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一つの安堵

キシュタリアの大きな一歩。



 公爵子息や令息ではなく公爵と呼ばれた。ざわめく会場以上に、わたくしの心は掻き乱されていた。

 キシュタリアが、当主に。とても安堵したし、同時に驚愕した。

 わたくしの中の大きな杞憂が消えた。ラティッチェを正しく統治できる、信頼できるキシュタリアのものとなった。

 ずっと手続きをしてはいたが、なかなか承認が下りなかったという話は聞いていたのだ。

 それは分家をはじめ、おこぼれに預かりたい周囲が継承を邪魔していたから。お父様がいないのならば、養子と後妻のキシュタリアやラティお義母様を排斥しようと暗躍していた。

 サンディスでも大家であるラティッチェの当主の座は、貴族界でも重要な案件だ。色々と動向を注視されていた。

 同時に、正式な当主が決まったのだからキシュタリアたちに反発していた勢力は真っ青になっているだろう。

 逸る心臓を落ちつけようと、胸に手を当てる。嬉しくて涙がこぼれそうだった。

 会場はざわめきから抑え込んだ熱気に変わりつつある。それが爆発する前に「静粛に!」とダレン宰相が声を張る。その強い声に、水を打ったように一瞬静まり返った。


「なお、ラティッチェ公爵は喪中とのことで、今回は欠席の申し出を受けている」


 キシュタリアはいないようです。ちょっと残念。

 可愛い義弟の晴れ姿を見たかったのです。今度、離宮で内輪でお祝いしようかしら。

 まだ、わたくしがラティッチェに戻れる目途は立っていません。予定や打診すらもない。

 ラウゼス陛下は王配候補として三人を推そうとしているかもしれないのよね。少しタイミングが悪かった……でも、だからこそ敵勢力の不意を突くにいいのです。

 ラウゼス陛下をそっと盗み見てしまう。陛下は真っすぐに前を見ています。その横顔には不安や焦燥は見えないです。少なくとも、わたくしには分からない。

 読み上げられ、並ぶ騎士や貴族たちを見下ろしています。


「では最後に――ドミトリアス伯爵、ミカエリス・フォン・ドミトリアス」


 今度こそ熱狂が渦巻いた。

 そこかしこから「流石」とか「やはり」とか声が漏れる。

 気になってフォルトゥナ公爵を視線の盾にしつつも、会場を探します。

 上背のある体格以上に目を引く、鮮やかな赤い髪がゆったりとした足取りで前に出てくる。その姿に緊張は見られない。

 一瞬だけこちらを見て――柔らかく、咲き誇るように微笑んだ。

 乙女からマダムまで、老若からの声が上がる。一部、野太いのは気のせいですわ。

 拍手喝采です。万雷の拍手と言うのはこういうことなのですね。


「凄いのね……」


 あの若さで、多くの人に認められている。

 実力、功績、人望が彼にはあるのだ。わたくしのように、形だけ王族とは違うのです。

 わたくし、もしかして今更ながらにとんでもないお願いをしたのでは?

 理解していると頭では思っていても、あれだけの優良株を王配(複数)の一人になって欲しいと頼んだのです。

 周囲の美マダムから可憐なレディたちが、あんなにもミカエリスを見ている。

 彼は快く承諾してくださったけれど、本当に良いのかしら。

 このゴタゴタが片付いたら、また一度話し合った方がいいでしょう。

 実は嫌だったと言われたら、できるだけのお礼をしてお詫びは必須です。幼馴染に、お友達に戻れるかしら……わたくしは彼にとって恩人のようなもの。断りにくいのは知っていたはずなのに。

 あの時は、マクシミリアン一族への怒りと憎しみに駆られていた。

 今も、まだ囚われている。

 思い出すだけで、考えるだけでどす黒いものが胸に、腹に、全身に広がる。それは蝕むように思考を攻撃的に駆り立てていくのです。

 お父様を取り返すの。

 お父様に、安全で安心して眠っていただけるように全力を尽くす。

 迷ってはいられない。

 でもそれが終わったら、私はどうなるのかしら?

 そう考えた瞬間、足元が崩れるような、胸に穴が開いたような虚脱感が襲い掛かる。

 煌めくシャンデリアの輝きが、酷く滑稽で冷たく見えた。ああ、ダメだ。これ以上考えてはいけない。止まってはいけないの。

 まだ、止めてはいけないのです。

 そう考えると、心の芯が冷えて固まる。今までざわめいていた心も、高揚感も静まった。

 前を向いて、待つ。今回は後手ではないのだ。ラウゼス陛下の作ってくださった好機なのだから、わたくしは堂々と振る舞わなければいけない。これ以上、付け込まれてたまるものか。

 フォルトゥナ公爵の影から見て、会場を見渡す。

 ああ、いた。

 マクシミリアン侯爵は、野暮ったいデザインの礼服だったので、ある意味では目立っていた。観察すれば祝賀ムードの中、一人だけ落ち着きなく不安げなのが分かった。

 わたくしを見ている。縋りたいのでしょう。ヴァンを、マクシミリアン侯爵家を助けて欲しいとこの期に及んで寄生しようとするのでしょう。

 必死に私に視線を送っているが、相手をしてやる義理はない。この場面で手を差し伸べるのは不自然であるし、あちらもこんなに人目がある場所では露骨に脅しなどできないでしょう。


読んでいただきありがとうございます。


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