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複雑な立場

逢瀬だけど甘くならないのは何故でしょう……。



「こんな夜更けに申し訳ありません。どうしても、一目会いたくて」


 アルベルティーナが眠っていたなら、ミカエリスは諦めるつもりだった。

 レイヴンがいることを見越して、言伝だけ残して帰るつもりだったのだ。レイヴンが念のため寝室を確認していたら、アルベルティーナのペット二匹がじゃれ合っていて、ついでに彼女も起きていた。これは偶然で、本当に運が良かった。


「そんなことないわ。嬉しい。今日はもう会えないと思っていたの」


 彼女の姿を見れば、限りなく寝る体制だったのは間違いない。

 アルベルティーナは寝間着だし、黒髪が少し広がっている。もともと緩く波打っているので、ボリュームの出やすい髪だが、いつもアンナが綺麗に纏めている。

 アルベルティーナは突然の来訪に全く疎ましがる様子はない。ミカエリスを歓迎して破顔する姿に面映ゆくなる。


「でも、今日の宴は戦線に出ていた方々を慰労するものでしょう? 主役が抜け出して大丈夫なのかしら……」


 思い出したようにハッとして心配するアルベルティーナに、ミカエリスはさらりと笑顔で否定した。


「主役は私以外にもいますよ。一人くらい抜けても、まだ残りの日数もありますし問題はないです」


 きっと片手じゃ足りない数の人間がミカエリスを会場中探しまわっているが、宴にずっといることは強制ではない。

 だがミカエリスだけを主賓とする宴でもないし、抜けても問題はない。

 ミカエリスにとって、アルベルティーナとの貴重な逢瀬を楽しむ方が重要だった。


「そういえば、わたくしも宴に出席するよう言われたのよね。何か重要な催しでもあるのかしら?」


「出席? 貴女が? いったい誰がそんなことを……」


「ええ、ミカエリスの陞爵の日に。宴の最終日になると思うのだけれど、陛下からの招聘ですの。ただ、本当に顔を出すだけですわ。喪服のままですし、空気だけ味わうという感じになるのかしら」


 アルベルティーナは小首を傾げているが、ミカエリスはどうも腑に落ちない。

 恐らくだが、ミカエリスの陞爵は最終日だ。ムードも最高潮に達しているはずだ。最終日だけは出るという人間だっているはずである。

 別日に設けられるより、流れでそうなる方が自然だった。


「……アルベル。それは誰かに伝えましたか?」


「同席していたので、ジュリアスは知っています。恐らく警備の関係もありますから、フォルトゥナ家も同様かと」


 アルベルティーナはミカエリスの陞爵が嬉しいのか、ニコニコしている。

 もしラティッチェ邸にいたのならば、身内だけとはいえ盛大な祝いの会を催しただろう。

 しかし、ミカエリスはうかうかしていられない。アルベルティーナの言葉に、漠然とした予感があった。


「もしかしたら、ラウゼス陛下は私の陞爵以外にも重大な発表をなさるかもしれません――アルベル、サンディスライトの指輪のことを聞かれませんでしたか?」


 ミカエリスの確信を帯びた問いかけに、アルベルティーナは大きな目をこぼれんばかりに見開いた。


「な、なんで知っていますの?」


「やはり……その日は荒れるな。良いですか、我々三人かフォルトゥナ公爵とフォルトゥナ伯爵から離れない様に。くれぐれもですよ?」


「何が起こりますの? ジュリアスもなんだかピリピリしていたし……」


 ミカエリスにしてみれば、既に情報は揃っていた。

 アルベルティーナは本当に気付いていないのか、気付きたくなくて無意識に目を逸らしているのか当惑している。

 恐らく、アルベルティーナの言うピリピリしているというのは、別の理由もあるだろう。

 ジュリアスはずっとアルベルティーナを労わる裏で、アルベルティーナを追い詰めていた方々に対する手痛い仕返しを温め続けていた。

 キシュタリアも裏で動き続けていたし、ラティッチェの後継争の終結もさせたいところだろう。

 不安げに揺れる緑の瞳――王家の瞳。サンディスライトの輝きは、今も透き通っている。

 その目を見つめながらミカエリスは紅い双眸を細めた。


「貴女を守りたい。それだけですよ」


 色々思惑はある。でも、きっと皆はそう思っている。根底の動機はすべてここに帰結する。ミカエリスもそうだった。

 ミカエリスの言葉に対し、アルベルティーナに浮かんだのは喜びではなく悲しみだった。

 彼女に睦言を囁くと、いつも表情が曇る。彼女の取り巻く状況は複雑だ。その言葉を安易に受け取り、手放しに喜ぶことができないからそうなってしまうのだ。


(アルベルは、復讐を諦めていない。でも、私たちを復讐の駒と割り切れてはいない)


 アルベルティーナは今も復讐を望んでいる。

 そういったことに向いていないし、やり方も知らない。それでも父親への愛情故に、その憎悪は消えない。アルベルティーナが逃げ出したいほど嫌な王族――王太女などと言う立場に甘んじてまで耐えていた。

 どんなに時間をかけても、手を汚してもやり遂げると奮い立っている。

 だが、彼女の手を汚す必要はない。

 そんなことをするくらいなら、させるくらいなら手を下す隙間もないほど、彼女を煩わせる相手を叩き潰してやればいい。

 

(我ながら甘いな。惚れた弱みと言えばその通りだが……)


 アルベルティーナが先に手を差し伸べてくれたのだ。

 友として、同等として最初に望んでくれたからミカエリスは今ここにいる。

 グレイルの助力も大きいが、アルベルティーナがそう扱ってくれたからこそ名実伴う貴族でいられた。グレイルは一時的な庇護と引き換えに、ドミトリアスの領地や利権を毟り取ろうとしていた。

 それはミカエリスの両親も断れなかっただろう。食い荒らす事しかできない叔父夫婦に奪われれば遅かれ早かれドミトリアス家は没落する。ミカエリスたちも追い出された後、凋落するしかない。だが、ラティッチェ公爵家の後ろ盾があれば貴族としては安泰だし、利用価値があればある程度の庇護は受けられるはずだ。ドミトリアス領の肥沃な土地さえあれば、民も早々飢えることはないはずだった。

 アルベルティーナが傲慢な子供であれば、ミカエリスとジブリールは幼馴染と言う名の下僕だっただろう。グレイルは元々そのつもりであったし、完全に首根っこは押さえられた状態だった。

 当時からアルベルティーナの人見知りは健在だったし、小汚い兄妹など好感を持つ可能性の方が低かった。あの時はそれどころではなく、身繕いもろくにできていなかった。叔父家族のせいで苦しい状況だったミカエリスたちは貴族らしからぬ風体だったのだ。

 グレイルの傍にいるからか、アルベルティーナは勘が鋭いところがあった。自分の些細な言葉と表情で、周りがどうなるかを理解していたのだ。父親の苛烈さや行動力も知っていた。きっと、ミカエリスは知らぬところで何度も助けられていたのだろう。

 エルメディアとの縁談もそうだ。ジブリールが上手く唆し、立ち回ったのもあるが結局は彼女が憎まれ役になってくれたからこそ王妃メザーリンは引っ込んだ。そうでなければ王家の威光に平伏すしかなかっただろう。

 アルベルティーナの行動は、一種のノーブレス・オブリージュだったのかもしれない。

 願いと現実は真逆だ。

 ずっと守られていた。

 ミカエリスはずっとアルベルティーナを守りたいと思いながら、現実は叔父夫婦から守られ、グレイルから守られ、王家から守られ――彼女の好意にすべて後押しされていたのだ。


読んでいただきありがとうございました!


花粉症の季節ですね。本格化しますね……



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