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母の想い

久々のラティママ


 ラティッチェ邸のバルコニーで、一人の美女が夜の景色を眺めていた。

 茶色の髪は艶やかに背中に流れている。澄んだ青い瞳は今は拭いきれない憂いを湛えていた。

 屋敷の中はまだ点々と明かりがともっている場所があるが、外壁を過ぎれば一気に暗くなる。

 その暗闇の遥か向こうに、ラティーヌの義娘がいる。

 家が、家族が大好きな愛娘。血の繋がりがなくても愛する家族だった。

 連れ去られてから、すでに半年以上経つ。

 息子や元使用人から連絡があり、近況は知っている。それでも心配だった。

 自分からも王宮に手紙を送ったが、なかなか返信はなかった。握りつぶされていると分かった。あの筆まめなアルベルティーナが、ラティーヌの手紙を無視するはずはない。

 かなり時間がたち、ようやくやり取りができるようにはなった。それでも、最初の手紙はやはり読まれなかったのだろう。挨拶もそこそこに、ラティーヌを心配する文章から察せられた。

 アルベルティーナを心配しつつも、ラティーヌは屋敷を出なかった。否、出られなかった。

 ラティーヌがここに残ったのはラティッチェを守るためだ。自分の地位と言うより、キシュタリアやアルベルティーナの帰る場所を誰かに蹂躙されたくないという思いが強かった。

 あの傍若無人なほどの絶対強者であった夫の、急死。それを絶好の機会だと、ラティッチェを嗅ぎまわり、乗っ取ろうとする輩は後を絶たない。乗っ取れなくとも、様々な利権を掠め取ろうとする輩はもっと多かった。

 ラティーヌはもう日陰の愛人ではなく、ラティッチェの女主人であった。

 襤褸屋に息子と肩を寄せ合って息を殺している、惨めな人間ではない。


(寒いと思い出すわ……貧しかった時を)


 ラティーヌには実家と呼べるものはない。親は貧しい平民だったのか、いらない子供だったのかも定かではない。孤児院の前に捨てられており、そこで育った。ある程度成長するとそこにもいられなくなった。なので自活するために街に働きに出た。

 慎ましく自分で稼いで生計を立てていたが、そこで女好きの貴族に目を付けられてしまった。

 貧乏貴族で妻に強く出れないくせに、美しいラティーヌを手放したがらなかった最低な男。あれと関係を持ったのは災難だったが、産まれてきた息子はラティーヌに似て美しく聡明だった。

 可愛いたった一人の息子は大きな魔力を持っていた。

 それを暴発させた息子のキシュタリア。ラティーヌを守りたいという感情がそれを引き起こしたのだ。結果、その膨大な魔力は、彼の実父や異母兄らから忌避される原因となった。もともと良い感情は持っていなかったが、腫物のような扱いになった。

 だが、逆にその魔力を気に入って迎え入れたのはグレイルである。

 そこからは生活が一変した。雨漏りと隙間風だらけの家から、広大な豪邸へと住むこととなった。具が少ない薄い塩スープや硬い黒パンばかりだった食事は、焼き立ての白パンにバターやジャムが付いていたし、サラダや肉や卵があって当たり前の食事になった。スープなんて、濃厚なポタージュや季節の野菜がふんだんに使われていた。

 食べたことのないメニューもたくさんあった。どれも美味しく、幸福な食卓だった。

 以前は次の食事は用意できるかと不安ばかり感じていた。キシュタリアを飢えさせたくない、凍えさせたくないと不安に押し潰されそうな毎日だった。

 ラティッチェではそんな心配は一切なくなった。

 ラティーヌが幸福を感じる記憶には、常にアルベルティーナがいる。

 義娘がラティーヌに居場所をくれた。


(アルベルがキシュタリアを次期当主に推している。一番危険だと思われていたクロイツ伯爵は辞退をしているし、やはりミューラー侯爵家やヒルデガルド伯爵家がしつこいわね)


 だが、すっかりお腹がどす黒いキシュタリアは、彼らを引きずり落とすネタをすでに仕入れたと言っていた。

 かつては小さな体で健気に母を守ろうとしていた息子は、今では図太くどす黒く育っている。逞しくて何よりだ。元気なのは母としては嬉しいが、やんちゃぶりを見るとちょっと複雑でもあった。

 ミューラー侯爵家と、ヒルデガルド伯爵家。この二つの家は、ラティーヌやキシュタリアが養子と後妻に迎えられた直後から、ネチネチと攻撃してきたところでもある。敵対したところで驚きはしない。


(そういえば、少し前にマクシミリアン侯爵が騒いでいたわね……)


 ろくに相手をしなかったが、すでにラティッチェになったつもりとでも言いたいのか「私の愛人……いや、夫人にしてやってもいいぞ」と言ってきやがったのだ。

 にっこり笑って使用人に命じて追い出した記憶がある。

 その息子のヴァンと言う子倅は、しつこくアルベルティーナに付き纏って投獄されたと聞いた。

 ラティーヌはラティーヌなりに情報収集をしつつ、立ち回っていた。


「私はここを守らなければ……!」


 それは自分に言い聞かせる言葉だった。

 本当なら、今すぐにでも馬車に飛び乗って悲しみに暮れているだろうアルベルティーナを慰めに行きたかった。変な男に目を付けられ、憔悴している娘を抱きしめたかった。

 誘拐事件のせいで実母の記憶がほとんどないアルベルティーナは、ラティーヌを良く慕ってくれている。手紙越しですら、その思いは変わっていないと分かる。


(キシュタリアは熱心に動いている。セバスはどこかへいなくなってしまった。これだけ待っても何の情報もないとなると、死んだと考えた方がいいわね)


 セバスであれば、自分が重傷だろうがどんな手を使っても握った情報や証拠を残すはずだ。即死に近い状態で殺されたか、どこかに連れていかれて完全な監禁的な状態で殺された可能性も見えてくる。

 あれだけグレイルに近い人物を失ったというのは、今後のラティッチェとしても痛い。

 だが、老人であっても百戦錬磨の猛者であるセバスを始末した犯人も気になった。偶然とか、運悪くというのは考えられない。人為的な故意や入念な殺意が絡んだと考えた方がいいだろう。

 そんな相手とやり合わなければならない。

 こちらも無傷では済まないかもしれないが、引けない時があるのだ。

 ここで踏ん張らなければ、回りに回ってアルベルティーナの足元がすくわれることになる。

 少し目を伏せたラティーヌ。しかし、次に顔を上げた時は昂然としていた。

 睨みつけるように遥か彼方に聳えるだろう王城を見る。

 肉眼では見えないが、その姿は脳裏に焼き付いている。あの絢爛で陰湿な社交場には、ラティッチェ公爵夫人として何度も足を運んだ。

 あんな場所、アルベルティーナには似合わない。

 だけど、取り戻す力はラティーヌにはない。今や王太女として名を馳せてしまったアルベルティーナを、王家から奪うのは難しいだろう。

 かぶりを振って、ラティーヌは弱気な考えを追い出す。

 まずは家にいる可能性ある裏切り者を徹底的に洗い出し、制裁せねば。キシュタリアを当主にする。揺るがぬ地盤固めだ。

 それがアルベルティーナの一番の安心に繋がるのだから。




読んでいただきありがとうございます。


あとちょっとでGWもおしまいですね。


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