ヴェアゾの行方
ヴァサゴ兄さん、事件です
「レイヴン、お前はいつ頃からアルベルの傍にいるんだ?」
「それはラティッチェの秘匿事項です。お答えできません」
ミカエリスの問いは、ざっくりと切り捨てられた。悪意ではなく、シンプルにそういう教えがあるから、レイヴンは形式通りに対応しているだけだろう。
拷問しても答えないだろうし、そんなことしてまで知りたくない。
「では、質問を変えよう。答えられたらでいい。アルベルが異民族や獣人を嫌うというのはあるか?」
「無いと思います。私は見ての通り月狼族です。と言っても、月無しの出来損ないですが」
「月狼族なのか? しかし、その……」
「ええ、私の瞳は黒い。月狼族は金や銀と言った瞳があってこそ。血の覚醒がないため、一族や親から追放され、奴隷として売られていたのを公爵閣下が拾い上げてくださいました」
月狼族の特徴としてはまず肌の色が濃いこと。レイヴンのように浅黒いくらいのもいるが、褐色と言っていいような暗い色をしているのもいる。そして、その肌に満月のように浮かぶ輝く目をしている。彼らは血に飢えた狼のような獰猛なほどの戦闘能力を持つ。
傭兵や戦奴として非常に高価な価値のある民族である。
「目が金や銀にならなければ、追い出されるというのか?」
「ええ。生れつきその瞳を持っている者もおります。どんな立場であろうとも、十になる前に覚醒が訪れなければ不要とみなされます。弱者には厳しい一族ですから。私が捨てられたのは五を超えていたとは思いますが、八はいっていなかったと思います」
彼らの文化や生態は謎に包まれているため、ミカエリスは初めてそのことを知った。
てっきり全員が全員生れつきの色だと思っていたのだ。瞳の色が変わるなんて、相当変わった特異体質ではないだろうか。
(しかし、だからと言って子を捨てるとは……)
レイヴンは十分強いと思う。しかし、覚醒とやらをしていたらもっと強かったのだろうか。レイヴンは若くしてアルベルティーナの護衛だった。幼くして、資質を見出されていたはずだ。月狼族とは、どれほどの強者の集まりなのか――ぞっとする。
「脱線しました。申し訳ありません。ですが、アルベル様に異種族や異民族への迫害や差別意識は低いかと。むしろ獣人は好きだと思いますよ。羽毛や毛皮のついた生き物は全般的に好きですし、爬虫類も嫌っていなさそうですから」
レイヴンの記憶に、本物の犬猫鳥は勿論、ぬいぐるみやお人形も好んでいた。特に、父であるグレイルから贈られたテディベアは大のお気に入りである。
かなり狼よりの姿をした獣人のヴェアゾも好印象的な反応だった。
グレイルにペット禁止を言い渡されているせいか、もふもふに飢えたアルベルティーナは、判定が雑なのかもしれない。
「獣人と動物は違うだろう」
「アルベル様が一番嫌いなのは二次性徴以降の男性です。特に恋愛感情や劣情を持つ男は毛虫レベルです。極一部除き、普通の人族が一番当てはまります」
その嫌いなタイプの傾向に思いきり当てはまり、だが幼馴染という特権故にセーフゾーンにいるミカエリス。
そういえば、ヴァンに言い寄られていた時にアルベルティーナはかなり嫌がっていたことを思い出す。
やはり、アルベルティーナは根本的に変わっていない。
きっと今もレイヴンを大事にしているし、亜人や異民族を排斥するような働きはしていない。分かっていたとはいえ、ずっと傍にいたレイヴンの言葉を聞いて安心する。もしかしたら、誰かが彼女を唆した可能性も考えていたのだ。
アルベルティーナの権力を使い、彼女の及びつかぬところで利用している恐れもあった。
ジュリアスを信用していないわけではないが、王宮には質の悪い親切ぶった悪人が多いのだ。
「そうか……あと聞くが、ヴェアゾという獣人の少年? いや、青年か? 若い狼の獣人に覚えはないか?」
「ああ、以前ラティッチェに侵入しようとして、庭師の翁に捕まった男ですね」
「は?」
ダメ元で聞いたが、あっさりとヴェアゾの情報が出てきた。
思わず凄い勢いで振り向き、目をひん剥いてしまうミカエリス。レイヴンは不思議そうな視線を寄越しながらも、淡々と話す。
「確か、シャベルで叩きのめされていました。彼は凄腕の魔法使いであり剣豪である公爵閣下に腕試しを申し出に来たらしいですが……当然、公爵当主と平民なので叶うはずもなく業を煮やして屋敷に侵入し、その際に庭木を折ったことに庭師一同ブチ切れて袋たたきに遭いました。運の悪いことに、そこには鳥の巣があったんです。既に巣立った後でしたが、アルベル様が来年また小鳥が来るのではと楽しみにしていた木でした」
ラティッチェの使用人はアルベルガチ勢の生息地だ。原産地でもあり、強烈な熱意を持っている。
そこでお嬢様の気に掛けた庭木を折るなんて、小枝でも重罪だ。ミンチにされる勢いで叩かれていたという。幸い、本人は鍛え上げた獣人と言う強靭な肉体ポテンシャルを持っていたので大怪我だけで済んだという。
「ヴェアゾは相当な腕の持ち主だったはずだが……?」
「ラティッチェの庭師は引退や隠居した傭兵や騎士、影の巣窟です。堂々と庭を闊歩できますからね。特にアグラヴェイン翁が現場に居合わせたのが運の尽きです」
勿論、純粋に庭師として素晴らしい使用人もいる。
だが、第二の人生エンジョイ勢も結構いるのだ。そして、その第一の人生が激動を歩んできた者が多かった。
アグラヴェインと聞いて、ミカエリスはちょっとぶっきらぼうな大柄の髭もじゃの庭師を思い出す。アルベルティーナの前では優しい顔になるが、その上腕二頭筋は隆々たるものであった。丸太だろうが肥料だろうが山のように担いでもケロッとしている。
自称腰痛持ちだが、あの老人ムーブを真に受けているのはアルベルティーナのように戦闘訓練を受けたことのない素人くらいだ。
「つまり、今はラティッチェに捕らわれているのか?」
「いえ、借金を死ぬほどこさえているので、使用人として奉公して返済しています」
「借金?」
「はい。侵入の時に大理石の像を壊して、中流層の年収相当の損害を出しました」
問答無用で処罰されなかっただけ恩情だろう。
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