕事は大きく違う。貴族の方が重責があるが、はるかに豊かな生活が送れる。平民は働きづめても、その日の生活がやっとというのも珍しくない。
そうでなくても、貴族は特権階級に属すことに矜持がある者が多い。侯爵家となれば、愛人の子でもそう思っている可能性は十分あった。
だが、貴族として残ったとしても墓荒らしの子孫として侮蔑に晒されるのは目に見えていたので、別の意味では温情のある措置でもある。
マクシミリアン侯爵家はなくなったのです。命を繋いだとしても、その名を持つ貴族はいなくなります。
なんとも言い難い呻きを上げたオーエンは、周囲を何度も見て、最後にやはりわたくしを見ました。
「殿下、アルベルティーナ殿下。どうかお助けを。どうか、慈悲深い貴女であれば私を、我が息子を助けてくれるでしょう!?」
縋るために、立ち上がらないまでも四つん這いでずりずりと近づいてきました。
追い詰められ切ったオーエンは、まだ希望を捨てていないようです。往生際の悪い事。
だけど、今までのこともあり体が強張る――が、オーエンの伸ばした手は思い切り横から踏みつけられた。
「あ、君のスクロール、形は残しているけど、もう効力ないよ。殿下を脅せないからねぇ~?」
踏みつけた足の主はヴァニア卿でした。
珍しくいつもぼさぼさの銀髪を綺麗に整え、この会場に相応しい装いをしています。王宮魔術師らしい白い荘厳なローブは、美しい金糸の刺繍が施され、その背にサンディス王国の紋章が輝いています。
どうやら、こっそり背後から近づいていた模様。
普段の飄々とした態度で忘れがちですけど、この方はサンディスで屈指の魔法の権威です。知識も実力も折り紙付きですわ。
「……もう、従わなくても大丈夫なのですね?」
先ほどの言葉を思わす確認してしまう。お父様に何かあったらと、それがずっと気がかりでした。
「そうだよ~。お陰で僕もクロイツ伯爵も徹夜だよ。破棄の方が早いけど、万一があったら危ないしね」
「ありがとう存じます。今度、とっておきのスイーツを御馳走しますわ」
「期待してる~。ヴァユに出てくるのが一番美味しいんだよねぇ」
へらっと笑うと独特の虹彩を持つ瞳が細くなり目じりが下がって、すごく柔らかく可愛らしい印象になるヴァニア卿。
あれ? どうしてヴァニア卿を見下ろして……?
思わず周囲を見渡すと、太腿の下にぶっとい腕が。肩と背中には逞しいマッスルな胸板が。
フォルトゥナ公爵に抱きかかえられていました。成程、視界が高くなるはずですわ。
「運がいいな。ヴァニアに踏まれていなかったら、その手を切り飛ばしていたぞ」
ぞっとする低音で、吐き捨てるように呟くフォルトゥナ公爵。控えめに申し上げて、殺意が強いですわ。
わたくしのすぐ後ろにはヒグマも真っ青な筋肉ダルマさんがいるのだけれど、それでも期待は捨てきれていないのかオーエンはわたくしを見ている。
ああ、本当に救えない。
これで大人しくしていれば、わたくしだってこれ以上腹が立たなかったのに。
「終わりよ。オーエン・フォン・マクシミリアン。
誰もお前を救わない。憐れまない。助けない。お前に望まれているのは、その大罪に相応しい罰を受けること」
惨たらしく、長く苦しめばいい。そんな願いを込めて、突き放す。
ご自慢のマクシミリアン侯爵家は、今日をもって逆臣としてその名を刻む。
「安心なさいな。お前の大事な息子も、間もなく同類となるわ。死後も日陰者として蔑まれ続ける」
オーエンは嫌だとその目が未練がましく訴えてくる。
わたくしを脅して、散々甘い汁を吸ったものね? これからもっと欲張れると思っていたのね?
冷酷な考えがいくつも思い浮かんでは、消えていく。
縋るように見ていたオーエンは、ようやくわたくしの視線の棘に気付いたようです。
わなわなと震え、だけれど言葉にできない。不躾なほどの視線を遮ったのは、キシュタリアでした。
その手には、瓶。キシュタリアとよく似たアッシュブラウンの髪が揺れる首が入っている。
「お待たせ、アルベル」
読んでいただきありがとうございました。
大変遅い告知で申し訳ありませんが、『転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります』書籍三巻を8月2日に発売になります。
表紙はアルベル&キシュタリア+チャッピー! ついにあの絶望のシーンが収録されております。
活動報告にもちょびっと書いております。