癇癪王女
お久し振りのエルメディア殿下。相変わらずのお方です。
アルベルとは別方向で永遠の幼女なのかもしれませんね。
支度が終えると、別室で待機していたフォルトゥナ公爵がやってきました。
きっちりと黒い礼服に身を包みながらも、腰には大ぶりの剣が下がっている。剣幅だけでわたくしの腕二本分はありそうです。
わたくしのエスコート役兼護衛なのでしょう。
差し出されたのは、白い手袋越しでも分かる太く節くれだった指の付いた、大きな手。
似ても似つかないはずなのに、その武骨な手が大好きなお父様の手と重なって見えた。だからなのか、自然と手を重ねることができた。
「気分が悪くなったら、すぐに下がるとよい。くれぐれも、無理をせぬように」
そんな自分に戸惑いながら、こくりと頷く。
フォルトゥナ公爵の腕を軽く掴み、歩き始める。
この人と、お父様は全然似ていないのに。
何故そんなことを思ったのでしょうか。緊張しすぎて、ナーバスになっているのかもしれません。
静かに降りしきる雨音は、靴音と共にその戸惑いも隠していった。
隣にはフォルトゥナ公爵。後ろにはアンナやベラをはじめとする、信用できる侍女たち。護衛の騎士たちもいるし、通路にも等間隔に並んでいます。
廊下からすら分かる宮廷楽団が奏でる煌びやかな音色や漏れた明かりが、宴の会場を教えてくれる。
ほんの少し怖くなって、腕を握る手に力が入ってしまう。
ちらりとフォルトゥナ公爵がこちらを見たが、わたくしが軽く首を振ると何事もなかったように歩みを続けます。
王族専用通路なのでしょう。そこで侍女たちはアンナとベラだけになり、護衛騎士たちもいなくなって、白い鎧に身を固めた――確か王宮騎士でも特に上位の王室担当の騎士たちに引き継がれた。
きっと、前世なら仰々しいと思えるはずのこのやり取りも、今では当然と思えてしまう。
会場に入る直前で、ラウゼス陛下たちと合流する。少し空間があり、そこには睨み合うメザーリン妃殿下と、オフィール妃殿下がいましたが、わたくしが入った瞬間こちらに視線が向きました。二人ともサンディスライトのティアラを被り、首から胸元まですべて覆うようなサンディスライトとダイヤの首飾りをつけ、豪奢な緑のドレスを纏っています。たっぷりとレースとフリルをあしらったパフスリーブとクリノリンで大きく膨らませたスカート。とても煌びやかなご衣裳でした。
お菓子を摘まんでいたエルメディア殿下は、射殺しそうな勢いでこちらを睨んでいます。相変わらずわたくしがお嫌いなようで、敵意を隠そうともしない。
彼女は目がチカチカしそうな真っ黄色に、ヴィヴィットな紫の薔薇のコサージュがびっしりついた大変個性的なドレスを身に纏っています。
紫の薔薇がそういう水玉模様に見えます。……警戒色のようですわ。毒を持っていそう。アマゾンの密林や秘境とかに住んでいそう。
わたくしを見て立ち上がりかけたエルメディア殿下を、後ろから素早く肩を押さえて座らせるのはルーカス殿下。顔を真っ赤にして口を開いたエルメディア殿下に、シュークリームを突っ込むレオルド殿下。追撃のようにスコーンを突っ込んで、物理的に黙らせます。
見事な連携にぽかんとしていると、気まずそうな二人の妃殿下たちはさっと目を逸らします。
ええ、思い出しますわね。あのハチャメチャなお茶会を。
それらすべてを遮るように、ファーの付いた豪奢な赤いマントを軽く揺らしたラウゼス陛下が歩み寄ってきます。
「今宵だけはルーカスとレオルドの謹慎を一時的に解いた。許せ」
「陛下の御心のままに」
僅かに表情を曇らせながらも、王として説くラウゼス陛下に首を垂れて受け入れます。
陛下に視界は遮られていますが、暴れている音は漏れています。あ、ティーセットが壊れましたわ。
被ったらしいルーカス殿下とレオルド殿下は着替えることに。移動するとき、わたくしに素早く一礼をしてから退室しました。
「エルメディアもいい加減にしなさい。これ以上問題を起すならば、宮殿ではなく田舎の屋敷での謹慎を言い渡す」
実の娘とは言えこの暴挙に、流石のラウゼス陛下もお冠のご様子。いつになく厳しい叱責です。
エルメディア殿下は口の中に詰められたお菓子を飲み込むと、子供の癇癪のように泣きだしました。
「あんまりですわ、お父様! 何故そんな下賤な女ばかり贔屓するのですか! たまたま目の色が良かっただけで、ただの貴族の娘でしかないこんな女を!」
エルメディア殿下の少女特有の高い声とヒステリックさが合わさり、非常に良く響いた。
わたくしは気にしませんでしたがその言い方にメザーリン妃殿下は真っ青になり、オフィール妃殿下もぎょっと目を見開いています。
何より、護衛騎士たちとわたくしのすぐ隣にいるフォルトゥナ公爵が殺気立っています。
「アルベルティーナは貴族の中でも特に力を持つラティッチェの父親と、フォルトゥナの母の血筋を持つ。共に過去に何人も妃を輩出し、臣籍降嫁した家だ。下賤などと言うでない。それを言ったら、すべての貴族を敵に回すことになるぞ……口を慎むことだ」
静かに言い聞かせるラウゼス陛下の言葉は重い。
ですが、そんな陛下のお言葉もなんのその。癇癪を爆発させ続けるエルメディア殿下。
「こんな女、王太女になんて相応しくないわ! ちょっと魔法が使えるからって! なんでみんなコイツを褒めるのよ! コイツのせいでルーカスお兄様は王太子になれなかったのに……!」
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