功労者たち
宴変クライマックス。そろそろ吊し上げのターン。
まだ、この方を好きになれそうにない。
でも、フォルトゥナ公爵は害意が無いのはこの数か月で理解しました。
複雑です。フォルトゥナ公爵がわたくしを連れて行かなければ、わたくしはラティッチェに居て、今もお父様に守られて幸福を享受していたでしょう。
後ろめたさを感じながらも、当たり前のように。
お父様がどれだけ大きな愛情で守ってくださっていたなんて、想像しかしていないのです。
その裏でどれだけ辛酸を舐め、苦渋を啜り、多くの苦労を掛けたのか――外に出た今だからこそ、見えてきたものがなんと多い事か。
それすら、ほんの一端なのです。
大好きなお父様。
偉大なお父様。
わたくしは、お父様の娘として恥じない人間になれるでしょうか?
そのために、先ずはお父様を取り返さなければ話にならない。
そう思うと、心が冷えていくのが分かる。冷水が胸に溜まったように、先ほどまでの想い出の温かさや宴への緊張が止まる。冷えて、凍えて固まっていく。
一方、憎しみが燻る。残酷な感情が渦巻いていくのです。
きっと、今のわたくしの顔はさぞ醜いでしょう。人を恨んで、憎んで、お父様には絶対見せられない酷い顔をしている。
ヴェールを付けていて良かった。わたくしの企みを、誰かに気付かれては困るの。
愚かで憐れな王太女(傀儡姫)に見えなくてはならないのですから。
周囲が優しいのも、甘いのも都合よく扱えるお人形に見えるからなのでしょう。
フォルトゥナ公爵が手を差し出す。そして、会場へと向かう。
いつの間に着替えて戻ってきたルーカス殿下とレオルド殿下はそれぞれ妹のエルメディア殿下、母であるオフィール妃殿下をエスコートしている。ラウゼス陛下は、メザーリン妃殿下を伴っていた。
王族の来場を知らせる音が鳴る。
絢爛に荘厳に、王族と言う存在を更に盛り上げるために奏でられた音楽。
本来、わたくしはここにいないはずの人間。
晴れの舞台で喪服を纏っているわたくしは影のよう。ちぐはぐで場違いだけれど、陛下たってのお願いであるし、一番後ろについていく。
王太女と言う立場であれば、王に次ぐ位置で来場してもおかしくはない。
きっと、お父様の喪が明ければそうなるのでしょう。
陛下やメザーリン王妃が入っていき、わたくしも続いて入っていく。
その時、一番後ろでもその姿を見つけたらしい貴族たちがざわめくのが分かった。公的な場にわたくしが現れたのは、謁見の襲撃以降はない。これが初ですものね。
皆、何故ここにいるのだろうと思っているのでしょう。
好奇、疑念、喜色――抑えているが、様々な視線と声が押し寄せてくる。
先に待っていたらしいダレン宰相ですら知らなかったのか、わたくしの姿に目を見張っていた。
王族たちの立つ場所はバルコニー上になっており、正面は会場の貴族たちを見下ろせるようになっています。左右に絨毯の敷かれた階段があり、そこから下に降りられるようです。
「我が国の勇ましき戦士たちにより、我が国は守られた。その功績を称え、平和と喜びを噛みしめるとしよう。
そして、今回の戦いで特に優秀な働きをしてくれた者たちには褒賞を与える」
陛下が手に持っていた錫杖で合図を送ると、巻物を広げたダレン宰相。
随分と疲労の色が濃いですわね。そっと観察すると、顔立ちはグレアムに似ているのが分かります。それよりもずっと険しく老け込んでいるのは、激務故でしょうか。
そういえば、グレアム・ダレンはまだ見つかっていないそう。レナリアと逃亡をして、それっきり行方不明と聞きます。
愛の逃避行――というものではない気がします。あのレナリア・ダチェスはゲームのヒロインではなく転生者。しかも、この世界の人々を
「名を呼ばれた者は、陛下の御前へ」
読み上げていくダレン宰相。
ですが、わたくしには知らない名前ばかり。歓声や拍手が上がります。
呼ばれた人たちはとても誇らしげにバルコニーのすぐ下へ並んで行き、一礼した後で片膝を付いて待機します。
纏う礼服からして、貴族だけでなく騎士らしき人もいました。
「フラン子爵、ジュリアス・フォン・フォルトゥナ」
思わず顔を上げて姿を探してしまいます。
堂々たる足取りで前へ進み出るのは、よく知った人物でした。
え? ええっ? ジュリアスはずっとわたくしの傍でお守り……こほん。公務や事業の手伝いをしていたはずです。
彼がいつ活躍を? 前線には出ていないのは間違いないのです。
「目端が利く男だからな。支援物資の融通やゴユランの妨害工作を助言していた。今までグレイル頼みで国境沿いの領地であっても、私兵の訓練を怠る馬鹿がいた。国の兵や騎士が到着するより先に前線を崩壊させないために、傭兵の斡旋もしていたな」
「そんなことまで……」
「儂やパトリシアの伝手を使うこともあったが、ラティッチェの時にローズ商会で縁故のある傭兵にも頼んでいたようだ。ラティッチェのほうは、子倅が存分に暴れていたから戦場に余裕があったからな」
わたくしの疑問を察したのは、隣にいたフォルトゥナ公爵。
そういえばトリシャおばちゃまの生家は騎馬兵の多い辺境伯領でしたわね。魔物や賊と戦うことも多かったと聞きます。
「教えていただきありがとう存じます」
納得すると、わたくしを庇うようにすっと一歩前に出るフォルトゥナ公爵。
体の大きい人なので、彼が少し前に出ているだけでわたくしが影にすっぽり収まります。お陰で視線を遮ってもらえました。
ジュリアスの次にも、どんどん名が呼ばれて行きます。
どうやら、功労者でも最初は小さい功績であり、後半に行くにつれて大きな功績を残した人たちが呼ばれていくようです。
「ラティッチェ公爵、キシュタリア・フォン・ラティッチェ」
その時、ザワリと空気が揺れた。
読んでいただきありがとうございました。