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レイヴンの暗躍

レイヴンは護衛もしていますが、定期的に色々なところをお掃除しています。





 ヴァユの離宮から出る際、ワゴンを押しながらアンナがやってきた。

 装いを改めたジュリアスを頭からつま先まで見ると、小さく眉を上げて「似合いますね」と珍しく褒めてきた。


「親切な妖精が、勝手にクローゼットに用意してくれていたようで」


 メルヘンな例えが似合わないジュリアスを、アンナはいつものような淡々とした視線を向ける。

 その妖精の正体を、当然彼女は知っているのだろう。


「しかし、どうやって私の目を盗んだのでしょうね」


 周囲の人間の出入りには目を光らせていたし、まめに顔を出していたという自覚はある。

 コミュニケーション能力が低いアルベルティーナが、新しい伝手をすぐに作れるとは思えない。

 ジュリアスを出し抜ける様な策を、あのアルベルティーナが考えられるかすら怪しい。


「妖精をこよなく愛す髭の下僕がいますから」


 全てを理解したジュリアスであった。

 フォルトゥナ伯爵ことクリフトフへの扱いが結構ぞんざいなアルベルティーナ。自分にデレデレに甘い伯父をパシリにしたらしい。

 可愛いくて仕方のない姪からの滅多にないお願いに、喜んでローズ商会までパシられる義兄の姿が脳裏に浮かぶ。

 そして、ローズ商会にはアルベルティーナの熱狂的信者が多くいる。

 アルベルティーナ直筆の手紙やメッセージカード付きで「ジュリアスには内緒よ」と言われれば貝のように口を噤むだろう。あのお姫様は自分の手紙もそうだが、『お願い』の威力を理解していない。

 最近は公爵子息として動くことが多く、書類上の確認はしていたが工房に立ち寄る回数は減っていた。


「……我々の姫君を頼みますよ」


「言われなくとも」


 アンナは己の手を血に染めても、我が身を犠牲にしても、アルベルティーナを守るだろう。

 仲が良いとは言い難い二人だが、互いのアルベルティーナへの忠誠だけは信頼している。

 今日の王宮は騒がしい――その賑やかさに紛れて、お呼びでないお客様も来る可能性だってある。








 ヴァユの離宮でアンナとジュリアスが会話をしていた頃、レイヴンはヴァユの地下遺跡にいた。

 本来なら影となりアルベルティーナの傍で護衛をしているのが常だが、彼の暗部としての鋭敏な才能が招かれざる客の気配を察知していたのだ。

 『来客』をさっさと始末したのは良いものの、遺体の処分に遺跡に連れ込んだのだ。

 遺跡の通路の中には、王城の地下水路――それも下水に繋がる場所がある。そこに投げ込んでいるのだ。

 ちなみにこの下水道は生き物もいる。それはスライムであったり、虫や鼠であったりとこの不衛生な場所でも生き延びて、独自の生態系を作っている。

彼らは落ちてきた物は汚物でも生ゴミでも何でも食料とみなす悪食の申し子である

 当然、新鮮な肉は御馳走の類だ――人の死体なんかは特に。

 レイヴンが鉄蓋を開け、下水に繋がる通路を覗き込む。気配を察知した鼠たちが忙しなく動き、キィキィと高く鳴く。少しでも上にと後ろ足で立ち上がり、小さな手を伸ばそうとしていた。壁は流石に垂直には登れないが、待ちきれないとばかりに忙しなく走り回っている。鼠だけでなく、虫やスライムも時間とともに増えていく。

 この鉄蓋が開くと、餌が落ちてくると認識しているのだ。

 レイヴンは無感情にそれらを見下ろし、『餌』を落とした。一つ二つ、三つめは通路から転げ落ちて水路に落ちた。それは汚水からずぶりと這い出た半ゲル状の何かが飲み込む。名残惜しそうに鼠が騒いでいる。


(……行方不明者の中には、ここで死んだのもいるかもしれないな)


 生きた人間でも、あそこに入れば長くは生きられないだろう。

 中には、過去に迷い込んだ王族が居ておかしくない。

 王族が何人か行方不明になったというのには、この通路を使って外に出たものもいるだろうけれど、迷って飢え死にしてもおかしくない。トラップに引っかかったのもいるだろう。

 レイヴンは隠れてアルベルティーナの護衛をしている。その為に、ヴァユの離宮の構造は好都合だった。多くの装飾があるため隙間が多いし、張り巡らされた隠し通路などもあり身を潜めやすかった。

 王城に限らず、貴族の屋敷に脱出路があるのは珍しくないが、ヴァユの離宮は特に多い気がする。

 レイヴンはこっそりと遺跡を調べていた。アルベルティーナが意気込んで調べようとしているので先に危険を排除すべく動いているのだ。

幸い、意外なほどすんなり調べられている――が、余りに広いためにまだ時間が掛かる。アルベルティーナから貰ったサンディスライトのお陰で、トラップが発動しないし行き来が安全にできるようになったのはありがたい。

レイヴンを排除しようと追いかけ、襲い掛かった暗殺者が何人も餌食になっている。

その放った先の黒幕までは分からない。


(……あのレナリアとかいう女だろうか。まだ捕まらず、どこかに潜伏していると聞くが)


 悪運の強いレナリアは、未だに逃亡中だ。

 実家を潰され、誑かした有力者の子息たちは軒並み失墜したというのにまだ逃げ続けている。

 構っている暇はないが、気がかりでもある――グレイルが死んだ原因でもあるのだから。

 レイヴンの思考はこの通路のように暗く、冷ややかだった。

 隠し通路は遺跡と繋がっている、アルベルティーナは気づいていないが、明らかに物理法則を無視した移動が可能であるし、多くのロストテクノロジーらしきものが見られる。

 レイヴンはダンジョンや遺跡にそれほど詳しくないが、少なくとも普通の建築技術とは大きく異なるのは分かった。

 アルベルティーナを出入りさせたくない気持ちもあるが、もし離宮で危険が迫ったら大事な逃げ道である。足がすくまない程度には、慣らしておいた方がいい。

 帰り道の途中、何か音がする。軽く壁や床石にぶつかるような音。その時、視界の隅で何か動いた気がした。

 背が低く長い何か。蛇にしては動きが直線的だった。


(鼠? ……の動きには見えなかった)


 それが徘徊していたのは、レイヴンが侵入者たちを仕留めた付近だった。

 もしや何か使い魔や魔道具の類だろうか。

 気配を殺して近づくと、そこには円盤型の小さな何かがぐるぐる回っていた。

 目を凝らして観察すれば、一生懸命にその丸い何かは床掃除をしていた。コツコツとした音は、時折勢い余って床石や壁に軽く当たっている音だったのだ。

綺麗さっぱり床から血だまりが消えると、丸い物体はその仕上がりを確認するようにぐるぐる回った後、音もなく壁に吸い込まれて消えた。

 混乱の極致に陥りそうだったレイヴンだが、ふとアルベルティーナの言葉を思い出す。



 —―王城の地下は古代遺跡と繋がっているそうなのよね。



 失われた文明、失われた技術、失われた魔法。

 侵入者を始末したのは何度もあったが、汚れや臭いがすぐになくなった。冷えて暗い場所だから、判別しにくいだけだと思っていた。それは違ったのだ。

 ここは古代遺跡への通路ではない。この隠し通路自体が、古代遺跡の一部なのだ。

 あの丸い物体は、遺跡を管理するための物なのだろう。


(……だとしたら、どうして警備やトラップが発動しない? 王家の隠し通路なら、王家の魔力やサンディスライトに反応するのは理解できるが……)


 もともと、この古代遺跡はサンディス王朝と何か関係があるのだろうか。

 サンディスの歴史は古く、この大陸でも特に長く存在している国だ。

 筋金入りのお嬢様育ちであれだけふわふわとしたアルベルティーナが一度としても引っかからないというのに、侵入者はザクザク引っかかるのも、古代の特殊な技術が使われているというのならば納得できる。

 レイヴンは考えた。

 考えて、考えて――とても考えて。

 アルベルティーナに害がないならいいと、大雑把に納得したのであった。

 とても迂闊で鈍臭くて運動神経は母親の腹に置いてきたような、箱入り娘のアルベルティーナ。

 大事な主人だけが安全なら。レイヴンは深く拘らないのだった。




読んでいただきありがとうございました。

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