遅れてきた主役
じりじりきますよ。
「姫様……このような急な決定、さぞ驚きになられたでしょう」
引き攣った笑いと猫撫で声でわたくしを懐柔しに来ている。
元老会のトップ、ファウストラ議長。これが我が国の重鎮かと思うと、頭が痛いですわ……。
「わたくしは陛下の御意向に従います。この三人であれば知らぬ仲ではありませんし、信頼できます。年齢も近い家柄、能力全てが申し分ないでしょう。
家によっては無理に王配を輩出しようと、離婚や婚約破棄を行い周囲に軋轢を齎している者もいると聞き及んでおります。幸いなことに、この三人はそういった経歴もないので後に問題も起きないでしょう」
だから近寄らないでほしいですわ。縋ろうとする手は、わたくしの思いがけず強気な論破で撃沈しました。
自分でも、こんなにすらすら出るなんてびっくりですわ。
一部、わたくしの言葉に居心地悪そうにしている貴族がいます。やはりいるのね、無茶な破談や破婚をした方が。
いつの間にかミカエリスがわたくしの傍に来ており、ジュリアスも後ろに控えていました。
フォルトゥナ公爵は、手が剣に伸び掛けております。ご老体相手でも容赦なし。
いえ、違った。彼が見ているのは、この騒ぎを好機と勘違いして駆け寄ってくる不作法者。呼ばれざる客を睨みつけています。
「お待ちください! 殿下! 我が家は!? 私の息子のヴァンを婚約者にしていただけるお話は!?」
ご機嫌よう、オーエン・フォン・マクシミリアン侯爵。
わたくしは貴方の顔を近くで見てとてもご機嫌が悪く、自滅しに来てくれて最高な気分よ。
怒りに震えそうな体を我慢し、そっと手を固く握りしめた。
わたくしが答えるよりも先に、一歩前に出たラウゼス陛下が立ちふさがります。
「それは却下された。お前たちは父を亡くし憔悴するアルベルティーナから強引に事業の話をもぎ取り、遊興に使い込んだそうだな。侯爵家という家柄ではあるが、財もなく王配として動く人脈も乏しい。アルベルティーナの実家でも、何度も問題を起していると聞く」
静かだが揺ぎ無い言葉で突き放され、オーエンの顔は真っ青になる。
わたくしに目配せのようなものを送ってきますが、わたくしは不本意でしたがやれることはしてあげましてよ? それでもあなた方の日頃の行いが悪すぎて、陛下はお許しにならなかったの。
「そんな陛下!」
わたくしに近づけないので陛下に食い下がろうとするが、見かねたルーカス殿下が声を張る。
「控えよ! 陛下の言葉を遮るのか!誰の許しを得て御前に来て、発言をしている! マクシミリアン侯爵、そなたの言動は許されるものではないぞ!」
ぴしゃりと言う姿は第一王子らしく威厳に満ちています。以前より痩せたというか……窶れを感じさせますが気迫でカバーしています。
オーエンが不敬なほど敵意のある眼差しでルーカスを睨んでいます。
謹慎させられた王子如きがという心が透けて感じます。分からなくはないですが、「お前が言うな」と言う奴ですわね。
「ですが……約束と違う。約束と」
ぎりぎりと歯を食いしばりながら、オーエンが目をギョロギョロさせています。血走ったその眼光はひたすら不気味です。
周囲の顰蹙にも気づかず、オーエンは上手くいかないことに苛立っているのか髪をぐしゃぐしゃに搔き乱す。
貴族らしからぬ粗暴さを露呈するマクシミリアンを見る周囲の目は冷ややかです。誰も彼を擁護せず、助けようともしない。所詮、彼の影響や人望などその程度なのでしょう。
わたくしを脅すことでしか、何もできない。そして、それ以外の手立てを模索しなかったのでしょう。
メザーリン王妃やオフィール王妃もかなり厳しい顔をしています。
この騒動の帰結が見えないからか、自らの子が王配候補として推挙されなかったからかは分からない。顔半分を広げた扇で隠しながら、目をしんなりと細めています。
エルメディア殿下は状況についていけないのか、放心したようにぼーっとなさっています。
貴族たちはざわついている。密やかな会話や、嘲笑、失笑などが主である。
だが、そのざわめきの種類が後ろから徐々に何か変わっている。
誰かが来ている?
やってきた人物はマントを靡かせ、優雅に淀みない足取りで真っすぐこちらにやってくる。
彼はマクシミリアン侯爵の肩に手をやると、耳朶に吹き込むように口を開く。甘く蠱惑的に――だけれど鋭利で冷徹に囁いた。
「約束? 違うだろう。脅迫って言うんだよ」
キシュタリア・フォン・ラティッチェ。
わたくしの頼りになる義弟が、艶然と微笑んでいた。
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