魔力について
ヴァニア卿はこの研究費用を負担してくれるパトロンが欲しい。
生体実験が必要不可欠だし、そもそも莫大な資金が絶対掛かるので難しい。
「僕の研究なんだけどね~。魔力は何をもって強い、弱いや有無を判断するかってところ。
ほら、平民にも稀に魔力持ちいるじゃん? 事実、探せば市井に魔力持ちは想定より多くいた。まあ、実際魔法を使えるのは更に一握りだ。
今までは、魔法の威力で有無を判断していた。どれだけ強力な魔法を行使できるが、魔法使いの序列だ。だが、中には魔力を持っていても魔法が使えない人間がいる。
貴族の大半は、幼い頃に伝手の魔法使いや、魔法を使える家族が魔力の有無や強弱を計るからね。
そこで僕は考えた。魔力は魔法として行使できる実働魔力、その人間が持っている保有魔力、そして――最後が想定している第三の魔力といえる潜在魔力」
ヴァニアはタクトのような棒を一振りすると、水を出した。
サイズの違う容器――ビーカーやと匙を置く。ビーカーは手のひらサイズからバケツサイズがあり、匙の中にはティースプーン以下のサイズからシャベルまである。
「匙は実働魔力、ビーカーは保有魔力ね。匙が入らないと、満たせないとそもそも魔法が使えない。魔法を使えたとしてもビーカーの容量が少なければ不発や失敗になりやすいし、回数制限がかかる。で、魔力は時間経過とともに回復してビーカー内を満たす。だが。それ以上は増えない」
小さな匙――初歩魔法であれば水を満たすのは簡単だ。逆に大きな匙はビーカーに閊えるし、そもそも水が掬えないこともある。
「だけど、ビーカーの中に魔力があっても匙が入らない様になっているのもある。
魔法には訓練が必要だ。ビーカーの存在を知らなければ、蓋が付いて錆び付いてしまったり、取り出しにくくなってしまっているかもしれない」
そういって蓋のついた瓶や、入り口が細いフラスコを取り出す。確かに、水がたくさん入っていても匙が通らない。
「それで第三の魔力とやらは?」
「魂そのものにある魔力。命の危機に瀕したり、感情が高ぶった魔法使いが、とんでもない火力を瞬間的に出したりするだろう? 感覚型の魔法使いは特にそうだ」
そういって、どんと水槽を出してきたヴァニア。
その中に、ビーカーを浮かべる。
「人間の体は、筋肉本来の一割程度しか使えないらしい。鍛えていて二、三割が最大と言われている。何故か? それは全力を出すと肉体を壊してしまうそうだよ。
それと同じように、魔力にも使用者の肉体や精神に影響を与えないために強い制限が掛かっていると考えよう」
コンコンとヴァニアが水槽を叩くと、水草の間から青銀の魚が煌めいた。
音にびっくりしたのか忙しなく動いている。指より細い小魚が動くたびに、銀色がチカチカと瞬く。
ジュリアスの記憶に、限界ギリギリまで魔法を酷使して壊れる寸前だったアルベルティーナが思い出される。
「その極限状態が、こう」
音を立てて、水槽に大きな匙ごと手を突っ込むと当然水があふれ出す。
匙はビーカーを沈めて、水槽の中を漁る。中では魚が狂ったように動いている。
ビーカーとは比べ物にならない入り口と容量なのだから、匙を入れるのも満たすのも楽だ。だが、引き上げた手や匙には水草が絡まっている。
「普段の保有魔力は、潜在魔力との仕切りの役目でもある。でも、箍が外れて押し込まれる場合がある。
魔力は血筋――肉体に宿る。魂はそもそも巨大なエネルギーと推定する。魔力であり、生命力であり、感情であり、精神そのものである。肉体とは別にある、その人間だけの容量」
そういって、ガツガツとガラスに匙やビーカーをぶつけながらぐるぐると水槽の中を乱暴に回すヴァニア。
水が溢れて飛び出して、周囲を濡らしていく。勢い余って、魚や水草も飛び出してきた。
「一度くらいならいいけど、何度も衝撃が加わったら? そして、もともと魂を保護する器が魔力やエネルギーに対して脆弱であれば? 当然、こうなるよね?」
一度目は茶会からの誘拐。
二度目は学園の濡れ衣。
三度目は家からの連れ去り。
四度目は最愛の父の死。
アルベルティーナは我慢強い。忍耐強いと言えよう。
非常に大人しく、安寧とした日常を愛した。
ジュリアスの目の前には、ひび割れた水槽がある。中身は砂利で濁り、中身は半分以上水が飛び出している。それでもひび割れた状態の水槽からは、水が染み出て滴り落ちている。
「元の完璧な器にひびが入ってしまった。水が足されても、大きな皹があったら意味がないよね?」
ヴァニアはそういって、糊のような粘り気のあるものを皹に塗る。それでも水漏れは止まらない。テープのようなものでベタベタ貼っても、滲んでくる。
これで水が溜まると思いきや、水量が増えると圧力も増える。折角増えた水のせいで、水漏れはさらに増えた。
何度も何度もその滲みに補修を加えるが、当然それで水槽が戻るわけでもない。
「魂に関する魔法は、僕も専門外。だけど、ゴユランは死霊使いを多く輩出している。当然、その手の書籍や研究も多い」
「魂やその器を修復する手立てがあると? そもそも、それはまだ机上の理論でしょう」
「だけど、僕の研究内容と姫様の症状は、こう考えれば納得がいくでしょ? 姫様は『極度の精神的負荷』が乱発している。『火事場の馬鹿力』も使っている。多分、ビーカーと水槽の境目がもう曖昧なんだよ。
しかも水槽は満身創痍。ビーカーや匙が壊れるくらいなら魔法が使えなくなる程度だけど、水槽が壊れれば間違いなく死ぬ。
こんなヨワッヨワな器は、辛うじて補修でなんとかなっているだけ」
ヴァニアは指で突くだけで撓むガラスを押した。
既にガラスの水槽は、補修テープなどでなんとか繋がっているだけだ。
「これに魔力に干渉する薬を入れたらどうなる?」
そういって、水を供給していた魔石に何か魔法を加える。それを水槽に入れると、たくさんの湯気を上げながら水を――半分は水蒸気の熱湯を出し始めた。
温度変化に、補修材やテープは効果が弱まり始める。
「強い魔力持ちが正気を失うってことは、いつ魔力暴走が起きるか分からない爆弾みたいなもんだしねー。それこそ、罪人や犯罪奴隷に使う枷でもつけなきゃいけない。まあ、それでも抑えても、長生きはしないけどさ」
そういって、ヴァニアは水槽の中に無骨な石を次々入れる。すると、水は溢れ出したうえ、石に邪魔されて匙は入らなくなってしまった。
そして、僅かに軋んだ音を立てて、水槽は崩壊した。
ヴァニアは「ありゃ」と軽く眉を上げて、大惨事になった水槽だったものの残骸を見下ろす。
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