ダナティア家の因縁
役者が出そろいましたね。
ひっきりなしに挨拶しに来る貴族たちに、ミカエリスは内心で辟易していた。
しかし、顔には出さず社交スマイルをくっつけたまま、そつなく対応する。
父親は無骨なタイプで剣の振り方は教えてくれたが、貴族社会の歩き方は教えてくれなかった。しかし、貴族ならば作り笑いくらい初歩だと幼い頃からグレイルに叩き込まれていた。
近々陞爵するミカエリスは話題の人物であることもあり、手にしたグラスを空にする暇がないくらい人が寄ってくる。
にこやかに微笑んでいるが、隣のジブリールも相当苛立ち始めていた。
その時、ざわりと会場の空気が変わった。
国王らの入場にしては早すぎるし、みなの視線は貴族たちが入場する扉へと向かっている。
そこには白銀の髪と淡い黄金の瞳を持つ美青年がいた。年のころは二十代半ばほどだろう。やや垂れた目と、泣き黒子が何とも言えない色香を漂わせている。
纏っている服は仕立てが良い。宝飾品も煌びやかに輝いている。それなりに財力のある貴族だろう。その端正な容姿もあって、女性たちが扇で顔を隠しながらも色めき立つ。
だが、後ろで小柄な少女をエスコートしていると気づいてそれはさっと引いた。ベールを被り、白いドレスを着ている。
隣のジブリールは「誰だアイツら」と思っているだろうが、笑顔は淑女のままであった。目を輝かせろとは言わないが、もう少し年頃らしい初々しい反応は出来ないのだろうか。
「あれは?」
「残念ながら、お会いしたことがない方ね。誰かご存知?」
無邪気を装ったジブリールが小首を傾げながら聞くと、頬を染めた青年が教えてくれた。
「確か、コンラッド・ダナティア様だそうです。亡き伯爵の御落胤が見つかり、あの方だそうですよ。なんでも、先代伯爵と顔立ちが瓜二つで、後継者の証であるブローチを持っていたので爵位を継いだそうです。最近になって社交界にも出るようになったそうですよ」
「まあ、そうですの。教えてくれてありがとう存じます」
親切な青年は、ジブリールの大輪の笑みに顔を真っ赤にした。
ミカエリスは、初心な青年が妹の猫かぶりにまんまと騙されている姿を見て、少し複雑である。
ミカエリスはダナティア伯爵の後ろの少女を見る。
小柄で華奢なシルエットは、どこかで見た気がする。纏わりつくような不快感が一瞬ミカエリスの中で渦巻く。それは思い出せないことへのもどかしさだと思った。
冷静に考えれば、あれくらいの背格好の少女なんてそう珍しくはない。
彼女を見ていると、ダナティア伯爵がミカエリスを見てにっこりと笑みを浮かべた。
優美で華のある、だが内面の読めない実に貴族的な笑みだ。
相手は伯爵、でこちらも伯爵。だが、知己でもない。同格なので目礼で返した。
「ダナティア家か。まさか今にになって社交界にでてくるとはな」
唸るような声に振り向けば、いつもよりさらに険しい顔のガンダルフがいた。もともと顔の怖い御仁であるが、今は一段と強い。
「フォルトゥナ公爵……お久し振りです」
ミカエリスが挨拶する隣で、ジブリールもカーテシーをする。それに頷きを返すガンダルフ。
背の高いミカエリスですら見上げる巨躯は、相変わらず威圧感が強い。ミカエリスも体格がいいという自負があるが、ガンダルフには及ばかった。
(……アルベルの祖父とは知っているが、いつ見ても欠片も似ていないな)
共通点は黒髪くらい。だが、ガンダルフは高齢だ。若かったころは黒髪だった髪もだいぶ白い。
しかし、それは言ってはいけない気がする。ガンダルフは初対面こそアルベルティーナに強硬な態度を取っていたが、相当溺愛しているというのは聞いていた。
ヒグマも逃げ出す強面老人が、あの弱々しいアルベルティーナをどう溺愛するというのだろう。怯えたアルベルティーナがピーピー泣く姿が目に浮かんでしまい、想像できないが、流石にそれは言葉にも顔にも出さない。
「ああ、久しいな。ドミトリアス伯のお陰で、戦線は安定していた。遠征ご苦労だった」
「過分なお言葉、有難く存します。若輩の身であれ、国のためと在らば力を尽くすのが当然というものです。フォルトゥナ公爵は、ダナティア伯爵をご存知で?」
「私が知っているのは、あれの父親のダナティア伯爵だ。元々、クリスの婚約者はダナティア家だった。我が娘とは歳の差はあったが、当時ダナティア家は大公家であったし、王家からの要望も強く断るに断れなくてな」
「大公家? ですが今、伯爵と」
「ああ、過去に問題を起こして何度も爵位を下げられている」
当時を思い出したのか、ガンダルフは苦々しげであった。
ミカエリスは、爵位を下げられたという言葉に驚いた。そんなことは、余程やらかしてないとあり得ない。
王家主催のお茶会で、アルベルティーナが誘拐されたとき警備の責任を取らされたダンペール家ですら侯爵から子爵に爵位を二つ下がった。それ以上の厳しい処分である。
確か、クリスティーナの元婚約者は王族と聞いていたが、そんな事情だったとは。
「グレイルがどうやってクリスを奪ったか知っているだろう? 決闘で奪ったが、一度や二度ではない公式から非公式まで十数回に及ぶ決闘を繰り返して当時のダナティア大公から奪い取ったのだ。
グレイルも当時はまだ若造だったから、反対意見も多かった。一度や二度の勝利を手にしても、難癖をつけて負けを認めなかった。その姿はあまりにも見苦しく、王族の品位を問われるほどだった。見かねたラウゼス陛下が介入し、御前試合形式の決闘でようやく決着し、ダナティアの小僧が諦めたのだ」
セバスがアルベルに話たがらなかった原因の一つです。
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